||: La Corda Agrodolce :||

奏でていけない音色 - by M.


金色のコルダに基づいて創作したBL小説です。
同性愛という題材を取り上げたことをご了承お願いします。
土浦X月森。この物語は4章構成予定です。

2. 思い出す前奏曲

「技術って…っだよ!」
星奏学園のサッカー部一員として、土浦梁太郎は練習試合で走りながらも、先日のことを思い出した。
「いかに感情を乗せても、それを伝えるだけの技術が必要だと思うんだ。今の君じゃ、ライバル以上の存在としてはまだ認められない。」
  彼が思いを寄せた月森蓮の声は容赦なく心の中に響いた。

 放課後、校内のグラウンドではサッカー部の練習試合が行われていた。予選リーグの準備をするため、普段のトレーニングの上にレギュラー隊員対候補部員の練習試合も加え、週二回でやっていた。
 土浦は星奏学園普通科の2年生で、今春に行われた校内コンクールの追加参加者だった。母はピアノ教室を開き、彼は子供の頃からピアノの腕を磨いてきたが、一度音楽に絶望してしまい、途中でそれが得意のことを隠した。よって、がっしりとした体格で中学校からサッカー部に入部し、運動神経がよく伸びてきた。
  高校に上がり、星奏学園での彼はもともとサッカー部のエースだったが、今は候補チームの帯をかけてレギュラー・チームの守備を挑んでいた。運命の悪戯で、いかにも係わりたくないコンクールに参加する際、彼はレギュラー席を譲って一時的にサッカーをやめた。しかし、そのあとも候補のままで部活をやっていた。実際、実力のことを考えて彼はコーチに復帰の意向を聞かれたが、部長にもチームにも、これ以上自分のわがままで迷惑をかけたくないと思い、候補のことにしてもらった。
  なぜならば、退部届を出す時に部長の言葉が未だに耳に残っていた。スポーツも音楽も、勝負の世界は厳しく、中途半端なら優勝できるわけはないと。結局、それは覚悟の試しで退部のことはなしにしたが、ピアノとサッカーを両立したがるかぎり、ひとつのことだけに集中するのはやり難い。ただ、両方も全力を出そうとすることは間違いなかった。

 候補としても、土浦は精一杯だった。隙間の見抜きで彼はボールを奪い、サードで縦へ突破した。
「見てろ!」
  土浦はゴール枠を狙ってループシュートを放ち、ボールはゴールキーパーの頭越しにゴールまで飛び込んだ。
「ああ〜まいったな、土浦。やるじゃねぇか。」
  先ほど追い抜かれたレギュラー・チームの佐々木淳之介が言った。同じく普通科の2年生で、部活では土浦と一番気が合う仲間だった。
「まー、サンキュー。」
  得点したが、土浦はなぜかあまりうれしくならなかった。チームメートに気合をかけ、彼は試合再開の準備で役目しているエリアに戻った。見ろ。技術なら、サッカーにせよ、ピアノにせよ、自信を持っていた。だが、月森に技術不足と指摘されたのは一体どういうことなのか。もしかして、話し方…いわゆるコミュニケーション・スキルのことなのか。それとも…
  キスの誘い方か…
「まさかな。」
  土浦は雑念を払って再度走り出した。

 試合の後半、候補チームはゴールチャンスを得た。土浦は芸術的なフリーキックを突き刺したが、ボールがわずかに枠を逸れた。そのあと、彼はミドルシュート2、3回もやってみたが、何れもゴールキーパーにセーブされた。結局、候補チームの守備はレギュラー・チームに潰され、惨敗で試合終了。
「こら、土浦!さっきから何やってた、ボケー!」
  練習の締めくくりでサッカー部全員が軽めのランニングを始めたが、土浦だけはコーチに呼び止め、大きな声で厳しく注意された。
「あんな距離で、シュートの幅も守備にブロックされてな、右にいた鈴木にパスせずにシュートかよ!アホーじゃねぇか、お前!サッカーはな、チームワークで勝負するんだ。個人の技術はいかに優れたといって、一人の力じゃなんにもなんねぇんだぞ。わかったかい。」
「はい、申し訳ございません!反省します!」
こうしか答えられなかった。
「じゃ、さっさとやつらに追いかけて走れ!」
何かを察したようで、この日のコーチは意外と手を緩めた。
  ザッザッザッと、土浦はまた走り出した。汗をかきながらコーチの言葉を反芻した。
(技術があっても他の人に合わないと…そうだな。サッカーはもちろんそうだし。アンサンブルだって、ピアノの伴奏だってパートナーとお互いの演奏に合わないとうまくやれない。そうしたら、…恋も同じってことかな。あっ、そういうことか。俺たち、欠けているのは…)

 練習後、更衣室が間もなくサッカー部の一同に占拠された。これは陸上、野球など5部の共同利用なので、シャワーもきちんと付いている。
「うわっ、臭せな〜」
  土浦は汗でびっしょりぬれていたT-シャツを脱いで、シャワー室へ向いた。
「おっ、土浦、お前けっこう上品だな。」
  バスタオル一丁だけをかけている佐々木が土浦の肩に掛けているバスタオルを軽く叩いた。シャワー待ち中に連中のすっぽんぽんの姿が目に入るのは日常茶飯事だった。
「何言ってんのよ。」
「ほら、これ、エルメスだよ、エ−ル−メ−ス。」
  佐々木は言いながらタオルに載っているロゴを指した。
「エルメスって…えぇ〜電車男のあのブランドのことか?!」
「そうよ。あっ、もしかしてこれ、彼女からもらったりして?いいな、うらやましいぜ〜」
「ちっ違うって決まってんだろ。…ほら、うちに拾ったから大体姉の無駄遣いじゃねぇのか。」
  土浦は何気ない風を装っていいわけを言った。
「お姉様か。ならちょっと貸して〜嗅ぎたいな、女の匂い〜」
  佐々木は調子に乗ってバスタオルを取ろうとした。
「お前、そんな悪趣味をやめてくれよ。俺、これを使ってんだぜ。臭せぞ。」
  取られそうな瞬間に土浦は佐々木の手を避けてバスタオルを守った。実は、この水色に淡く染めたバスタオルは月森からの差し替えだった。夏休みのある日、部活が終わった彼は校外コンサートの手伝いの件で困った金澤先生に捕まえて、同時にエアコンが壊れた練習室から出たばかりの月森に遭遇した。彼は汗で落ち着かなかったようで、あまりもかわいそうだったから、体育館の更衣室でシャワーするのを勧めた。よくお人良しと言われる土浦はロッカーに置いておいたソープやタオルを月森に貸して、さらに嫌な気持ちをさせないように、彼の見張りまでやっていた。使われたタオルを気にせずにロッカーに置いていいと彼に言ったが、土浦は数日後に再びロッカーを開いたら、こざっぱりと置いてあったこの水色のバスタオルは目に入った。素朴のデザインで彼はあれ以来ずっとブランドのことを知らずに使ってきた。
(初めて男の体を意識するのは確かあの日からだったな。繊細で、色白で、柔らかそうで、同じく身にバスタオル一丁をかけても、今目の前に騒いでいるサッカー部の連中とは全然違う…)
「やれやれ、土浦。顔、真っ赤だせ。マジ彼女からもらったの?じゃ、うちのクラスの日野とできてるって噂じゃないよね?」
「えぇ?…いや、違うって言ったろ。あのさ、ここは超暑いと思わねぇか。…よし、あっちは空いてる。じゃ、先にシャワーを浴びるぜ。」
  不自然の感情をバレないように、土浦は観察力が鋭い佐々木の目から逃げ出した。

 荷物をまとめて更衣室を出たら、外は既に夕暮れになった。忘れ物を口実にして、土浦は一人で練習室まで足を運んだ。練習室はグラウンドから一番遠い建物になり、キャンパスの静かな一隅に佇んでいた。ピアノの練習なら時間が既に過ぎたが、このままうちに帰るでは落ち着けないと思い、せめて音楽の満ちている場所であの人の気配だけでも感じたがっていた。
  練習室の予約表に月森の名前が載っていた。3時半の106号室。5時まで利用するそうで、その後は予約されていなかった。利用時間は既に過ぎたが、せめて彼の気配を感じて一曲くらいピアノを弾こうと思い、土浦は少しほっとしたと見えた。ドアのガラスからその練習室の中に覗き込むと、音楽科の制服を着てヴァイオリンを激しく弾いている美少年の姿が目に映っていた。少年はピアノの方向に向いていたので、覗かれたことに気づきそうにはなかった。
(月森…)
  土浦は集中している月森を驚かせないようにそっとドアのハンドルを押して、ヴァイオリンの音色を外に漏らさせた。先まで消音壁に飲まれてしまって勿体ないと思われるほど華やかな響きが洪水のように耳に入った。
  パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章。これは、リストのラ・カンパネッラの原形となった曲だった。クライマックスを迎え、高度なテクニックでダイナミックな力感を発揮し、目もくらむ速さで弾いた音階が揺らがなく土浦の心を突き刺した。
  最後の音が落とした拍子に、月森のため息が曲に休止符を付けた。
  やがて、土浦は扉を軽くノックして、彼の存在を示した。
「パガニーニの曲、よく練習してるようだな。」
  部屋に入り、土浦はカバンをおろしながら、話を持ち出してみた。
「あ…まー。…何か言いたげな顔だな。君は練習しに来たか。」
  土浦の登場を予想しなかった月森は、瞳に少し戸惑いの色があった。彼の意図を聞きながら、気をつけてヴァイオリンを布で拭ってから、ケースに仕舞った。
「いや。…ぃたんだ。」
  土浦は言葉を濁していた。ピアノの前に座って、ふたを開いた。彼らしい行動は明らかに照れ隠しだった。コンクールの最終セレクションで披露したラ・カンパネッラを弾き始めた。
  この曲、彼の幼い頃に出たコンクールにも弾いた。弾けば弾くほど眠っている記憶が浮かんできた。物心がつくようになってからピアノをありのままに愛して、もともとコンクールなどに出る興味を持たなかったが、偶然に同じ歳くらいの子供のコンクール演奏を聞いて、このようなレベル高いな相手がいるなら、参加するのも面白いかもしれないというきっかけでコンクールに出てみた。そのせいで不当な評価でつらい思いに苦しませられたが、つい最近、その子供が月森だったとわかった時、かなり驚いた。彼らの出会いはこんなに早いとは思わなかったから。
 このような秘められた縁は、数年も平行線のままで交わらなかった。再会になった時、既に今春の話となった。知らないうちに同じ高校に通い、土浦にとって、音楽科棟で初めて月森と出会った時、「再会」さえ意識もせず、ただ彼の冷たいな言葉遣いを気にした。その後、急展開で校内コンクールに巻き込まれ、両方も参加者なのでお互いにライバルという存在を認めた。華麗なるポロネーズ、ツィガーヌ、カプリース第24番、月森がコンクールで披露したのは何れも高難度の曲だったが、迷わなく細かいところまで洗練を極めた音色がまるで高嶺の花のようだった。聞く度に土浦は何故か反発したがっていた。征服の欲望という気持ちかもしれない。音色も本人も、余計に美しく映っていたから。
  第二セレクションの件もあったな、と、土浦は指が鍵盤の上で泳ぎながら、まだ記憶を遡っていた。その日、月森の両親がゲストとしてコンクールに招かれていた。まさかずっと前から憧れている有名なピアニストの浜井美沙が彼の母親とはうそのようで、かなり衝撃を受けた。考えてみれば、彼女の息子こそ、土浦は親の血を継いだ月森に説明できないほどこだわった。
  未だに鮮やかに覚えていた。
  結局、月森は三年生の先輩に閉じこめられ、両親の前で演奏できずに失格となった。言うまでもなく、行方不明とは月森は引っかかった。土浦は助けに行ったが手に遅れた。弱虫なのに強がりを演じた月森にムカついた。悲しみも痛みも責任も何もかも一人にで背負った彼を見ると、心は八つ裂きにされたようで何よりもつらかった。しかし、彼の誰かでもなかった上、黙って何でもないふうにしたのは、男同士の間の優しさとも言えるだろう。

 和音、トリル、跳躍の連続、土浦は現在までなかなか伝えられなかったこの思いを、はっと息をのむほどまっすぐな音色に託した。
(音楽は心を映すというなら、大切な人への思いが、この音色で、どうか、伝えてほしい。)
  余韻が完全に消散するまで、二人とも動かずに「今」の全てを受け取っていた。かなり長い沈黙の後、心が打たれたような表情で月森が声を出した。
「土浦、君は…」
「会いに来たんだ。」
  柄ではないセリフ。しかも即答で。伝説の妖精からの祝福で口に出せるようになっただろうか。これはきっと音楽のおかげだと、土浦が心から感心した。
「リストにはパガニーニがいるように、俺にはお前というバイオリニストがいる。」
  土浦らしい告白だった。
「確かに、音楽の力はライバルがいてこそ伸びていくというものだと思う。…なら、恋にも同じような力を潜めたかもしれない。」
  月森らしい返事だった。
  ようやく、二人の思いが通じ合った。
  自分ではどうにもならない衝動で、土浦は月森に近づいた。欲しいものを失わないように、彼の腕を封じ込めた。そしてついに、少しずつ、少しずつ、顔も近づいて…
  唇が触れようとしているそのとき、目を閉じた月森は体が少し震えていた。
(くそ、こんなに可愛くて、どうするつもりかよ。)
胸の高鳴りは収まらなかった。ドキュン、ドキュンと、心臓の音はわずらわしく聞こえた。
  この日、漆喰で塗り込められたような空になるまで、彼らは何度も、何度も、うまくいけるように、キスをしていた。
  背徳と言われるかもしれないこの秘密の楽章は、この先の彼らには思い出の前奏曲と変わっていくものだ。

つづく

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土月同盟土月アンソロジー 月森を泣かせ隊コルダ愛

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