山手線一周完歩


 大学時代の旅行サークルで、メンバー総勢約80人を連れて、山手線を徹夜で歩いて一周したことがある。夕方に渋谷を出て、時計回りに歩き通し、翌朝渋谷に戻ったのは昼の12時だった。

 渋谷、原宿、新宿、池袋と、夜の繁華街を80人の大名行列がぞろぞろと抜ける。人ごみのなか集団がはぐれないよう、後ろの列に気を取られて前方を注意していなかったため、歌舞伎町ではいかついおっさんにぶつかって怒鳴られてしまう。もう人々が寝る時間に狭い路地へざわざわと入り込んだため住民に苦情を受けたり、交番の警察官に目的を尋ねられたりもした。

 夜はだんだんと更けて、懐かしい修学旅行の夜のごとき、深夜の独特の盛り上がりが展開した。三越デパートのライオン銅像、上野公園の西郷隆盛像やSLに皆でよじのぼったり、真っ暗で広い谷中霊園を彷徨したり。街は静まり返り、見慣れた繁華街も人気がなく、まるで別の街のようだった。魚くさい臭いが印象的だった午前二時のアメ横、ゴミに群がるカラスばかりが多かった早朝の銀座通り。現代の不夜城であるコンビニエンスストアのやけに明るい照明だけが、どこへ行っても目立っていた。

 夕方から深夜までは、お祭り的な興奮もあってみな元気だったが、空が明るくなってくるとさすがに眠気と疲れに襲われ、急速にパワーダウンした。さらに朝の一時は、豪雨に見舞われるというアクシデントもあった。東京タワーの上半分を覆い隠すような黒い雨雲が低空に垂れ込めていたが、幸い雨は長くは続かなかった。最後のほうでは、「しりとり」などをして疲れを紛らわせ、足を機械的にただ動かしつつも、メンバーの約半数の40名は一周を歩き通した。最後の恵比寿から渋谷までの一駅は、残った力を振り絞って全力疾走するレースが繰り広げられたが、もう足がまともに動かなかった。

 いつもの東京に非日常感があふれ、下手な外国などへ行くよりも、ずっと遠い遠い世界を巡る「旅」に思えたのだった。


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