北斗日記5 SM! yamato遠征

そしてyamato遠征が決まった。
とりあえずKRS城を根城とし、着々と力を蓄える。
当時のyamatoのwarは圏内戦が主体だったので、kaieは戦士を作っていた。あとはmageが多かった。
SM!はmage主体の圏外戦が主流の戦い方(ってかそれしかしてなかった)だったからだ。

物資に関しては、reoとtakakoが主に頑張って稼いでくれた。
reoとtakakoはどこのサーバにいっても十分すぎる物資を供給してくれる。
reoは商売人としても超一流なので本当に助かる。SM!のサーバ遠征はreoがいなかったら実現しなかっただろう。

さて、このころの記憶はあまりないのだが。
まず俺は友達のMeguMeguのつてで+D+というギルドに入った。
当時の+D+は結成したばかりで、二極化が進みつつあったyamato warで苦戦を強いられていた。
yamatoの2強はN99と=J=だ。
warする時に指揮も担当したが、数も腕も負けている現状ではどうにもならなかった。
そこで、また別で苦戦を強いられていたAgapesというギルドに目を付ける。
ここはDFを傭兵につけ、+D+と同じく結成したてのギルドだったが、かなり頑張っていた。
しかしやはりアクト差と実力差が苦しく、2強に叩かれる日々が続いているようだった。+D+よりはマシだったが。
こことの連合ギルドを作り、2強に数の上で優位に立てば少なくとも互角にはなると考えてみた。

これには結構苦労したが、なんとか連合は成立。
DAPというギルド石が立った時は結構嬉しかったw
DFもそのままDAPに加わり、数の上では=J=にもN99にも優位に立つ事ができた。
腕は変わらないがw

当時、俺はマシンパワーという物をかなり軽く見ていた。
金が無かった事もあるが、腕があればパワーなんていらない物と思っていたのだ。
しかし腕が互角ならば、いや腕で勝っていてもマシンパワー次第で負ける事もある。
N99との戦いはこれを再確認させられた。
これはSM!での戦闘だが、deciではまだ優位に戦闘していたSM!にN99はFFを乱射する作戦に出た。
画面中に埋め尽くされたFFで身動きが取れなくなるSM!w
これはきつかった。全く動けなくなるし・・・
マシンパワーで負けたと感じる戦いはこれが初めてだっただけにショックも大きかったな。

Decietでの戦い。
当時DAPを指揮していた俺は、常にN99の絶対的な強さに負けまくっていた。
そこでなんとかしてN99のスキを探し、指揮と戦場と戦機を有利にできるように慎重に行動した。
まずdeciのV字に布陣。
敵の偵察を発見したら本体を移動し、時にはinvisi、時にはgate移動を繰り返し、
ついに穴とVにN99を分断する事に成功。DAPは3F−穴階段上に布陣していた。
幽霊偵察の報告で穴とVにN99の戦力が分断している報告を受けた俺は、すぐさま突撃を敢行。
穴への直gate*2と階段降りの3段移動で穴のN99を殲滅しようとした。
actはほぼ同数なので、突撃した時は勝利を確信していたが・・・
何故か負け!whyyyyyy・・・

まず初檄がカケラもできていなかった。
gateくぐる前に詠唱しているのはテレポ、GH、etc・・・
後で聞いてみると、攻撃魔法が全体の2割くらいしかないw
SM!で常に攻撃重視と教えていた俺との意識のギャップが開きすぎていた。
それによって初檄をしのがれ、VにいたN99が戻って来た時点で敵の死体0w
むしろこっちが死んでるw
そのまま敗退・・・

数は多かったが、とにかく勝てなかった。
いろいろな意味で、DAPとは初心者連合だったと感じた。
まあ、しかし無意味な戦闘であるとは思わなかったが。
俺もみんなも成長していったはずだしね。

そんなこんなで一月くらい。
俺はSM!の準備が整ってきたので、準備が完了して一緒に参加したいたNilfらと共にDAPを抜けた。
少ししてからDFも抜けたようで、DAP時代は終わりを告げた。
そしてScVの重鎮Unicornが、Duel guildのNo1を率いてHappyHalloweenというwar guildを設立。
yamatoの第3勢力として名乗りを上げた。
これでyamatoは4大勢力(N99、=J=、HH、DAP)の戦争が続いて行くことになった。
そして、ようやくここにSM!の名が加わる。

キャラはmage、medi、SS、tacだけGM必須。wresは各自でGMにしてたようだ。
EIとresi、特にresiは低いのがいたいw
Nilfなんぞはずいぶん前からyamatoいるくせにmageがGMじゃなかったw 最悪w

そういや開始前にちょっとした事件があった。
どこかでEQしてた吸血鬼っぽい人からICQが来たw
EQメインでやってるが、ヒマな時はwarしたいから参加させてくれって事だそうなw
戦力は欲しいし、話題としてもおもろいから即okで、ScVの一部も参加。
ただ、LapisとBCGはときたま参加って感じになった。他に参加したのはGaeaとP-suke。
P-sukeはかなり長く参戦してくれた。無口だがきっちりと仕事をこなす職人タイプ。
密かにかなり頼りにしていたw

そしてwar参加。
とりあえずdeciで待つ。
なっかなかこないw
どうしたのかと思ったら、どっかの圏内でぶつかってました・・・
つっこんでってact差と戦士差で玉砕w
この先yamatoで圏内EFでのfiled makingと、WoSでの敵分離を学んで行く事になった。
その使い方を盗み取って行ったのがここの圏内戦だな。

ってか、正直初めは負けっ放しだろうってのは覚悟していた。
war経験がyamatoの強豪に比べるとダンチだからだ。
SM!で一番war経験が長いであろう俺ですらN99のコアメンバーにはかなわないw
さらにyamatoの進化した圏内戦に勝てる自信は、正直俺には無かった。
勝てる見込みがあると感じたのは圏外戦だけかな。

というわけで、初日からまけっぱじゃ士気にも関わるので、なんとしてもdeciで戦いたかった。
まず初めにやってきたのはJ。
同数actのようだったので、SM! 穴 vs =J= Vで戦闘。
細かくは覚えてないが、勝ったはずw
その後はN99。
移動、移動で位置をずらし、Vに移動した直後にN99のgateが隣にw
先に移動していたSM!。「gate見えたらcrossEFして爆弾」の教えより、EFをはる時間がないので
ひたすらbomb bomb bomb! N99も負けずにbomb bomb bomb! w
決着は、早めに移動していたSM!が優勢に運んでいけた。俺は死んだがw
SM!被害3,N99被害5くらいでN99が穴に引く。そのまま押し切ってwin。
最後はHH。
actが多かった・・・w
SM! V上でHHがV。
ここで穴にオレンジネームが出現。別勢力と見た俺は撤退を指示。
ところがこれはHHの裏gate隊だったらしい。一部は撤退したが、突撃してきたHHを壁で分断してbombでgetしていた
メンバーは勝てると見てそのまま残った。LAPISやBCGも。
なんかそのまま押し切って勝ってしまったらしいw
撤退指示は完璧ミスだった。

というわけで、初戦はなんとかモノにする事ができたようだ。
だがこんなもんじゃわざわざyamatoに来た意味がない。
こっちの得意な戦場で勝ち拾っても向上には繋がらない。
よってSM!も圏内戦を重視した戦闘に付き合う事にした。

しかし・・・
actが足りない、戦士が足りないの現状では、yamatoのレベルにはついていけない・・・
HHもactが高く、まともに戦えるのはp-skillに劣るDAPくらい。
deciでの戦闘でも負けはじめて来たあたりで、DFのfourからのICQがきた。
act少ないままの戦闘を強いられているSM!に、渡りに船の傭兵依頼だった。

この傭兵を受けるかどうか。
俺は1も2も無く受けるべきだと出張。
actでの大幅増加が見込めるDFは今のSM!に何よりも必要な条件だったからだ。
しかしここでLAPISが「DFが来るならScVは抜ける」と言ってきた。
yamato大戦でのDFの乱行が気にくわないってのが原因。俺もそれには納得できた。
だが、「今のScVじゃact的に戦力にならない。DF雇って行った方がいいだろうからScVは抜ける」との打診も。
DF雇用を決めていた俺にはありがたい身の引き方だった。thx。

そしてDFを雇い、当日にはなんと10on10以上の戦いができるほどのactが揃ったw
そのままノリでDF vs SM!の模擬をするw
ここで俺の腹黒い考え炸裂。
「これだけのactを持つDFを完全に制御するには、力関係をはっきりと示すのが一番手っ取り早い。
この模擬は絶対まけんな。何がなんでも勝つ事。」
という事でSM!に全力で戦う事を指示w
10on10から13on13くらいにまでなったんだっけかな。
2,3戦(どっちか忘れたw)やって全部勝った。被getは1w
yamato DF相手に予想以上の強さを発揮して、この初めの力比べは終わった。
そして共通BBS設立。
ここではDFにもSM!にも、お互いになんでもかんでも思った事をぶつけ合うように、と前置きした。
それによって、かなりの意見がこのBBSで見られた。ここの討論にはかなり満足している。
DFのいいところは言いたい事隠さないで言う奴が多い所だね。

DFを雇った事でactが増え、戦士も増えて圏内でも戦えるようになった。
このあたりでHHが突撃ギルドに変化したw
そして新興ギルドSLSが参戦。
SLSはactが非常に多く、戦士主体のギルドで戦力的にかなり侮れないギルドだった。
DAPSはすでにたまにしか見なくなっていた。
これで五大勢力warの形となっていく。

この当時のギルドの力は、N99>=J=>SM!=HH>SLS>DAPS といった所か。
しかしN99からSLSまでは、十分まともにぶつかりあえる力を持っていた。
N99は早い回線と強い連携と卓越したフィールドメイクでyamato topの位置を死守。
=J=は、奇をてらわないが理論に基づいた重厚な攻め、戦士のスクラムによる押し等で
スピードは無いが弱点も無い迫力ある戦闘を展開。
H99は守勢に回るともろいが、攻めの時はフィールドを飛び越えてでも突っ込んでくる戦闘スタイルが
確立されていき、時には恐ろしいギルドにもなっていった。だんだんとactが多くなっていくのも怖かった。
SM!は、勉強期間と位置づけた俺が全てを吸収していく姿勢でかかったので、
N99やJのフィールドメイクは全て盗んだw
特にN99の「数が少ない時に引きながら戦う」「押すときは壁を使い孤立させて殺す」「戦場は自分で作る」
「微妙な位置移動で安易な撤退を防ぐ」や、Jの「戦士は固まって押す」「戦士の指揮官を作る」
「戦闘前の位置取りから考える」等。
HHの突撃は残念ながら盗めなかったw

SM!は戦闘していくにつれて成長していった。DFと共に。
SM!とDFはかなりいい組み合わせだった。いい感じで意見対立、調整、作戦立案、体制整備案が練られていった。
そして俺はこれらを全て組み込みながら、独自の作戦を考える事に腐心していった。
今では普通に使われている逆gateも、実はこのころにSM!+DF BBSでMidnightが立案したものだ。
当時はかなり画期的な作戦だったと思う。
さらに建物裏周り強襲作戦を俺がテストしたのもこのころ。
そして、この頃にはようやく圏内戦がわかってきて、N99相手に少数でも戦えるくらいにはなっていた。

ここらあたりで、SLSも強くなってきた。
考え抜いてきたであろう、弓を重視する圏内戦を確立してきたのだ。
actが30を超える戦闘も多いyamatoで、弓はかなりの驚異となる。
中に切り込まれると弱いという弱点もあったが、SLSは確実に強くなっていた。
Jもつられるようにじわじわとレベルアップしていき、HHのactも増加される。
N99最強の座は確実に脅かされていった。
しかし・・・

ここからは早めにながす。
yamato war guildに何が起こったか。それは各自の想像に任せるとしよう。
なぜなら、俺の意見も想像に過ぎないからだ。

N99、ドラゴンをwarに使用。
約一週間後、解散宣言。翌日解散。
その後、一週間程でHH解散。
SM!yamato撤退。

SM!の解散理由だけは述べておくか。
SM!がyamatoに来たのは、やはりN99がいたからなんだよね。
散々ボロクソ言ってくれたN99をじわじわと追い上げて行ってる手応えは感じていた。
あと一ヶ月持ってくれれば・・・って感じだったんだがw
何にしろN99が解散した後、SM!は一気にactが落ちた。
俺はSM!がこれ以上yamatoに留まる必要性を感じなかった。
何故なら・・・

hokutoでは、SFHが、FoMが、RAが、WSが、b*dが。熱いwarを繰り広げていたからだ!

三−四月に結成し、五月にはyamato遠征決定。五月から八月くらいまで約三ヶ月。
SM!は成長し、hokutoは独自の発展を遂げていた。
SM!のyamato遠征は、SM!にとってもhokuto warにとっても大成功だったと自負できる。

そして、二,三ヶ月に渡るSM!yamato遠征は終了した。
俺的には大成功で、抱えきれない収穫を得た気分だった。
この収穫は・・・

hokutoの敵対ギルドが身を持って知る事を俺は予感していた。
そして、ギルド結成時の宣言をついに完全な物とできる事も・・・。