社会生物学的視点から見たアリたち 行動学
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「どうやって、そしてどうして菌類を栽培するようになったのか菌類との共同生活はどのようにして維持されているのか?」
これが、僕のキノコアリ研究に関する行動学的な視点です。これに加えて、今後はシロアリで見られる菌との共生関係とアリのそれとを比較するつもりです。今のところ、どのようにしてアリが菌類との共生関係を結んだのかということに関して、大まかに自分なりの見方を獲得しています。それについては研究業績の(1) Murakami et al. 1997をごらんになって下さい。簡単にまとめると、キノコアリは利用可能な菌類をかなり厳しく選択していた、ということです。これまでの研究では、大いなる偶然の導きによってそれはなされてきたのだとされてきたのですが、そうではないのではないか、と。シロアリではアリと違ってもともと菌類との関係が深く、菌との共生関係に移行することもあながち不自然なことではないのですが、しかし、アリはもともとは菌類と仲が悪いのです。したがって、そこには何らかの「開け、ゴマ!」的なトリックが必要になるのではないかと村上は考えているのです。
と、書いて早幾年月。ここからかなり研究は進み、思ってもいないような方向に進んでおります。
まず第一にキノコアリの共生関係は我々が想像していたものよりさらに複雑であったということが20世紀も終わりになってから明らかになったのです。これは1999年に後に共同研究をする事になるCameron R. CurriらがNatureとPNAS(アメリカ科学アカデミー紀要)に発表した衝撃的な論文によるところが大きいです。
労働分業
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「雨の日にアリは何をしているのか?」
「アリは本当に働き者なのか?」
「兵隊アリは勇敢なのか?」
などなど、アリに関する労働の疑問に答えるべく研究をしています。アリにもいろいろ種類があって(約1万種類!)、なかなか一般化できないのですが、例えば、「2番目の疑問」:比較的後から地球上に出現したアリは、本当に働き者です。ハキリアリ (Atta)の巣の中のワーカーの90%は何かしらの労働をしています。それに対し、より原始的なアリは結構怠け者が多いです。当研究室のオーストラリア研究班の宮田さんによれば、原始的なハリアリでは働いているワーカーの割合は10%くらいと言うことです。
「次の疑問」:ハキリアリの兵隊アリは生まれてからずっと巣の防衛や葉っぱを切り取ることに当たっています。まず、勇敢と言っていいでしょう。彼女らの頭の中は小さいワーカーと同じサイズの脳味噌と顎を動かすための巨大な筋肉が詰まっています。すごいです。特殊化してます。
でも、兵隊アリの定義についてはいろいろ異論があるみたいです。京都大学の生態学研究センター教授の安部琢哉先生が今度総説を発表するそうなので、もし出版されたら紹介します。
「最初の疑問」は長くなるのでまた今度。
そういえば最初の疑問は村上春樹の「ノルウェイの森」の中で出されていた疑問で、主人公が上手く答えられず、緑という女の子から「いがいに物知りじゃなんだ」と揶揄される場面が印象的でした。
後日、村上朝日堂にこの疑問にお答えするメールを出しております。内容は雨の日には基本的に外役の働きアリはお休み、内役のものは変わらずというものでした。その後、いくつか朝日堂にメールを出してアリの話を書いておりました。
それはともかく、最近北大の長谷川博士らの研究グループがカドフシアリを使って、働きアリの分業システムを実験的に明らかにしたのですが、このデータは新聞等で紹介され、話題になりましたね。これはもう少しフォローしないといけないことですが、あんまり楽しくなさそうなので割愛します。
性比
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男と女の問題はアリでも重要な問題です。アリの世界はほとんど女のモノなのですが、唯一交尾をするところだけはオスにも活躍の場が許されています。それ以外では、オスはこの世に存在すらしていません。交尾をする直前にちょろっと生産され、結婚飛行の時に巣から旅立ち、交尾を済ませると死んでしまいます。儚いけれど、潔い生き方です。なんでこんなに儚いのかと問われれば、それは遺伝情報をメスの半分しか持っていないからだと答えるでしょう。そうなのです、アリのオスはメスの半分しか遺伝情報を持ち合わせていないのです。これまたすごいシステムですね。このすごいシステムのおかげで、アリは複雑な社会を持つことになったと考えられています。うむむ、だんだん性比から離れた話になってしまいそうだから、話をもとに戻します。
アリのメスには子供を産む女王とそれを世話する不妊のワーカーとが存在します。だから、メス同士の関係というのは非常に親密なのです。「あなたが卵を生んで、私がそれを育てるのよ」切っても切れない関係です。それに対し、アリのオスは巣の中でなんにもしない役立たずで、ワーカーからすると鬱陶しいだけの存在です。しかし、次世代に自分の存在証明を残し続けていくためにはオスがどうしても必要なのでワーカーは仕方なく世話しています。ワーカーはオスの数をできるだけ最小限に留めたい。役立たずでしかも遺伝情報だって半分しか持っていないし。しかし、女王から見てみれば、そんな出来損ないだって腹を痛めた可愛い子供。できるだけ、平等に生みたい。そこで女王とワーカーの間にオス、メスの生産を巡る争いが生じてしまうというのが、性比の問題の根っこです(ちょっとくだけすぎた説明かな)。
キノコアリに関していえば、ほとんどの種類で性比はメスに偏っています。ワーカーにとって都合のいい状態ですね。そして、ほとんどのアリにおいて、性比というのはメスに偏っているんじゃないかといわれています。オスに偏った性比は特殊な社会構造を持った種類で例外的に報告されています。その例外的なモノの一つがハキリアリの性比です。このアリは大きくオスに偏った性比を示します。その原因がなんなのかは未だに分かっていません。僕が5年間を費やした結果はそれなりに面白いのですが、まだ結論には至っていません。今後、もう少し頑張ってみます。
これまた、こう書いてから幾星霜。そのときに至った結論は、「遺伝的な多様性を確保するという観点からたくさんのオスと交尾するという説明はまあありえるかもしれないけれど、至近的な要因としては巣を作る場所がより深い土中に変化することにより、コロニーサイズを大きくする事ができ、それが女王のサイズを大きくし、多くのオスを受け入れる進化的下地を用意したのだ」というものであった。この主張はBehavioral Ecology and Sociobiologyに2000年に発表し、結構評判になったような気がします。そこから、デンマークのKoos Boomsmaらの研究チームと共同研究を行なって、遺伝的な多様性の側面から究極的な進化要因を考察してみたのですが、こっちはさらに面白いものとなっております。
女王の繁殖能力
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すごいイラストですねえ。我ながら。
左のイラストはCyphomyrmexrimosusという菌類と共生するアリ(ここではキノコアリと呼びます。族名はAttini)の女王アリの卵巣を描いたものです。このアリは比較的原始的なキノコアリでして、より複雑な社会構造を持つ種になると、女王の卵巣もより複雑になってくるという面白い相関が見られます。とくにspermatheca(受精嚢:じゅせいのう)という器官の大きさの差が大きいですね。この器官には交尾の際にオスから受け取った精子が入っています。女王は一生に一度の交尾でその後利用するすべての精子を受け取ります。
女王の寿命はAtta で20年から30年といわれていますから、その間の膨大な量の精子をここに貯めているのですね。 女王の産卵能力の差と社会構造の違いとの間の相関関係を今後は詳細に追いかけていく予定です。
(この内容に関連した研究はぼくの業績の(6)で詳細に触れています。)
分子生物学
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CAP-PCR DNA fingerprinting法は全DNA配列の中からGT反復配列の部分に特異的にくっつくプライマーを用いてそれに挟まれた領域を増幅するものです。増幅された産物を電気泳動して、バンドパターンを出し(上の写真みたいに)、バンドを比較します。血縁度推定の方法はこれまでいくつか開発されています。しかし、いずれも小さなアリに応用して、血縁度のデータを取るには不向きでした。北海道大学の染色体研究施設の石橋さんが95年に開発したCAP-PCR DNA fingerprinting用のプライマーは、少量のDNAからでも推定血縁度を算出することを可能にしました(Murakami et al. 1997を参照して下さい)。この方法を利用して、キノコアリの血縁度や交尾回数を推定しています。
えーと、今後は同属内で様々な社会構造を持つTrachymyrmexやSericomyrmexといったアリに注目して分析していきます。
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