2)「いつかまたYawkey Way」

   By Tatsuya

朝、起きたときからすべては今日のゲームが中心だ。ボストン・グローブのスポーツセクションで先発投手を確認。コーヒーを片手におおよその試合展開を思いめぐらす。クレメンスが登板なら、勝ち負けはどうでも良かった。彼の存在感はそれほどに大きかった。今まで見てきたプレーヤーのなかで、迷いもなく「カッコいい!」と呟けたのは彼だけだ。

ひと息ついたら午前中にジョギングを済ませてしまう。BUのキャンパスからプロムナードへ出て、あとはひたすらチャールズリバー沿いを東へ東へ・・・サイエンス・ミュージアムまで辿り着いたら同じルートを戻ってくるいつものコースだ。ゲームを見に行ける日は心持ち足の運びも軽い。

シャワーを浴び、ゆっくりと昼食をとる。冷房を入れずに窓を開け放し、待ち遠しかった夏の空気を思いきり取り入れる。噎せ返るような、でも心地よい気分をしばらくの間味わう。

気がつけば・・・さあ、そろそろ自分にプレーボールをコールするときだ。こんな日の晩は9時を過ぎると、かなり冷え込む。トレーナーを持って行くか・・・そんなことを考えながら、アパートの玄関を出る。地下鉄に乗るよりは、ブラブラと歩いてゆくほうが好きだ。Commonwealth Avenueに出てしばらく歩くともうFenway Parkは見えてくる。Kenmore SquareからBrookline Avenueへ、ダフ屋の兄貴たちの間をかき分けて歩いてゆくと、フリーウェイを跨ぐ橋。何度となく色々な期待に胸を膨らませ、この橋を渡り、ある時は意気揚々とまたある時は打ちひしがれて戻ってきたものだ。

Yawkey Wayを左に折れれば、そこはもうField of Dreamsの世界だ。ポリッシュソーセージを焼く匂い、メンバー表、Year Book, を売る少年の叫び声、レンガ造りの壁にかかるバナーが風にたなびく光景・・・プレーボールまでまだ2時間以上あるのに、誰もかれもがそわそわワクワクしているこの時間帯がぼくは好きだ。居てもたってもいられなくなり、ゲートをくぐる。無愛想なターンスティールが一回転するその瞬間、これもまた、ぼくがこのうえなく愛する瞬間だ。

Yawkey Way (by matsudy)


まずは今晩の自分のシートを確認。フィールドが目前に広がる。思い切り深呼吸をすれば、芝の香りと土の匂い。そして誰かが楽しむシガーの香り・・・ そしてゲージの中からは一球一球心地よい音を残して、ボールがOut Fieldへ飛んで行く。久しぶりに見るグリーンモンスターは今日もばかでかく見える。しばらくしたら、今晩のShowへの乾杯をするためにMiller Genuine Draftを買いに行く。もちろん、Driver's Licenseをちゃんと見せて・・・

夕闇がせまって、CITGOのサインが輝きだすころ、芝はカクテル光線のなかに一段と明るく浮かび上がり、幻想的な世界が広がる。軽やかにたなびくセンターの星条旗、くっきりとライトスタンド後方に聳え立つPrudential CenterとJohn Hancock Towerの摩天楼・・・歴史、伝統、現在、未来・・・色々な言葉が頭の中を駆け巡り、自分は今いったいどこにいるんだろう? とひとときの瞑想に耽る。すると、満員の観衆のどよめきと拍手、ダグアウトからスターティングラインアップの選手がそれぞれのポジションへ走って行く。「星条旗よ永遠なれ」の斉唱・・・ときにこの歌をボールパークで聞くと、思わず涙腺が緩んでしまうのはなぜだろう? さあ今夜もRoot for the Home Team!
Go! Red Sox!!!

’90年から’91年にかけて、ボストンの地でぼくはこんな一日を何度となく過ごしていた。今、思えばまさに至福の時間であった。本来の目的は仕事であり、勉学であった訳だけれど、それ以上に、野球ではないBaseballに、球場ではないBallparkに、そして何よりもRedSoxという泣かせるチームに出会えたことが何よりのアメリカ滞在の収穫であったと思うのである。それまで、知識のうえだけで知っていたRedSoxとは、Babe Ruthが最初に入団したチーム、Cy Youngが活躍したチーム、そしてあの"Kid"こと、Ted Williamsがグリーンモンスターの前に君臨したチーム・・・

時を経て、’75年WSの"Big Red Machine"Redsとの熱戦。(残念ながらYazの全盛 期、’67年のCardinalsとのWSは記憶の中にはないのであるが・・・) Luis Tiantの好投、Dwight Evansのスーパーキャッチ、そして何といってもCarlton Fiskのあのホームランは強く印象に残っている。当時は今のようにBSも無い時代。一週間のダイジェスト版のような扱いでスポーツニュースで取り上げられていたことを覚えている。

’86年のMetsとのWSは、よりリアルタイムに近い感覚で触れることができた。Metsの監督がご存知Davey Johnsonであったことから、日本のメディアの扱い方が割ときめ細やか、かつMets贔屓であったようだ。Bill Bucknerの歴史的トンネルが非常にクローズUPされたシリーズだが、それ以上に、このシリーズをより印象的にしたのは、第7戦終了直後、TVカメラが画面に映し出した、RedSoxの選手達がダグアウトの中で大泣きをしていた光景である。とくにまるで子供のように泣きじゃくっていたWade Boggsの姿は忘れられない。この時に初めてぼくは、RedSoxというチームが背負っている運命の重さ、またそれを深く認識しているプレーヤー達というものを実感できたような気がするのである。そして、今まで以上にこのチームに強い興味を覚え、いわゆるファンとしての第一段階に進んだのではないか?と今にして思うのである。Rosterは毎年変わるが、このチームの一員になった選手は、だれもCurse of Bambinoをいつの日か打ち破ることを目標に、プレーを続けることになるのである。

そして、とうとうRedSoxを、また憧れのFenwayをこの目で見れる日がやってきた。忘れもしない’90年8月12日、対戦相手はBaltimore。RedSoxはMike BoddickerからGregg Harrisへ繋ぎ、2点差を守り切った。おりしもその頃はTorontoとの激しい首位争いを続けていた頃であり、’88年に続いてのDivision制覇の期待が一気に高まっていた。"Rocket"Clemensはその後2週間ほど肩の故障で、やきもきさせたが9月の最後の天王山には見事にカムバック、Torontoを6回までゼロに抑え、チームは、そしてボストンの街は盛り上がった。Boggsは打率は3割1分台ながら相変わらずのクラッチヒッターぶりを見せ、まさに若手バリバリのEllis BurksとMike Greenwellが中軸を固め、Key Stoneにはいぶし銀のJody Reed、また彗星の如く現れたベネズエラ出身のCalros Quintana、芸術的なキャッチングと強肩のTony Pena、そしてDHにはあの英雄 Dwight Evans・・・

ぼくはつくづく思った。初めて見るメジャーリーグの試合がRedSoxのゲームで、そしてその場所がFenwayで・・・なんと恵まれているのであろうと! 案の定、それ以降ぼくのRedSox熱は高まるばかりであった。その年は162試合目でTorontoを振り切ってDivision Titleを獲ったのだが、ALCSでは当時向かうところ敵なしであったOaklandに0勝4敗で一蹴されWS出場の道は断たれた。しかしRedSoxファンはぼくも含めて、ことのほか満足〜あたたかな気持ちでオフを迎えることが出来た。ALCSのチケットを買うために、朝6時前からぼくもFenwayに並んだのだが、その時の雰囲気が、なにかとても肩から力のぬけた、穏やかなものであったことを記憶している。RedSoxファンの気質といえるかどうかはわからないが、彼ら(ぼくも)はある一面ではとてもシンプルかつ懐の深い部分をもっているような気がしてならない。Baseballの本質の部分を重視する、つまり、ここぞというゲームで良い試合をすれば、それが勝利であっても敗戦であってもOK。Baseballの「楽しさ」を与えてくれればしっかりと評価する・・・というような一面を持ちあわせているような気がしてならないのである。だって、そうでなければ、約80年もWSチャンプから遠ざかっている事実を許せるはずがないであろう。

中心選手の顔ぶれは大きく変わり、時は流れる。しかし、ぼくは相変わらずそしてこれからもBostonを見つめてゆくであろう。そして今年は、Nomarが、Moが、Pedroがぼくらを楽しませてくれた。さらに、来年のAll Star GameはなんとFenwayが舞台である。出来ればまた、あの日と同じように期待に胸を膨らませて、Yawkey Wayへの道を歩いてみたい。バナーのたなびくあの光景を目にすれば、また目が潤んでしまうであろう・・・その昔、Detroitのある著名なスポーツライターが言ったそうだ、もし死ねる場所を選べるとしたなら、「6月の昼下がり、Fenwayyの記者席で死にたい。」と・・・

MLBの本質、またそのファン気質の典型ともいえる部分を伝承しつづけ、またその素晴らしき舞台であるもっとも伝統的なBallparkを有するこのチームこそが、Boston RedSoxである。この先WS制覇に何年かかろうと、来年も、そしてその次の年も、スリリングなゲームを、そして何よりもBaseballの楽しさを運んでくれるチームでありつづけてほしい。

また、いつの日かCITGOサインをバックに聳えるグリーンモンスターに再会できることを夢見て・・・


CITGO サイン (by matsudy)