さっきから何度自分の腕時計をみただろう、二世はいらつき
を押さえきれずに言った。

「もう2時だ。まったくいいかげんな男だ」

 その二世の怒りを受けて、普段は温厚な二代目も珍しく刺立
てた声で答えた。

「1時間も待たせて、携帯電話を入れるでもなし。ほんと、頭
にきますよね」

 ここは東京都銀座のとあるシティホテル。その1階のラウン
ジでコーヒーを飲みながら二人は待ち人をしていた。いや、丸
い喫茶テーブルには、もう一人の人物が座っている。

「まあまあ、二人とも落ち着きなさいよ。時間はたっぷりある
し急ぐわけでもないんだから」

 そう言ってミニスカートからふとももを覗かせながら脚を組
む女性が一人、福娘だった。

 二世、二代目、福娘。いわずとしれた福助組のトリオを無礼
にも待たせている人物は・・初代福助だった。

 二世のパソコンに初代福助からメールが入ったのは2週間前
。自分が勝手に閉鎖したサイトを復活させてくれたお礼をした
いから会って欲しいと言う内容だった。

 あんなマニアックな奇妙なサイトを開設した福助なる人物の
素顔はどんなだろう、若い学生か、はたまた意外と大会社の重
役か、3名は興味津々で本日、銀座に集合した。現代の二十面
相と自称する人物と銀座で落ち合うとなると、それなりの扮装
をするのが粋とは思ったが、さすがにマントとシルクハットと
も行かず、二世も二代目もスラックスにトレーナーのごく普通
の格好だった。ただし、女性の福娘だけは

「怪人福助に会うなら、やっぱこれでしょ」

 と言い、タイトミニスカートにサンタンベージュのパンティ
ストッキングを着用してホテルにやってきた。約束の時間は1
時。そうして3人は冷えたコーヒーを前に1時間も待ちぼうけ
をさせられていた。

「もう頭に来た。二世さん、福娘さん、帰りましょう」
「そうだな。そもそも適当な奴なんだよ、福助って奴は。自分

勝手にサイトを閉鎖なんかして人の迷惑も何にも考えないよう
な奴なんだからな」
 二世と二代目は席を立ちかけた。それを止めたのは福娘だっ
た。

「ちょっと待ちなさいよ。相手は怪人福助よ」
「だからなんだって言うんですか」

「もしかしたら、ほら、あそこの可愛らしい女給さん。あの娘
がひょっとしたら福助さんの変装した姿かも」

 エプロンドレスに黒タイツ姿の若いウエイトレスを指差しな
がら突拍子もない事を言い出す福娘に、一瞬二人は顔を見合わ
せてしまった。苦笑しながら二世が言った。

「あのね、福娘さん。あれはサイトの中のフィクションでしょ
。生身の怪人福助は普通の男で変装とかなんとか、そんな事が
できるはずないじゃないか」

「そうそう、手塚治虫のマンガみたいな他人への変装なんてさ

、現実にはできるわけないですよ」
 二人に反論されて福娘は少ししょげてしまった。

「そうかなあ、やっぱり福助さんは約束をやぶったのかしら・
・・」

 その時、二世の携帯電話が鳴った。電子メールが着信したら
しい。小さいディスプレイを覗いた二世が思わず叫んだ。

「お、福助さんからのメールだ!」
 3人が顔を寄せてディスプレイを見下ろす。

『親愛なる二世、二代目、福娘の道兄。我が輩は約束は破らな
い。すでに我が輩はこのホテルに来ている。そのまま◯×△号
室に来るがよい。ふはははははは』

「・・なにこれ?まともな大人の書いた文章と思えないわ。ど
う言うセンスの持ち主なのかしら」

「どう言うって、こう言うセンスなんだろう。ひょっとしたら

一種の誇大妄想癖なのかもしれないぜ」

「ともかく、指定された部屋に言ってみますか」

 3人はロビーでカギを受け取ると上階の部屋に急いだ。
狭いエレベーターの中。

「ねえ、福助さんって、どんな人かしら。なんだかどきどきし
ちゃうわ」

 ちょっと顔を紅潮させて自分の胸を押さえる福娘。二世も二
代目も少なからず期待をしていた。そうして、指定された階の
廊下の奥隅の部屋。その部屋のドアを開ける。

「おっ!」「ええっ?」「きゃっ・・」

 3人は同時に驚きの声を上げた。部屋の中にはベッドと椅子
。椅子の上には一人の女性。ロングスリーブのTシャツにグレ
ーの膝上丈のスカート、ブラックカラーのパンティストッキン
グをまとったその女性は椅子に縄で縛り付けられていた。両手
は椅子の後ろに回され手首を一つに縛られていた。やや大き目
の乳房の上下に胸縄をかまされて腕は彼女の胴体に固定されて
いる。スカートから出たふとももは膝の上下に縄が幾重にも巻
き付き、さらに格好の良いふくらはぎの下、きゅっとしまった
足首も、彼女の動きを封じるために一つに縛られていた。

 さらに良く見ると、彼女の手首と足首には頑丈な黒革製の枷
が嵌められており、小さな南京錠が嵌められていた。縄と拘束
具で固定された女性を自由にする術は3人にはなかった。

 顔?よくわからない。彼女の顔にはすっぽりと、やはり黒革
の全頭マスクが被され、大きくて頑丈そうなジッパーは後頭部
で鍵止めされていた。

「ううむふんん・・・ほふんん・・・」

 マスクをされた女性の顔が上下に長い。おそらくマスクの下
に隠された口の中には大きな物を無理矢理噛まされているのだ
ろう、口を閉じる事ができないようだ。そうして、意味のある
言葉を喋る事もできないらしい。
 福娘はその女性に近づき、彼女の手をそっと触った。

「酷いわ、いくらなんでも。ねえ、あなた、分かる?大丈夫よ」
「むふふふん!!うむぐんんんっっっ!!」

 緊縛された女性は猿轡の奥で怒りの呻き声を上げた。

「うーむ、どうやら、ボンデージが趣味の女性を合意のもとで
縛ったってわけじゃなさそうだな」
「やっぱり怪人福助の仕業でしょうか」

 二世と二代目は顔を見合わせた。二人とも女性を縛ったりし
た事はあったが、あくまでも双方納得の上での遊びでの事、ホ
テルの一室で女性を監禁となると、下手をすると誘拐の重罪だ


「あら?ねえ、ほら、ここに手紙があるわ」

 福娘が指さす所は、縛られた女性のふともも、黒いストッキ
ングと彼女の脚の皮膚のはざまにメモがたたんで挟まれていた


「こんな所にメッセージを置いておくなんて、福助さんの趣味
もろだしね。あのね、ちょっとごめんなさいね」

「むぐぐっっっ!!△■◯◎☆!!」
「そんなに怒らないでよ。同じ女性なんだからいいじゃない」

 意味不明の呻き声を出して抗議する女性をしり目に福娘は彼
女のスカートを捲り上げ、彼女の穿いているブラックのパンテ
ィストッキングの中に手を入れると、ふともものあたりから手
紙を引っぱり出した。

『我が輩の贈り物は気に入っていただけたかな。十分に堪能し
たまえ。わはははははは』

「やっぱりこいつ、まともじゃないわね」
「それにしても、この娘、どうしたもんかな」
「鍵をされてちゃ、解きようがないですよね」

「うーうーっっふむううううっっっ!!」

 革の目隠しマスクをすっぽりと被せられた女の子は必死に呻
いているが、マスクの下の厳重な猿轡のせいで全く無意味な言
葉のみが彼女の口から発せられている。

「困ったわ。どうしたらいいのかしら」

 そう言いながら女性のまわりを見回る福娘。いつもよりも短
いスカートから覗くサンタンベージュのストッキングの脚がや
たらと艶かしい、無理矢理緊縛された女性と福娘の姿に、二世
も二代目も少し興奮していた。

「ねえ、この娘、やたらと自分の胸を意識してないかしら?」

 福娘が言う。

「そういえば、そうだな。なんだろ」
「あ、もしかしたら・・」

 福娘は緊縛の彼女に近付くと、Tシャツの襟首から手を中に
入れた。

「ほーら、やっぱりあった。ブラジャーの中になんか隠してあ
ったんだわ」

 福娘の手には小さな鍵が光っていた。おそらく緊縛の彼女の
枷のいずれかの鍵であろう。福娘がかちゃかちゃ言わせながら
確かめてみる。それは顔のマスクを固定している南京錠の鍵だ
った。福娘は鍵を開けるとマスクのジッパーを開けて、可哀相
な犠牲者のマスクを外した。

「おっ!」「えっ!」

 再び二世と二代目は同時に叫んだ。マスクの下から現れた女
性。口には大きなボール猿轡をされているのは想像通りだが、
思ってもみなかったのは、その彼女はなんと福娘その人だった
からだ。ボール猿轡のストラップがきつく、彼女の顔を洋梨の
ようにくびれさせている。

「むふぐふあふううううっっ」
「そんなに怒ることないわよ、福娘ちゃん」

 彼等が福娘と思っていた人物はあくまでにこやかに微笑む。

「もしかして、あんた・・・」
「そう、そのもしかしてよ。黙っててごめんなさいね。初めま
して。私が福助よ」

 彼女はそう言って微笑んだ。

 二世と二代目はいまだ半信半疑だ。どうみても目の前の人物
は彼等がよく知っている福娘その人だ。愛くるしい瞳、艶やか
な唇、格好の良い胸、細くて高い腰、ミニスカートから伸びる
たおやかな脚線。しかし、椅子に縛り付けられているのも福娘
。怪人福助っていったい・・

「あんたが本当の怪人福助ってんなら証拠を見せて下さいよ」
「いいわよ」

 二代目の問い詰めに、あっさりと“福娘”は答えるとソファ
に座った。

 彼女は自分の頭髪に手をやった。ばちっびちっぎじっと言う
なんとも言えない音がしたかと思うと、彼女の綺麗な黒髪がす
るっと取れた。福娘の顔は尼さんのような坊主頭になった。ブ
ラウスを脱ぐと、その下は白いサテンのキャミソール姿。キャ
ミソールも脱ぐ。ため息をつくように繊細なレースのブラジャ
ー。なんと彼女はブラジャーも外した。格好の良い大き目の乳
房があらわになった。猿轡のために文句を言えない本物の福娘
が睨み付ける。

 “福娘”は自分の背中に手をやった。手を首の下あたりから
腰まで下げるに従って、ちちっと小さな音がした。

「この繊維は最新のラテックスなのよ。伸縮性と可塑性が今ま
でのと段違いなの。だからフルボディタイツでもね、今までみ
たいに後頭部からお尻までの長いプラスチックジッパーが無く
ても大丈夫なのよ」

 いったい何の事か二世にも二代目にも分からなかった。

 彼女の驚くべき行動はさらに続いた。左手で右手の指先を摘
んだ。マニキュアを塗った細い指。その指がぺしゃんこになっ
た。

いや、指の中から中身が抜け出した。いや、正確に言うと
、福娘の指をかたどったラテックスのグローブの中から彼女は
自分の生身の手を抜いていったのだ。そうして彼女は背中の穴
、プラスチックジッパーを下ろして開いた穴から本物の自分の
右手を抜き出した。まるで蝶の幼虫から成虫が脱皮して羽を広
げるような仕種だった。続いて彼女は左手も繭から抜き出した


 つまり福助は、背中から指の先までつなぎ目無く続いている
フィーメールボディタイツを着用しているのだった。

 本物の自分の手をもう一度ラテックスのボディスーツの中に
突っ込むと、彼女は手を首から上のマスクの中に潜り込ませた
。福娘の頬の皮(本当はラテックスマスクなのだが)が手の格
好に膨らんだ。まるで福娘の顔の皮の下に手の格好をした寄生
虫が這っているかのような風景だった。

 そのまま彼女は両手を大きく広げた。福娘の顔が左右に長く
広がった。ラテックスの福娘マスクは驚く程滑らかに伸びてい
く。彼女は両手を頭上に持ち上げる。一瞬、福娘の頭蓋骨が皮
から剥げ落ちたかのような錯覚を覚えた。福娘の瞳がぼこっと
抜け落ち真っ暗な空洞になる。これも正確に言うと、福助が被
っていた福娘マスクを外した為に、マスクの瞳の部分が穴にな
っただけの事なのだが。

 そうやって彼女は福娘マスクを自分の顔から剥がすと、マス
クの首の部分(マスク部分と胴体部分は継ぎ目なく繋がってい
る)を強く引っ張って伸ばしながら、自分の本物の頭をボディ
タイツの背中の穴から出した。彼は頭にベージュのヘアキャッ
プを被っていた。片手でそれを脱ぐと、短く刈り込んだ短髪が
現れた。

「改めて初めまして。僕が福助です」

 それは奇妙な光景だった。30歳前後の男の顔と上半身。彼
の腰のあたりからだらんと垂れ下がっている着ぐるみのような
福娘の上半身。ボディタイツによって細く絞り上げられたまま
の彼のウエストはミニスカートをぴったりと穿きこなし、そこ
から伸びるサンタンベージュの脚は見事な脚線を描いてパンプ
スに吸い込まれている、女性のままの下半身。

「嘘みたいだぜ」

「まさか、本当にこんなことできるんですね」

「むぐぐうむむんんん」

 最後の呻き声は、いまだボール猿轡を口に嵌められている本
物の福娘である。

「どうしても二世さんや二代目さんにお礼かたがた楽しんでも
らいたくて。30分ほど早めに福娘さんを呼び出してすりかわ
ったんです」

「そのボディタイツは?」

「爪先から指先、頭のてっぺんまで一繋がりになっているフル

ボディの全身タイプです。ほら」
 福助はふくらはぎのストッキングをつまんだ。ナイロンの生
地と一緒にその下の脚の皮が伸びた。

「凄いな、ねえ、福助さん。もう一回福娘になってみてくれな
いかな」

「ええ、いいですよ」

 今度はさっきとフィルムの逆回しのように、怪人福助はラテ
ックスのボディタイツを身にまといはじめた。まずは両手を福
娘グローブに差し入れる。ふにゃふにゃだったタイツの指の皮
が実体を中にまとっていく。

 福娘マスクをすっぽりと被り、カツラをつける。福助の顔は
、福娘の皮膚にぴったりと被われた。最後に背中のジッパーを
引き上げる。

 ブラジャーをつける。キャミソールとブラウスを着る。そう
して彼は服装を整えた。

「福娘のできあがりね」

 にっこりと笑う福助に、二世も二代目もまったく言葉も無か
った。再び“福娘”が出来上がったのだ。

「ところで、この後どうする?福娘ちゃんを解いて四人で飲み
にいきましょうか。それとも、こっちのお楽しみはいかがかし
ら」

 “福娘”福助はクロゼットを開けた。

 中には女性もののスーツが二着ハンガーにかかっていた。そ
うして、その横には二人の女性がぶらさがっている。いや、爪
先から頭髪まで精巧に作られた、まるで生きている女性の皮を
そのまま剥いだようなボディタイツが二体ぶらさがっていた。

「どう?二世さん、二代目さん。試してみる?」

第一部<完>

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