オトナの汽車ゴッコ




 子供のころ、「汽車」になったつもりで走ったり、「駅」に止まったり、そんなゴッコ遊びをしたことのある男の子は少なからずいるだろう。

 4月末の連休に、私は齢24にして本格的なゴッコ遊びを試みた。北陸本線旧線、敦賀〜南今庄間。現在は昭和37(1962)年に開通した長大な北陸トンネルで一直線に短絡されたが、かつての鉄路は山あいを縫って越えており、今もそのルートは道路となって残っている。そこをマウンテンバイクに乗って自分の足で越えることで、急勾配にあえいだかつての汽車の気分を味わおうというのである。

 SLが苦闘したであろう山あいの道は、自転車にとってはそう急坂ではないが、ペダルは重い。最初の新保駅跡には記念碑が立ち、道の両側に広めの空き地がある。ここで「停車」して一休み。駅跡から小さな集落に、かつての駅前通りが伸びる。

 廃線跡の細道は、北陸自動車道と並行する。さすが元幹線鉄道で、盛り土の立派さは隣にはしる現代の大動脈にもひけを取らない。田植えを間近に控えて満々と水をたたえた春の水田の間を、築堤がゆるやかにカーブする。そして眼下に田んぼを見下ろしつつ、山肌に取りつき、山あいをのぼっていく。地面を這う普通のいなか道と違い、景色から一歩引いた距離感がいかにも鉄道らしい。昔の気動車特急「白鳥」の乗客になって、車窓を眺めている気分。ペダルを踏みつつ、「汽車ゴッコ」の気分は盛り上がる。

 トンネルが断続する。レンガ造りの入り口、トンネル名を記した銘板などそのまま残っていて雰囲気は満点。奥にぽつんとみえた対向列車、いや自動車のヘッドライトが、次第に大きくなって接近してくる。真っ暗で狭い坑内は、単身の自転車にとって気分の良いものではない。漏水の音が反響し、気が弱ければ幽霊の足音などと思っても不思議でない。こういう不安心理から、トンネルの怪奇伝説などが生まれるのだろうか。それでも、何本か抜けるうちに慣れてくる。

 そして旧線のハイライト、旧杉津駅へ。駅跡は、北陸自動車道のパーキングエリアになっている。今はトンネルの闇に替わられた幻の車窓だが、敦賀湾をはるか高台から見下ろす風景は、他線にも類のない一級のものである。

 旧線区間最長の山中トンネルを抜けると、長かった上り勾配も終わる。ずっと重いペダルをこいできた自転車の身ゆえ、ここでほっと一安心したであろうSLの機関士の気分を、僅かながら共有できた気になる。あとは下り坂、鉄道らしい一直線の道が林間を貫く。ペダルもほとんどこがず、重力に身をまかせ「惰行運転」で風をきって下っていけば、軽快なレールの響きが聞こえてくるよう。現代の特急が時速130キロ、10分ほどで走破する区間を、人力のわが「汽車」は2時間弱を要しつつも、前方に見えてきた南今庄駅に無事到着したのであった。


HOME
BACK