婦人 1999.9

 

歳のころ40あたりのその婦人は、婦人という呼称が似つかわしい気品を
備えていた。

婦人の細く厳しい目はライト・ブルーで、長い金髪は素朴なポニーテール
にして背中に流していた。細く彫りの深い白い顔には、女としての生の最も
輝かしかった次期をわずかばかり懐かしむといった、しかしそういった婦人
にありがちな下品なものではない化粧がほどこされていた。その四肢は白く
細く、ほんのわずかばかり筋肉の弛緩は認められたが、それは注意に値する
程のものではなく、むしろその均整のとれたスラっとした容貌は、若い時分
多くの青年を悩ませただろうことを容易に想像させるようなものであった。

婦人はカウンター席しかない、狭くて汚いダイナーのもっとも入り口に
近い席を占領していた。

婦人の背筋はまるでその中に物指しでも入っているかのようにピンと張り、
組み合わせられたその両腕はカウンターの上に圧倒的な威圧感をもって
置かれており、その両目は店の中側をじっと見据えていた。

婦人は時折茶色い小さなカップに入れられたコーヒーを啜り、それ以外には
赤い小さなプラスティック製の灰皿に差し掛けられたマルボロを口に持って
ゆき、まるで機械か何かのような動作でそれを吸っていた。これらの動作は
婦人の忽然とした様子をまったく壊すことなく、極めて無機質に行われて
いた。その厳しい両目は、まるで我が子の死骸を前にしても表情が変わらな
いだろうかに見え、その焦点の先は決して変わることがなかった。その薄い
唇は何かを口に持っていく時以外はきっと結ばれ、一点の笑みも悲しみも
表現していなかった。

じきに婦人はそのコーヒーを空にした。おもむろに立ち上がった婦人は、
店の奥の方へとかつかつと歩み、ガラスの大きな冷蔵庫から自らペプシ・
コーラを一缶取り出すと、また自分の席にもどった。婦人はその缶のタブ
を実に婦人的に引き起こし、ストローも使わずに自分のコーラを啜った。
それはまったく、先ほどまでのコーヒーがペプシ・コーラに変わっただけ
の変化であり、それ以外の何でもなかった。そして婦人は新しいマルボロ
に火をつけ、その姿勢を先ほどと寸分も違わず保持したまま、時折ペプシ・
コーラを啜り、煙草を吸った。

ダイナーには時折新しく客が入り、食事を済ませては出ていった。それら
の客のほとんどはそのダイナーの常連であった。そして婦人はそれらの常連
達と顔見知りのようであった。

一人の常連が入ってくると、婦人の横を通り過ぎ、婦人と対面する席に腰
をおろし、婦人の存在に気が付いた。そこで、婦人は常連に声を掛けた。

"How are you?"

婦人はこの挨拶をする時にも、視線の対象を変えなかった。すなわち、その
挨拶はまるで機械か何かが自動的にやっているかのようであった。常連はそ
の挨拶に応答し、その後自分の注文をウェイトレスにしたが、その後
婦人と会話を続けることはなかった。また婦人の方にもそれを期待している
ような様子が見られなかったためでもあった。

その常連は食事を済ますと、勘定をし、ダイナーを出ていった。常連の登場、
婦人の挨拶、食事、勘定、他の常連の登場というこの一連の動作が、婦人が
ペプシ・コーラを啜り、マルボロを吸う間に何度も繰り返された。

三本も煙草を吸う間、婦人はそのペプシ・コーラも空にした。そして、また
おもむろに立ち上がると、冷蔵庫から新しいペプシ・コーラを取り出し、
以前と同じ動作に戻るのであった。

婦人はおよそ一時間の間に、4本のペプシ・コーラと一箱のマルボロを
空にした。その間、婦人の動作はまったく変わることなく、その目は同じ
一点を見つめたままであった。カウンターの上で組み合わされた婦人の両腕
は厳密に同じ位置に置かれていた。

 

 

 

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