エレベーターの中にて


回廊の戦い直後の、シュナイダーの挿話を元に書いてみました。メルカッツ提督のシュナイダーへの感謝の気持ちを書いたものですが、本当に書いてみたかったのはオチです。(^^;)

                                                           無名の歴史学者 


 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツが、エレベーターの中で最初に見たものは、熟睡と言う言葉がまさしく当てはまる状態にあった、副官の姿であった。
「シュナイダー・・・?」
 その姿を目撃した瞬間こそ、驚愕の表情が広がったメルカッツであったが、すぐに持ち前の冷静さを取り戻し、そして、次に取るべき行動を考えた。といっても、この状態における「取るべき行動」などたいした独創性が、伊達と酔狂で知られる他の幕僚達にはともかく、彼の頭脳の中にあるはずがない。というわけで、彼はシュナイダーの側へ寄り、彼を目覚めさせることにした。
『あれだけ激しい戦いの後だ。無理もないが・・・。』
 後に「回廊の戦い」と呼ばれることとなる戦いの有り様を振り返ってメルカッツは小さく吐息をもらした。ここまでの道中においても幾人かが、船をこいでいる姿を目撃したせいか、シュナイダーを特に不用心な例だとは思わなかった。
「シュナイダー、こんな所で寝ていたら風邪を引くぞ。さあ起きろ、シュナイダー・・・」
「う・・ん・・あと五分・・・」
 何度かの呼びかけの後、やっとシュナイダーは薄目を開けて寝ぼけ眼でメルカッツを見つめた。しばしの後、いきなりメルカッツに抱き付いてきた。

「・・・・!!」
 あれほど見事な奇襲攻撃はなかった、と後々までもメルカッツは語ったものであったが、その時の彼にはそういった思考の余地は全くと言っていいほど失われていた。
「・・・シュナイダー、卿は何を考えているのだ、離しなさい、こら・・」
「むにゃ、父さん、眠たいよう・・・もうちょっとだけ・・」
「・・・わしは卿の父親ではないぞ、シュナイダー。いいかげんに目を覚ましたらどうかね。」
 メルカッツはそう言ってシュナイダーから離れようとしたが、若い副官は目覚める様子も無く、そして彼を抱きしめる手を離すそぶりも見せようとはしない。逆にその腕に力を込めて、何があっても離れない、といった様相を呈してきた。
「やれやれ、困ったものだ・・・。」
 メルカッツはそう呟いて、自身の左手を彼の背中に回し、右手を彼の頭の上に置いた。その右手で彼の頭を撫でているうちに、ふと、メルカッツはシュナイダーの髪に白いものを一つ見出すこととなった。
『卿にはずいぶん苦労をかけたな・・・。』
 不意に、リップシュタット戦役から今日までの流転の日々が走馬灯のように、メルカッツの脳裏によぎった。
 そういった日々の中で、メルカッツ自身家族の事はけっして口にする事はなかったが、シュナイダーもまた、オーディンに残して来た人たちのことは何も話さなかった。もしかすれば、待っていた女性がぐらいいたかも知れなかったが・・・。
『卿には感謝すべきだろうな、シュナイダー・・』
 あの時の卿の言葉がなければ、自分はここにはいなかった。もし、あの時点で人生の幕を下ろしていれば、ヤン・ウェンリーに会うことはなかっただろう。そして、失敗を恐れない人生も悪くないということにも気付かず、自身の人生を悔いて死んでいくだけであっただろう。
『だが、もうすぐオーディンに帰ることができる、そうしたら、卿は一体どんな道を選ぶのかね・・・』
 私と共にオーディンに帰るのか、それとも・・・。
『いずれにしても、卿の好きな様に身を処せば良いことだ。』
 そんな事を考えながら、シュナイダーと抱きあったままの状態でしばらくの間ぼんやりとしていた。そのために、再びエレベーターが動き出したことにも、そして、エレベーターが停止してドアが開いたことにも気が付かずにいたことは、メルカッツ提督の生涯の不覚となるとは、誰にも予測できないことであった。

 その時、ムライはパトリチェフと共にエレベーターを待っていた。僚友であるフィッシャーの死が彼らの心を重くしていたが、それでも、和平への希望が彼らの表情と口調を多少は明るいものとしていた。
「しかし、こういう状態を死屍累々というんですかねえ。」
「・・・全く困ったものだ。帝国軍が攻めて来なくて良かったよ。もし攻めて来られたら、イゼルローンは難攻不落といえども、あの状態ではその看板を下ろすことになっていたかもしれんからな。」
「なるほど。おっ、ムライ中将、エレベーターがやって来ましたよ。」
 パトリチェフが注意を促して、ドアが開くのを二人で待っていた。
 ドアが開いたとき、彼らの視界に真っ先に飛び込んで来たのは、抱き合った状態で座り込んでいるメルカッツとシュナイダーであった。
「・・・メルカッツ提督、一体何を・・・」
 やっとのことで、メルカッツに尋ねるムライ。メルカッツはまた呆然としたムライらを見て、怪訝な表情を浮かべ、そして、自分とシュナイダーのありさまに気が付いて、何か言おうとしたが、無情にもドアは再び彼らの前で閉まって行った。
 ・・・しばらくの間、呆然とした状態でドアの前に立っていたムライとパトリチェフであったが、どうにか立ち直り、閉まったドアから互いの顔へと視線を移し・・・。
「困ったもんだ」
 図らずも、二人の口から同じ台詞が発せられたのであった。

 このあと、メルカッツはムライにお説教を受けたことは言うまでもない・・・。

おまけ:
「メルカッツ提督、困りますよ。いえ、別に誰となにしようが勝手なんですけどね。しかし、いくらなんでも、公共の場でそのようなことは今後一切避けて頂きたい。よろしいですかな。」
「・・・・・わかっております、ムライ中将。ですが先程の事は誤解です。シュナイダーとは貴官が思っているような仲では・・・」
「わかっております。よろしいですか、これからは誤解を受ける様な行動は避けるように。」
 ・・・やっと、ムライの説教から解放されたメルカッツを待っていたのは、渋面を作ったシュナイダーであった。
「なぜ、閣下が説教を受けなくてはならないのですか。まさか我々に何か疑いが掛けられているとでも・・・。」
「いや、そういうことではない。まあしいていえば個人的な事だ。そう怒らなくとも・・。」
「ならば、尚の事許せません!」
 シュナイダーはそう言って、ムライの所に行こうとする。
「シュナイダー、そういきり立つ事のほどではないと言っているだろう。」
 そう言って若い副官を止めながら、
『まさか、卿とわしができていると誤解されたようだ、なんて一体どう言えば良いのだろうか・・・。』
 心の底から頭を抱えてしまったメルカッツであった。

(おわり)          


創作館に戻る