ある夏の日曜日。東京の猛暑から逃れて涼しさを味わうべく、朝早い中央線の特急に飛び乗った。車窓にはしばらく重苦しい家並が続くが、高尾を過ぎてにわかに緑濃い山の景色に変わると、ふっと気分も軽くなる。小淵沢で小海線に乗り換えて、野辺山で降りる。日本の鉄道で一番高い標高1345メートル、風は爽やかだ。 持ってきた自転車を組み立てて、走り出す。八ヶ岳の裾野の緩やかな斜面に、高原野菜の畑が広がる。実りの時期を迎えたレタスの畑が、あたり一面にレタスの香を漂わせる。農耕車が行きかい、茶髪の学生バイトらしい人たちも作業に汗を流す。 日本最長河川、千曲川(信濃川)の源流の谷をさかのぼる。川上村の中心の集落には、真新しい村役場の建物や、広い駐車場をもつ立派なスーパーマーケットがある。山奥の村でも、日々の買い物などはそう都会と変わらないようだ。あとは、谷間に一面の野菜畑のみが続くなかを、しばらく走る。谷が尽きて山にぶつかると、道は細くなって峠越えにかかり、山肌をぐるぐる巻きながら高度をあげる。苦しい上りに自転車の歩みも遅くなり、いったいいつまで坂が続くのか不安になるが、見上げる山の稜線は確実に近づいていき、眼下の谷間にはさっきまでの野菜畑が一望される。 長野県と埼玉県を分ける三国峠に至る。標高は1,740メートルで、坂をあえいで上ってきた体の熱が冷めてしまえば、空気は肌寒い。長野県側の天気はおだやかだったが、峠の向こうの埼玉県側は、ぶ厚い雲で視界がほとんどなく、不気味に雷鳴が轟いていた。夏の午後、山の天気は変わりやすく、残念だがここで引き返す。やがて雷雲は長野県側にも広がってきて、大粒の雨が地面をたたきはじめ、峠の稜線に太い稲光がはしった。自転車を組み立て、運良くやってきた村営バスで信濃川上駅まで戻り、列車で帰京する。 東京を脱出して爽やかな高原の空気と景色に触れ、峠まで上って走り応えあるサイクリングも味わい、途中での退却は残念だったが、終わってみれば心地よい満足感の残る一日であった。 BACK |