「大井川鉄道テーマパーク」の旅










 4月の末に、大井川鉄道に乗りに出かけた。静岡を出た東海道本線の列車は、ごみごみした市街地を走った後に大井川を渡ると、緑濃い丘を上り、東海道本線らしからぬ静かなたたずまいの金谷駅に到着する。

 大井川鉄道のホームには、C11型蒸気機関車が煙を上げて待っていた。使い込まれた旧型客車を5両連ねて10時に金谷駅を出発した列車は、大きく左カーブを切り大井川の上流へと進路を定め、時速40〜50キロくらいのスピードで進む。車内は家族連れが多く、狭いボックス席はほとんど埋まりにぎやかである。小柄な体に不釣り合いな大きな制帽をかぶったおばさん車掌が車窓を案内し、「鉄道唱歌」や「線路は続くよどこまでも」をハーモニカで演奏したり、みやげ物を販売したりと大活躍する。

 大井川の河原は広く、数日前の雨のため水は茶色く濁っている。川沿いに開けた細長い平地は、普通なら水田が広がるところだが、この沿線は一面の茶畑の畝が波打つ。次第に谷間は狭まり、山と河のみが続くなかSL列車は走る。南海、京阪、近鉄などを走っていた車両たちと途中駅ですれ違う。乗客を詰め込んで都市間を忙しく疾走していた車両たちが、のどかな谷あいで悠々と余生を送っている風情だ。途中、新しくできた露天風呂である河根温泉「ふれあいの湯」では、温泉につかっている人たちがみな列車に手を振っている。沿線にはカメラを向ける鉄道ファンも多く、茶を摘むおばさんも、線路沿いを歩く家族も、みな笑顔でSL列車を見送る。乗客のほとんども列車の旅自体を目的としており、まさに沿線と一体になった「大井川鉄道テーマパーク」である。テーマパークだけあって入場料もそれなりに高く、終点の井川までの64キロで、同じ距離のJR幹線運賃の3倍近い3090円もかかるのだが。

 千頭で井川行きの列車に乗り換える。ディーゼル機関車に牽引され、立つと頭がつかえるようなミニ客車を連ねる。大井川鉄道はスイスのブリエンツ・ロートホルン鉄道と姉妹鉄道になっているが、この列車の赤い車体、一段下降式の大きな窓は、スイスの山岳私鉄を行く氷河急行を思わせる。列車は、ダムの建設資材運搬用に敷設された簡易軌道を、駆け足ほどのスピードでさかのぼっていく。電気機関車に付け替えて90‰の勾配があるアプト式区間を上り、巨大な長島ダムの姿を一望。進むほどに、険しい渓谷の景色は垂直方向に展開するようになり、見上げるような高さの山の上から眼下の谷底まで、この春開いたばかりの黄緑色の葉と常緑樹の濃緑が、美しいモザイク模様のごとく一面に広がる。

  終点井川に到着し、帰りは静岡鉄道バスで静岡駅に出た。大型車体のバスが、すれ違い困難で急カーブが連続する峠道をえんえんと走る。途中では反対方向のバスと無線で連絡を取り合い道幅の広い場所で待避するという「単線運転」もみられた。静岡までは大井川鉄道よりずっと速い約2時間で到着、運賃も1850円で鉄道よりずっと安かった。鉄道とバスで、生命感あふれる新緑の山間を満喫した一日であった。


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