町工場の憂鬱番外編・CADという代物に触れてみる? その1

                                         Written by カメ山カメ吉

 以前某所で「町工場の憂鬱」という駄文を書き散らし、一部に好評を博した事が
 ありますが、最近私の身に思ってもいなかった変動がありまして、その顛末がけっ
 こう面白いので、忘れないうちに番外編として書いてみようと思います。
 まず最初に、私がどんな職場でどんな仕事をしているか、さらりとおさらいして
 みましょう。
 私は某工業高校を卒業し、製造業の工場に勤めました。それ以来随分と長い間、
 工員としてやってきました。
 こ汚い製造業の現場で、工作機械やプレス機械を相手に、油に塗れながら隣り合
 わせの危険に手に汗握り(?)、お客さんの嫌がらせに近いような厳しい納期や、
 ケガの恐怖と戦いつつ、嫌々20年以上もの時を過ごしてきたわけです。
 その昔のプレス工場といえば、やたら恐ろしいところで、指の1本や2本は無い
 のがあたりまえ、両手の指が10本揃っているうちはまだまだ一人前じゃない、
 などという風潮が残っておりまして、私としては、「冗談じゃない! オレは絶
 対に大きなケガはしないぞ。無事に指10本残したまま定年まで過ごすんだ」な
 んて思ったものです。
 最近は何といっても安全第一(建前はね)で、事故を起こすような企業はろくな
 もんじゃない、という雰囲気が有るので、以前と比べれば安全にはなってきてい
 ます。
 それでも、まだまだ現場での事故は起きています。
 監督署から回ってくる安全速報などを見てみると、県内だけでも年間に何人もの
 人が指を詰めたり落としたりしているようで、全国的にみると両腕を切断したり、
 死亡事故すらそれほど珍しいものでは有りません。
 ウチの工場でも数年に一度くらいは事故が起こり、何本か指を落としたり詰めた
 りする人がいます。
 ケガをした人はもちろん気の毒なんだけど、正直に言うと、起きる事故のほとん
 どは本人の不注意、それも信じられないような大ポカをしでかしての事故なんで
 すね。
 身近な例でみますと、数年前に私の作った金型で右手の人差し指から小指までを
 落とした人がいましたが、このプレスには二重の安全対策がされていました。
 両手でボタンを押さなければプレスが落ちなくて、さらに両手の手首に頑丈な手
 引きを付けてロープで繋ぎ、プレスが落ちるときには絶対に金型の中に手が入ら
 ないようになっていたんです。
 それでも右手を潰してしまったのはなぜかというと、作業前の調整段階でもちろ
 ん手引きは付けておらず、電源を切ってクラッチが入った状態で、何を思ったの
 か右手をよっこらしょと金型の中に付いて身体を支え、左手で電源のスイッチを
 入れたらしいんです。血迷ったとしか思えません。
 クラッチが入っているので、両手押しボタンは関係なく、即座にプレスが動きま
 す。身体を支えている右手は金型の中にあるので、潰れます。
 分かりやすいところで車に例えてみると、ギアを入れてクラッチを繋ぎ、人を前
 に立たせてエンジンを掛けるようなものです。もちろんハンドブレーキは戻した
 状態。
 本人には気の毒なんだけど、わざと手を潰そうと思ってやったとしか思えないよ
 うな大ポカですよね。
 もちろんわざと潰すはずはないので、うっかりだったとは思うのですが、信じら
 れない行動ではあります。
 こういった考えられないような事故が実際に起きてしまうのですから、言っては
 悪いけど、「人間のやる事だから仕方ないかな」とか、「たまには事故も起きる
 さ」、みたいな気持ちもちょっと有ります。
 バカでかいプレス機を使って、くる日もくる日も物を作っているわけですから、
 注意はするにしても、集中力を持続したまま一日仕事して、それを何年も何十年
 も続けていくうちにはひょいっと持続が切れて、とんでもない事をしでかしたり
 する事も有りますよ。人間だもの……ってとこでしょうか。
 そんな危険な仕事いっそのこと辞めてしまえば? という意見もあるでしょう。
 しかし、この仕事をもう20年以上やってきてますから、他に出来ることはない
 し、外回りや接客なんてのは言うまでもなく考えられません。
 このまま安全第一で、定年まで勤めるんだろうな〜と考えていたわけです。
 ところが、問題はこの春に起きました。
 世間は不況で大変ですが、ウチの会社も言うまでもなく、経費節減とか残業の削
 減といったセコい対策を取るようになったわけです。
 時間内に目一杯仕事をこなし、基本的には残業はしない。経費は極力押さえる。
 あとは……不良を出さないようにして、保障料とか対策に掛かる費用を押さえる
 くらいなものでしょうか。
 なんせこの不況ですから、いい仕事は取れません。出費を押さえるというのは仕
 方ない部分も有るでしょう。
 最近はやりの(?)ISO14000というのも絡んできて、地球にやさしい企
 業にならなくてはいけないので、コピーを極力減らし、両面コピーとか、いらな
 くなった用紙は裏をメモ用紙に使うというのが当たり前になってきています。
 このISO14000については、また機会があったら書くことにしましょう。
 で、今回問題になった残業の規制ですが、これは、当然といえば当然なんですよ。
 数字的にみると、ウチの工場は本社と第二工場が有るんですけど、みんな割りと
 大雑把に自己申告みたいな方法で残業していたから、月に400万とか500万
 もの金額になっていたそうです。
 経営側からみれば、QCとか改善提案で仕事を合理化して無駄を省き、時間内に
 済むものは済ませるようにすれば、200万以下くらいに押さえる事が出来るは
 ずだ、というのです。
 この考えには、私もほぼ賛成です。
 時間内に効率よくめ一杯仕事して、5時になったら帰ればいい。どうしても間に
 合わなければ残業をやって追い込めばいい。その通りじゃないか。
 景気が良かった時期には、毎日残業をするのが当たり前、どのくらい残業するか
 で会社への貢献度が評価される、みたいなところがありました。
 評価が上がれば昇給やボーナスも良くなりますから、みんな一生懸命に残業をす
 るわけです。
 これが私は嫌で、違うんじゃないか? と思ったり言ったりしたものです。
 評価を上げてもらうために残業をやらなくてはいけないから、時間内は調整し、
 残業のために余力と仕事を残す、みたいなやり方がいいはずがない。
 その他にも、別な理由で目の色かえて残業やってる人もいました。どうしても残
 業をやりたい人、何が何でも休日出勤をして稼がなくてはならない人です。
 ローンを抱えている人とか、子供がいい学校に行っていてその仕送りが月にウン
 十万とか、それぞれに事情はあるようです。
 そんな人にしてみれば、この残業規制は命取りになるわけでして、このままでは
 やっていけないから、やっていける会社に移るしかない。
 そんな事情からか、設計のオジさんが一人突然辞めてしまいました。
 なんでも子供が医大に行っていて、物凄く金が掛かるらしいんです。
 その人は設計のリーダーなんですが、ほとんど毎日遅くまで残業していて、土曜
 日は必ずといっていいくらいに出勤してました。
 設計という仕事はある意味とりとめの無い仕事というか、メリハリの無い職場で
 はあります。
 自分である程度管理してないと、切りが無いんですよ。
 外から見ている私には分かりにくい部分はあるにしろ、いつもタラタラと残業し
 ていて、休日出勤してて、嫌な職場だな〜と思っていました。
 完璧な設計を目指しているんだろうけど、よくみんな嫌にならないものだと感心
 していたんですよ。
 その設計のリーダーが、残業の規制がされたら途端に辞めてしまったわけです。
 いよいよ嫌になったのかと思ったら、どうやらそうではなく、大っぴらには言え
 ないけれど、残業で稼げなくなったから辞めたんだろう、というのがもっぱらの
 噂でした。
 私は好意的に見すぎていたのかも知れません。
 いい設計をするために、やることはいくらでもある訳です。それで毎日遅くまで
 残業して、土曜日は必ず出勤して、頑張っているのだろうと思っていたんだけど、
 言われてみると、いい設計が出来ていたか? それなりの成果が出ていたか? 
 出来て無かったよな〜。
 後で設計の連中から集めた情報によると、稼ぎたいから何が何でも仕事を見付け
 て残業をやってたけど、規制で稼げなくなったから辞めた、と言うのが真相のよ
 うです。
 確かに、子供が医大に行ってれば金が掛かるよな〜。
 それはまあ済んだ事だからいいんだけど、現実問題として、設計が突然一人いな
 くなりました。
 これは、マズいじゃないか。どうするんだ? さあどうする? という事になっ
 たわけです。
 どこかから連れてこれないか? 設計の出来るヤツはいないか?
 急にそんな事言ったっているわけないよな〜。
 いなければ作るしかない。取りあえず誰かにやらせよう。誰がいい? 金型の事
 が分かっていて、今から設計やらせても何とかなりそうな適当なヤツは……、そ
 うだ、カメ山にやらせよう。
 ってな事になったようなんですね。
 ある日課長に呼ばれて、「どうだい、設計をやってみないか」と打診されました。
 「まだそんな歳でもないから充分CADを覚えられるだろう。経験はあるから設
 計自体も問題ないし、一つやってみないか」というわけです。
 他人事だと思っていたら、いきなり振られたので、焦った焦った。
 正直なところ、設計だけはやりたくない。
 私のやってきた仕事は主に金型の組み立てや生産技術で、設計とは正反対の仕事
 になります。
 企業によってシステムは違うでしょうが、ウチは分業制でやっています。設計が
 金型の構造を考えて図面を描き、その図面を元に加工の連中がパーツを加工し、
 出来上がったパーツや購入品を私たちが組み立ててあれこれ調整し、完成した金
 型や治具をプレスや製造や外注に引き渡します。
 設計が良くないとそのツケは当然ながら組み立てにきます。そして、設計は、ほ
 とんどの場合「良くないのが当たり前」で、確実に組み立てに負担を掛けてしま
 います。
 いわゆる「単純ミス」がバンバン発生するし、その他にも構造上の欠陥とか、購
 入品の発注し忘れなども発生します。
 これらのミスについては、いろいろな考え方があるんですけど、現場の中でも私
 などは好意的な方だと思います。
 先に書いたプレスの事故と一緒で、人間がやってることだから、ミスも起きます
 よ。
 図面を読み間違えて製品の形状がとんでもないモノになってしまったり、数字を
 間違えて大笑いするような品物が出来てしまったり……。
 単純なミスというのはどんなモノかというと、本当に呆れるほど単純なものでし
 て、1.00と10.00を間違えたり、M8のネジをM6と間違えたり、53
 個なければいけない丸穴をうっかり一つ入れ忘れて52個しか描かなかったり、
 などです。
 バカみたいなミスですが、こういうのがボチボチと出てしまいます。
 単にバカと言ってしまえばそれまでですが、毎日毎日やってるわけだから、仕方
 ない部分も有るんじゃないかな〜。
 製品形状も最近は実に複雑で、幾つも曲げが有り、数えきれないほど穴が有り、
 図面をちょっと見ただけでは製品の形状が思い浮かばないようなモノもあります。
 こんな製品の金型を設計するんだから、多少のミスも出るでしょう。
 ミスが出た場合の出方が、現場などと違うということなんですよ。
 どんな違いなのか、考えてみましょう。
 現場の場合、ミスをしたらケガとか、金型の破損とか、不良につながります。
 ケガは説明の必要もないですね。
 金型の破損は、当然納期遅れに繋がりますし、壊れた金型の修理が高くつきます。
 納期遅れは、メーカーさんへの保障料や信用にかかわります。
 不良が出ると、これもまた大変な事になります。引き上げて選別したり修正した
 り、その余裕がないときにはこちらから出向いて、お客さんのラインに付きっき
 りで修正とか選別をしなくてはなりません。ラインが海外だったりすると、海外
 まで飛ばなくてはなりません。ウチではまだ海外のラインでの不良は出していま
 せんが、群馬とか横浜とか名古屋は当たり前、東北とか四国などに飛ぶこともた
 まには有ります。
 その他に迷惑を掛けた分のペナルティが掛けられます。お客さんの組み立てライ
 ンが止まってしまったり、発売が遅れてしまったりすると、その分の金額を保障
 しなくてはいけないんですよ。
 最近のお客さんは狡いというか、受け入れ検査をしません。品質の保障を下請け
 にさせて、不良が出た場合は対応からラインの保障まで、責任をすべて下請けに
 負わせるわけです。
 この条件をのまないと仕事をもらえないので、下請けは命懸けみたいな状況で仕
 事をすることになります。保障料は軽くウン百万から数千万単位、人命がらみの
 不良だと下手すりゃ億単位になりますから、小さな企業なら簡単に潰れてしまい
 ます。背に腹は変えられないとはいえ、辛いところですね。
 だから、ミスが出た場合はみんなで必死に対応しなくてはいけません。
 ところが設計の場合は、ミスをしてもケガをする恐れはなく、不良も大抵はお客
 さんに渡す前の試作で発見されたり、社内の検査で発見されます。
 発見された場合、その対応は設計では出来ませんから、現場の連中がすることに
 なります。
 ミスによって遅れた納期に間に合わせるために、最後には現場が徹夜で頑張るよ
 うな事もあるわけです。
 仕方ないんだけど、設計の尻を拭かされる現場からみれば「お前らいい気なもん
 じゃないか」と言いたくもなりますよね。
 環境のいい設計室でふんぞり返ってCADをピーピー言わせて、つまらない設計
 ミスを出してもチョチョっと図面直すだけで、結局苦労して金型を直すのは現場
 の我々じゃないか、ってね。
 もちろん、対応するのは現場でも責任は設計にありますから、それなりのペナル
 ティは掛けられているだろうし、精神的なダメージはあるでしょう。
 いわゆるポカミスには寛大な私ですが、頭にくる事もあります。例えば、金型の
 構造などでこういうのはよくないから改善してくれとか、こうした方がもっとよ
 くなるよとか、前回これで失敗したから今度はこんなふうにしてみないか、と提
 案しているのにまったく聞く耳を持たず、自分の流儀で毎回毎回同じようなヘボ
 い設計をする事です。
 現場を知らないくせになぜ現場の声が聞けない? 少しでもいい方向にもってい
 こうとしないんだ! まったく頭にきます。
 これは私の考えで、組み立ての中にもいろんな人がいます。ミスは絶対に許さず、
 ちょっとした間違いでも目の色を変え、鬼の首を取ったみたいにでかい声を張り
 上げて罵り、設計者を吊し上げる人もいます。
 口うるさい小姑じゃあるまいし、簡単なミスをいちいち責めてみても仕方ないか
 ら、ちょちょっと直して済ませばいいんですよ。
 でも、逆にそんな私にいちゃもんを付ける人もいました。
 「いちいち文句言ってやらないとあいつらは身に染みないから、文句を言ってこ
 い」、と言うわけです。ああいうのは嫌ですね。
 私の考えはともかく、分業でやっている以上は設計と現場の見解がときとして食
 い違うのは仕方ない部分もあり、大っぴらでないにしても対立関係みたいなモノ
 は出来上がってしまっていて、これもある意味仕方ない部分があると思います。
 連中がどう思っているかは想像もつきます。
 「自分たちはこんなに苦労して設計しているのに、組み立ての連中は出来たモノ
 をみては文句ばかり言っている。そんなに気に食わないなら自分で設計をしてみ
 ればいいんだ」、ってとこでしょうか。
 実際に、こちらが「こんなヘボい設計ではろくな金型が出来ない」と言うと、あ
 ちらも感情的になって、「たまにはミスくらい出るさ。そんなに言うなら自分で
 設計やってみろ!」と言い返してくる事もありました。
 これは違いますね。だったらこっちも「それなら自分らは組み立てて調整してみ
 るか?」と言わざるをえなくなる。
 売り言葉に買い言葉ですが、私としては心外でした。私はつまらんミスは問題に
 してないのです。
 せっかく「ここはこうした方がいい金型になる」とか、「これはこんな方式に出
 来ないものだろうか」という現場の声を上げているのに、聞く耳を持たずに同じ
 失敗を繰り返す「その態度がいけない」と言っているわけです。もっと謙虚になっ
 て現場の声を聞くべきで、いつまでもそんなだからろくな設計が出来ないんだ。
 もう一つ言わせてもらうと、我々現場の者は、威張る訳じゃないけど身体を張っ
 てる部分が有るわけです。大ケガこそないものの、ほとんどみんな生傷が絶えな
 いような状況で仕事しているんですよね。切傷擦り傷は当たり前、ちょいと肉が
 えぐれたくらい我慢してサビオ貼ってやってるわけです。
 それに比べて設計は、エアコンの効いた部屋でふんぞり返りながら、CADとや
 らを眺めつつ、マウスピコピコ言わせてるだけ、とは言わないまでも、快適な環
 境で高いレベルの仕事をしているわけだから、それなりの成果というか、少なく
 も現場の要求にこたえる仕事をしてもらいたいわけですよ。
 これは正論だと思うのですが、言われる方はやはり面白くないようで、つまらん
 ミスや寸法間違いを罵られるのと、大した違いは無かったのかもしれません。
 心情的なものは置いとくとして、もっと現実的な話をしますと、企業としては、
 大きな設計ミスが続いたりすると困ります。
 さっき書いたような、実にバカらしい、信じられないようなポカミスや納期遅れ
 が続くと、「次にこんなミスをしたら、もうお宅には仕事を出さないよ」みたい
 な事をメーカーさんから言い渡されます。当然、厳しいペナルティも掛けられる
 ことになります。
 会社内では、職場で出したミスという事で、トップから厳しいお叱りがきます。
 設計のミスなんだけど、責任は職場全体にある。これは当たり前なんだけど……。
 設計だけの問題ではないので、職場会などをひらいて、どうしたものかとみんな
 で頭を抱えるわけです。
 私も課長などから、現場で仕事している者としての意見を聞かれた事もありまし
 た。
 「この状況を打開するにはどうしたらいいものか?」という事です。
 私の意見は、いつもはっきりしていました。
 「設計のメンバーをみても取り立てて才能がありそうな人はいないじゃないです
 か。大して出来ない人が集まってやってるんだから、ろくな設計が出来るわけが
 ない。いい設計をしようと思ったらそれなりの能力の有る人を連れてくるしかな
 いんじゃないですかね」。
 これは、ずっとそう思っていたし、今でもそう思っています。
 工業大学で設計の勉強した人とか、設計の専門家とかがいるわけではない。たま
 たまこの町工場に集まった連中の中から、出来そうかもしれないという連中にや
 らせているだけなんですよ。
 少なくも、こいつは出来るぞ、と思える人材は一人もいない。
 もともと能力も経験もない連中に完璧な設計を求めても、どだい無理だし、逆に
 可哀相じゃないですか。
 「いまのメンバーに完璧な設計を期待したって、無理というものだ」
 これを私は、事有るごとに力説してきました。
 きつい言い方かもしれませんが、大事なことですから、あえて言いました。
 そりゃまあ、適当なことを言ってお茶を濁すことは簡単です。でも、そんな事を
 しても何の解決にもなりませんよ。
 もう一つ、少し違う見方もできるかな。例えば……こんな難しい設計をしている
 のだから、完璧な設計を求める方が無理なことで、どんな優秀な設計士を連れて
 きても無理なのかもしれません。
 そして、もしこんな難しい設計を完璧にこなせるような優秀な設計士がいたら、
 こんなちんけな町工場に来る訳がないじゃないですか。
 どこかもっと凄いところで、凄い設計をしているに違いない。
 だから私は、「この程度のレベルの連中が集まってやってるんだから、この程度
 の仕事しか出来なくたって仕方ないじゃないか」と言っているんです。
 もちろん、だからと言ってこのままでいいはずは有りません。少しでもいい仕事
 が出来るように努力はするべきで、そのためにこちらも色々と現場の意見を上げ
 てるのです。それを聞かない設計の連中は態度が悪い、と思わないか?
 私のこの意見に対して、他の連中や上司の意見はどうだったかというと、
 「無い物ねだりをしたって仕方ないじゃないか。そんな優秀な設計士がどこに居
 る? いたってウチになんて来る訳がない。だったら今のメンバーでやっていく
 しかないじゃないか」とか、
 「設計はウチでは一番優秀なメンバーが集まっているわけだ。出来ないなんて言っ
 てちゃ困る。出来るはずだ。やってもらわなくてはいけない」ってなところでし
 た。
 本気で言ってるんでしょうかね?
 優秀な設計士がウチになんて来る訳がないから、今のメンバーでやっていくしか
 ない? こんな事を、設計がミスするたびに狂ったように怒鳴り散らしているおっ
 さんが言うのです。本当にそう思っているのなら、つまらないミスでいちいち怒
 り狂うなよ。職場の雰囲気が悪くなるだけじゃないか。
 設計にウチで一番優秀なメンバーが集まっているってのは、これは課長が言いま
 した。その優秀なメンバーが集まって、この程度の設計しか出来ないから困って
 るんじゃないのか?
 こんな低レベルのやりとりを、随分と何年も続けてきたような気がします。
 私としては、ごくまともなことを言ってきた積もりで、設計の連中をバカにした
 訳でもないし、偉そうにした積もりも有りません。
 でも、設計の連中は少なからず頭にきていたのかも知れませんね。
 「自分で設計してみればどんなに難しいか分かるさ」、みたいな事を何度か言わ
 れました。
 まったく分かってないよな〜。
 私は設計が簡単だなどと一度も言った覚えはない。また、私に設計が出来るなん
 て事も一度も言ってはいないんです。
 能力もないのに完璧な設計を求められている連中に、同情すらしていたくらいな
 んですよ。
 だから、設計にいけといわれたとき、即座に「設計だけはやりたくないですね」
 と答えていました。
 冗談じゃない。なんでオレが設計なんかせにゃあいかんの? やだよ。
 それに、出来るのかいオレに? 出来ないと思うぜ。現場一筋で20年以上もやっ
 てきて、いまさら設計なんて……。
 それに〜、散々いがみ合ってきた設計の連中とうまくやってけるとも思えないじゃ
 ないですか。
 それともう一つ、CADだ。あんなもの素人に使えるのか? ワープロくらいし
 か使った事のない私に使いこなせるとは思えない。
 で、とにかく逃げるしかないと思い、「設計だけは絶対に嫌ですよ」と、言うだ
 けは言ってみました。
 でも、言うだけです。
 勤め人なら分かると思いますが、この手の業務命令はどうにもなりません。
 なんせ人事権は会社側にありますから、自分の好き嫌いでどうにかなるという問
 題じゃなく、あくまで会社の都合でどうにでもされるまま。好きにして! って
 なものです。どうしても嫌なら辞めるしかない。
 しかし設計はな〜〜〜。
 私の設計に関する能力はというと、取りあえずの図面は描けます。
 高校で3年やって、それから夜間の訓練校で1年。
 その後は、専門で設計をしたことはありませんが、簡単な手描きはバンバン描い
 てきました。
 と、これだけをみれば出来そうに思えるかもしれませんね。でも、そんな事はまっ
 たく問題ではないのです。
 図面の描き方なんてのは実は表面的なことで、描けるから設計が出来るという事
 にはなりません。
 これは、手頃な例えがいくらでもありますね。
 線が描ければ絵が描けるかというと、そんなことはない。
 字が書ければ文章が書けるかというと、そんなことはない。
 多少描けても書けても、いい絵とかいい文章が描けたり書けたりするかというと、
 まったくそんな事は有りません。
 図面を描く能力と、設計をする能力はまったく別のモノです。
 この辺のことは、ためしに簡単な部品の図面とかをさらさらと描かせてみれば分
 かります。
 同じ定規と鉛筆を使って描いても、人によってその出来栄えはまったく違ったも
 のになるんです。
 さらに、三角方で描かれた図面(正面図、側面図などのいわゆる平面図)を見て
 立体図を描かせてみたり、その逆を描かせてもよく分かる。
 そして、有りもしない部品などを描かせてみれば、さらにその技量が分かるとい
 うものです。
 あくまで私見ですが、設計に必要なのはセンスだと思います。
 経験はもちろん必要で、それに基づいて、確実で安くて(工数が少なく、なるべ
 くシンプルで長持ちする……これは難しいんだよね〜)メンテナンスが楽な金型
 を短時間で設計するためには、やっぱりセンスが必要だと思うんだよね〜。
 実際、現場の経験がないのは仕方ないとしても、長年設計をやってる人がいい図
 面を描くかといえば、そんなことはない。
 いくら長くやっていても、いつまでもカスみたいな設計しか出来ない人もいます。
 あくまでポカミスは別にして、簡単な製品であれば、そこそこの経験が有って図
 面さえ描ければ、そこそこの金型が出来ます。
 でも、それはそこそこのレベルであって、素晴らしい設計では有りません。
 ちょっと難しい製品になると、各々のセンスで出来栄えがまるきり違ってくるん
 ですよ。
 長年設計をやっていると、逆に自分のスタイルにこだわって妙な図面を描くこと
 もあるし、現場の経験がないととんでもない図面を描くこともあります。時とし
 て、どうやっても図面どおりのパーツが作れない、なんて事も有るから笑っちゃ
 います。
 ウチの設計の連中のセンス(技量といってもいい)では、そんなに難しくない金
 型で何とかそこそこのレベルの設計が出来て、ちょっと複雑なモノになるともう
 どうにもならない、ってとこでしょうか。
 見るも無残というか、悲惨としかいいようのない代物が出来上がります。
 中には、まともに仕上がらないこともあり、組み立ての段階で散々手を入れて直
 す事すらあります。
 似たような製品がいくつか続くと、前のモノを参考に出来るので、三つ目くらい
 からやっと少しはまともな図面が描けるようです。
 何もないところから新たな部品の図面を描くというのは、とても難しい事みたい
 ですね。
 頭の中でその製品の仕上がりを想像し、レイアウト(加工の順番を巧いこと決め
 ないと大変なことになります。下手すると製品が出来なくなることも……)とか
 構造を想像し、図面という架空のモノ(確かに存在するんだけどブツになっては
 いないので、図面を描いた段階では出来たという実感はまったく有りません)に
 仕上げていくわけです。
 この、平面的なものを頭の中で曲げたり絞ったりしてイメージを加工し、立体的
 なモノにするという作業は、慣れも有るんだけど、才能もあるみたいです。
 分からない人は、いくら数をこなしても分からないみたいなんですよ。
 で、もっと具体的なイメージを掴むために投影図用の透明なフィルムに実物大の
 展開図(製品を平らにのばした状態のモノです)をプリントし、それを曲げてみ
 てイメージを掴むような工夫もしています。
 それでも、やはり苦手な人は苦手みたいで、こんなのもセンスに含んでいいんじゃ
 ないでしょうか。
 実際に自分でやってみると、ちょっとした仮型でさえ何もないところから自分で
 作るとなると、結構難しいもんです。それが、複雑な順送型となると一筋縄では
 行かない。
 でも、仕事でやるからには金の取れる図面を描かなくてはいけないので、辛いも
 のがあります。
 日曜大工で本棚とかを作るのとは訳が違う、ということです。
 自信があって、私に出来るという見通しでもあれば、大威張りでやってみてもい
 いんだけど、金が取れるレベルの設計の専門家になれるかといわれると、やはり
 尻込みしてしまいますよね。

 さてさて、長々と前置きを書いてきましたが、状況はこんなところです。
 次に、CADという代物について話を進めましょう。
 CADというのは……キャドと読みます。意味はよく分かりません。
 コンピューターで図面を描く機械で、描いたデーターをそのままNC対応の機械
 に出せるので、プログラムを組まなくても加工が出来ます。
 この手の機械の利点は、何といってもデーターの処理ですよね。
 記録が出来るし、いちいちこまかな画を描かなくても、すでに作ったり出来てい
 たりするモノをそのままもってきて、配置すればいいわけです。
 また、直しは手描きよりはるかに楽です。手描きの場合は消しゴムで消して新た
 に描き直さなくてはいけません。これはかなり面倒臭い。でも、CADでの直し
 は図形をちょちょっと修正するだけです。
 てな話は聞いたんだけど、聞いただけではまったくピンときませんよね。
 もう少し分かりやすい話から始めますか。
 ウチの会社でCADを導入し始めたのは、意外と昔です。
 もう10年以上も前ですが、時代の流れに乗らなくてはいけないという経営者の
 考えから、まずは試験的に1台入れてみたんですよ。
 当時その代物を扱っていたのは、ウチの会社でただ一人大卒の彼でした。私と同
 い歳でけっこういい大学を出てたんだけど、苦労していたみたいです。
 傍目から見ても操作はかなり複雑で、こんなもの手で描いた方がはるかに速いん
 じゃないか? と思ったものです。
 CAD自体がまだまだ熟れていなかったという事もあると思います。
 マウスを使うタイプではなく、カーソルとキーボート入力で線を引くその操作性
 には、とてもじゃないけど使える機械とか便利な機械という印象は持てませんで
 した。
 毎日毎日、どのくらいの期間だろう? こ難しいCADの使い方を覚えるのにひ
 たすら時間を費やしていました。1台しかないというのも辛いところですね。操
 作が分からなくても誰にも相談できません。それに彼は、もともと現場の経験は
 なく、設計というのがどういうものなのか分かっていなかったから、二重に辛かっ
 たんじゃないだろうか。
 毎日毎日、専用に区切られたパーテーションの中で、苦虫を噛みつぶしたような
 顔をして、マニュアルとキーボード、画面を睨む毎日を送っていました。
 「こんな事してて給料もらうのも気が引けるな……」なんて弱々しく言うその姿
 は、気の毒というか、悲惨の極み。
 そんな調子で、この最初の導入は失敗に終わったのでした。
 ちなみに、彼の描いた図面はほとんど残っていません。壮絶な日々の格闘の跡が、
 段ボール箱一つに詰められたバカでかいディスクで忍ばれるのみです。
 あ、その彼ですが、将来の幹部候補として入社し、いずれは我が社の大幹部にな
 るはずだったのですが、CADがコけた後、あっさりと辞めてしまいました。今
 頃どこで何をやっているんだろう……。
 1台しかないCADは使う人もなく、やがては廃棄となりました。捨てた訳じゃ
 ないと思うけど、捨てたのかな?
 この件については、様々な意見がありました。
 たった1台だけ導入してもCADのメリットは何もない。設計全員が手描きは止
 めてCADに切り替え、データーを共有して設計の効率を上げ、NC対応の機械
 にバンバンとデーターを出せなくては床の間の飾りと一緒だ、という意見。
 CAD自体がまだ出始めで、とてもじゃないけど使えるレベルの代物ではなかっ
 た、という意見。
 選んだCADが良くなくて、とてもじゃないけど使える代物ではなかった、とい
 う意見。
 そして、現場の経験のない彼には使いこなせる技量がなかった、という意見もあ
 りました。
 どれもが当てはまるのかも知れません。その当時は、大手のお客さんでさえまだ
 まだ手書きの図面が主流でしたから。
 それから数年、相変わらず設計は手描きで図面を描いていたのですが、世の中の
 流れというか、CADの進歩というか、まあまあの企業はどこもCADを使って
 設計をするのが当たり前になってきました。
 恐ろしい勢いで普及したという事なのか、ある時期を境に、どのメーカーさんか
 ら出てくる図面も、すべてCAD図面に替わりました。
 ウチで使ってる外注さんですら、NC対応のデーターを欲しがるようになり、も
 う世の中はCAD一色みたいな風潮になりつつあるような妖しい予感?
 そして我が社でも、今度こそはそれこそ使えるレベルのCAD導入に踏み切る事
 になったのです。
 何年前だったか? 5年とか6年とか前なのかな? 図面は一切CADでのモノ
 に統一するという事で、人数分のCADを入れたのでした。
 今度こそ背水の陣? 前のように、テストケースだからという事では済まされま
 せん。
 この時の切り替えは、外から見ていても凄まじいモノがありました。
 手で描いた方がずっと早く正確な図面が出てくるのに、何が何でも導入する以上
 は「今日からCADで描かなくてはいけない」わけです。
 納期は迫る、図面は出ない……。
 連中は、それぞれにマニュアル眺めたり、皆で集まって操作についてあれこれと
 お話しをしていたりして、なかなか図面を描いてはくれませんでした。描きたく
 ても描けなかったんだろうと思います。
 現場としては、「あー、もういいから手で描いてくれよ〜。画が出なけりゃ金型
 は出来ないじゃないか〜!」と爆発寸前だったんだぜぇ。
 よく言われることですが、あの手の機械なんてぇモノは、考えながら扱っている
 うちはイケません。
 車でもビデオでも、言うまでもなくワープロでもそうですが、操作方法を考えな
 がら使っていたのではお話にならない。手元なんか見ずに、スイスイサラサラと
 手足のように使いこなせなくてはダメなんですよね。
 CADにしても、考えなしに使えるようにならなければ手描きを越える事は出来
 ません。
 切り替えのときは、ちょっとした我慢の時期です。ここを乗り越えれば後はもう
 いい事ばかり。描いた図面はデーターとして残せるし、直しもチョチョイ。NC
 対応だってズッコンバッコン、てなもんです。
 結局、全面的に切り替えるまで数か月は掛かったのか? どうにも間に合わなく
 なって、半分をCADで描いて残りの半分は手描きで間に合わせる、なんて事も
 やってましたね。
 苦節数ヵ月、覚えてしまえばこっちのモノ。CADを使い始めればとてもじゃな
 いけど手描きでなんて描けなくなるよ、というのが結論でしょうか。
 こうして導入したCADですが、長い目で見守ってきたんだけど、正確な図面が
 物凄く速く出てくるかというと、そうでもないんです。
 相変わらずミスは出るし、速さもそんなに驚くほどではない。
 倍とまでいかなくても、天下のCADを導入するからには五割くらいはアップし
 ないと意味がないんじゃないか?
 なぜだ? 全員がCADで設計しているのに、まだダメなのか?
 やはり現場を知らない素人がただ画の描き方だけを覚えても、いい図面は描けな
 いという事なのだろうか? という疑問に立ち戻るわけです。
 この頃から、盛んに議論されている事がありました。
 設計者をどんどん現場に出して、実際の金型作りを経験させなければダメだ、と
 いうのと、その逆に現場で金型作りに携わってきた者を設計に入れ、実際の物造
 りに則した設計を確立しなくてはいけない、という議論というかやりとり。
 どちらもとてもいい意見だと思います。
 しかし、実行するとなるとそう簡単にはいきません。
 設計はギリギリの人数でやっていますから、現場に出して手間暇かけて加工を覚
 えさせる余裕はない。
 また、現場の者を設計に入れるのも、余分なCADを入れて誰かが付きっきりで
 1から教える余裕なんてないじゃないですか。
 大企業などでは、こうした問題をどうやってクリアしているんでしょうかね〜。
 大企業だから、CADの二三台は余計に置いているんだろうか? どうだろう?
 なんて言ってたら、最初に書いた、残業の規制から設計者が一人突然辞めるとい
 う事態になってしまって、どうだろうな〜なんて悠長なことを言っている余裕も
 ないような状況になってしまったのでした。
 それで、やっぱり私が設計に入るのか?

 まだCADに触れるところまで辿り着けてませんけど、長くなりそうなのでここ
 でひとまずは区切らせていただきます。
 次回は、新しいCADの導入と第二工場とのオンラインでの繋ぎ、そして不肖私
 めが設計に乗り込み、真新しいCADをヒーヒー言わせる大スペクタクル(?)
 を書きますでお楽しみに。
 ああそうだ、どこで誰が見てるか分からないから、この駄文はあくまで創作とい
 う事にさせていただきます。

 Copyright (C) 1999 by カメ山カメ吉



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