大空襲の前、数日だけ私が大阪市岡の縁故先に下宿したとき、そこで産婆をしていた神崎郡豊富村うまれの人が、播磨の国長者番付という唄の中に、<奉公するなら八反田の正木、風呂の水にも樋がかりーー>と言う歌詞があると教えてくれた。ギリシャのドロス島では四千年の昔、既に水道があったらしいが、わが国では江戸の上水道を除けばつい先年まで何処にも水道設備が無く、ご大家に奉公した女中たちにとっては風呂の水を入れるのが重労働であった。そして、この唄は正木の本家に水道らしきものが既に他に先駆けて設備されていて、女中たちにとっては働き易いよい奉公先であると言うのであろう。たぶん正木の本家が栄えた頃に流行った唄であろうが、後日この唄を知っている人を田舎で探したが、もうだれも知らないようであった。 消え去った幻の里謡とでも言うべきか。 いつの世にも栄華はうつろいやすい。
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