サーファーでもワカル魔術入門

 

 3

今日のお題はチョー簡単なグルジェフとナチスです。

さて、このグルジェフという得体の知れないおじさんに関しての書物って結構出てるし、日本にも関連団体がヤマのように存在してます。
大学によってはサークルがあるところもあるんでコンタクトはかなり容易な筈です。(早稲田のグルジェフ研究会ってまだあんだろうか?)
シュタイナー系のサークルがなにげに嫌気な金持ちの訳知り顔ババアのサロンと化しまくってるのに比べればグルジェフ系の団体はサーフィンボードにウエットスーツでも気軽に受け入れてくれそうなとこがあるんで初心者でもあっさり紛れ込めてしまうんではないでしょうか。
なんにしても魔術を実積的に齧るためには適切な指導者(グル)の存在は欠かすことが出来ません。
(いい加減に面白半分でちょっとやってみっか!なんて感じでかますと訳もわからないうちに自分の霊体に深刻なダメージを受け、それが後年自立神経の失調に繋がったり、精神などに悪影響を及ぼすことも充分に在りえるからです)
その点でいうと一番安全だけどつまんないのがシュタイナー、これに関しては直系のシュタイナースクールなるものが存在し都内で比較的簡単に受講できるようになっているようです。
(実はここの講師やってるヤツに私の劇団時代の仲間がいたり、知人である舞踏家がエライ先生になってたりするんでちょっと勧めづらいとこがあるんですが・・。)
次がグルジェフワークってヤツです。
私としては此れが一番いいんじゃないかと思います。
(クロウリーって・・いいんだけど、面白すぎるんですよ。その分めっちゃヤバイです。洒落で書いてあるとおりに精霊呼んでみたら本当に来そうになってビビりまくっちまったことが過去にあるんで、このヒトの怖さは身に染みております。そんなもんいきなり書くなよーてなもんです。)
さて、私の予断と偏見によればブラバッキーが積極的に東洋密教系の知識を取り込んだあたりから西洋系魔術といわれるものはかなり変化したように思えます。
このユダヤ、キリストから決別した人達に共通するのは意思という概念です。
この意志ってのをあんまり簡単に解釈されるとまずいんでここで補足しておきますが、通常我々がいうところの意味とはややニュアンスが違うんですね。
どちらかといえば仙道でいう自由の概念に近いところがあると思ってもらったほうがいいでしょう。
仙道では最終目標として絶対的な自由を獲得することを掲げています。
それは親とか会社から自由になると言ったこと意味合いではなく、自らが自らの呪縛を破り、肉体からの自由、最終的にはこの宇宙を支配している法則からさえも自由になることを目的としているのです。つまり絶対的な意志の確率ということにもなるんですが、自己の存在の絶対化という目的意識を持ちえなければ意志などというものは存在さえしないってことになるんですよ。
そして特にグルジェフという男はその人生の大半を神秘探求の世界的規模の放浪に費やしただけのことはあって得体の知れないことをやまほどかましてます。(注)
そのひとつにヒットラー疑惑があるわけです。
もともとヒットラーはナチ参加以前にトゥーレ協会という秘密結社に出入りしていてそこである一定の修行を受けていたんですが、グルジェフもきっちりこのトゥーレ協会に絡んでるんですね。
後、ナチスにはチベット人達のグループが内部にいて(確か、<緑の手袋>とかいう組織だとおもった)政策、軍事作戦などにかなりの発言力をもっていたと伝えられているんですが、このチベット人組織とナチスの橋渡しをしたのがまたグルジェフだというハナシなんです。
ただ、これってあくまでも憶測の域をでないハナシなんで、ま、どうかなーというところがあるんですが・・。
確実なところではヒットラーが名を出す前にある知人にいかにもヒットラーを思わせる人間のハナシをし、それを指導しているようなニュアンスで喋っていたとか、チベットの秘儀を盗みだすためにチベットのかなり位の高い位置にいる人間の娘と婚姻し、自分の息子を生ませ、その子が高位のラマになるのを待ってまんまと秘儀を持ち出したりとかその位ですかね・・。
でも、事の善しあしは別としてこの男の飽くなき身勝手な知的探求心のお陰でこの時代に初めて東洋と西洋の密教部分がそれなりにでも向かい合うことが出来たわけできたわけだからやはりそれは評価すべきでしょう。
さて、ちょいとナチスのハナシに戻しますがこの団体は基本的に宗教団体的な性格を多分に秘めた組織でもありました。
多かれ少なかれ国家というシステムに宗教が絡むのは珍しくも何ともありませんが(戦時中の日本だって天皇という現人神に率いられた神の軍隊なんだからね)性格的に十字軍的なものが多分にあったということと、ヒットラーという名のシャーマンが短期間であれ、国家そのものを牛耳ってしまっていたことがかなり異常なことだったんです。
簡単にいえばいきなり、近代世界に邪馬台国みたいな国家が出現して世界を相手取って五分に戦ってしまい、あわやというところで世界を手中におさめる寸前のところまでいってしまったんですから、一体近代ってなんなのってことなんですよ。
で、ナチスを語るうえでかわせないのがユダヤ人大量虐殺ですからこれについても書いておきます。
ナチスのユダヤ人大量虐殺は簡単にいえばナチスという新興宗教団体が必要とした儀式で血の生贄だったんですね。
別に良く言われるようなヒットラーがまだ貧乏絵描きだった頃にある特定のユダヤ人に悪意をもったからだという理由からではありません。
その見方ではただ、ヒステリックにヒットラー個人を糾弾するだけに終わってしまう危険が多分にあるし,とてもそんな理由では説明できかねるからです。
人類の歴史の中には過去そういった例はいくらでも見ることが出来ます。
勿論、ナチスのこの行為は許されるべきではありませんが、それ以前のヨーロッパでもユダヤ人はありとあらゆる理由で迫害され狩られ、虐殺され続けていたのが現実であり、ナチの行為のみを非難糾弾しつづけるのはあまり懸命とはいえないような気がします。
(ナチをスケートゴープにして他のヨーロッパ諸国が行ってきた蛮行を歴史の闇に隠してしまうことになるからね)
ことがことである分冷静に事態、状況を把握、分析し未来に繋げられないのなら死んでいった多くの犠牲者の魂も浮かばれることはないでしょう。
大戦後かのイスラエルが建国され、結果そこにもともと住んでいた大量のパレスチナ人がイスラエル軍に追われ難民と化し、ゲリラ化して対抗しました。(ていうかその前にはユダヤ人が住んでたんだけど、追われたんだよね、ただし、2,000年以上前のハナシだけど)
それに対し圧倒的な軍事力をバックに殺し捲ったのが当のユダヤ人なのですから、それを考え併せるとなんとも陰鬱な気分に陥ってしまいます。
うーん、なんか話しがエライとこへいってしまいましたけど、ま、こいうのもありということで、また次回に送ることにしましょう。

注、なにしろ、神秘主義者でもあるけど冒険家でもあったこのおじさん。
お金がないと雀を捕まえて黄色く塗ってカナリヤだとオオウソついて売り捌いてみたり、砂漠横断するのに羊に砂を食わせ、(そういう羊を作っちゃうんだよね)砂嵐は梯子の上に昇ってそれをかわして、すっげえラクチンに砂漠越えしたりとメチャクチャな話し満載です。
本では「奇蹟を求めて」いうのと、「グルジェフワーク」あたりがオススメですね。
確か、「この人をみよ」という映画もあるはず、でも、奇蹟を求めてを読んでからのほうがいいかも。ゲラゲラ笑えながら読めます。

質問は掲示版へ!