休日のひととき、いつもの東京と一味違う情緒を味わう下町散歩に出かけた。 銀座線の上野〜浅草間は、昭和2年に開通した日本最古の地下鉄。稲荷町駅で降りると、短い階段のすぐ先に地上の光が望める。新しい地下鉄の深く入り組んだ階段に慣らされた身には心地よい。銀座線の真上の浅草通り沿いは、伝統の品揃えと技術を誇る商工業地区だ。広くまっすぐな道の両側に雑居ビルが並び、一見すると近代化された都会の風景だが、よくみると仏壇屋だけが何軒も連なり、入口に大きな金ぴかの仏像や五重塔が鎮座していたりする。つぎの田原町駅付近は、食器、机など調度品、メニューの看板や店先の提灯にいたるまで、飲食業界御用達の豊富な品揃えを誇る合羽橋道具街がある。ありとあらゆる種類の陶器が、足の踏み場もないほど詰められた狭い店内に、職人魂を感じる。
浅草の中心には、東武の駅ビルが、もう70年余りのあいだあまり変わらぬ姿で立つ。7階だてのビルには松屋浅草デパートが入り、列車は2階から発着する。旅行センター、駅弁屋、案内所などを備え、吹き抜けをのぼる入口の大階段にも、ターミナルの貫禄がある。しかし昭和初期の設計は、列車の編成が伸びた今では古く手狭である。むりやり延伸されたホームの先端部は、狭いうえに急なカーブを描き、列車のドアとのあいだに大きな隙間ができるので、特急は板を渡して乗降する。電車に乗ってみると、とりわけ浅草駅の進入シーンが印象的だ。見晴らしのいい隅田川鉄橋を渡ると、電車は長い体を90度ねじる。そして、高架線の直近まで迫る建物をかすめつつ、鉄道の限界近い急カーブを車輪をきしませて最徐行で抜け、狭いビルの中腹に突っ込む。まるで、器用な体操選手のようでもある。 浅草駅でもうひとつ見逃せないのが、東武の駅前の地下街だ。狭くて天井の低い階段をおりるといきなり狭いスペースに立ち食いそば屋があり、だしのにおいが漂うなか、中年男たちが黙々とそばをすする光景に突き当たる。さらに進むと、古銭売り、占い、指圧など地味な店が古びた看板を掲げて連なる。がらんとした通路、すすけた壁、むきだしの配管がはしる天井には、知られざる都会の裏側の迷宮という趣がある。地下街というと近代的で華やかなイメージが強いが、「こんな地下街も存在するのか」と、強い印象を受けた。 人口増と産業発展により、変わり続けてきた東京。そんななか、東京の東隅にあって近年の発展の直撃を回避した古い繁華街である浅草界隈では、街にも鉄道にも、東京のほかの地域にない滋味が満ちていた。 BACK |