「W-DAY」

 

 

毎年毎年、3月14日を苛々しながら向かえる。
理由は単純で複雑。けれど言えない。
本日ばらまいた小さなプレゼントの数が随分空しいと、我ながら思う。
たった一人、彼になら。
例え義理の10円チョコのお返しにだろうとどんなものでも用意するのに。
告白をただ待つだけの自分は、ずるいのかもしれない。
ぼんやりとため息が知らず漏れる。
大切すぎて手が出せない。…言ってしまえれば、楽になるのだろうか。

 

 

言えない。言えない。言えない。
苛々と落ち着かない気持ちでいる自分が許せない。
他愛もないイベントに、多分誰よりも緊張しているだなんて絶対に知られたく無い。
けれど、苦しさは募って。
(なんでそんなにもてるんだか!!)
自分の貰ったチョコレートの数を棚に上げてやり場のない腹立たしさを飲み込む。
(誰にでもいいカオしてるからっ)
好きにならずにはいられないくらいに優しくて。
気づけば、気持ちは兄弟のラインを越えてしまったのに。
兄の立場と、正当化出来ない想いに悩む。

 

青少年の悩みも知らずに母は言う。
モテる息子たちをもって幸せだわ、と。
夕食時の食卓に走る緊張を、彼女は知らない。

 

他人に持っていかれるくらいなら。プライドなんて捨ててやる。

 

弱みを見せるくらいなら、一生好きだなんて言わない。

 

 

「好きだ」
緊張しすぎて張り裂けそうな胸の鼓動を静めることを諦めて告げた。
唯一の救いは、内線電話の向こうの彼の顔を見ずにすむこと。
壁を隔てたわずかの距離に相手の存在を感じて指先が震える。
微かに伝わる戸惑いに、今すぐここから消えてしまいたい気分だ。
[…ちょっと待って。そっちに行くから]
「来るな!!…絶対駄目だ」
[どうして]
我がままな子供をなだめるような、耳に馴染んだ声。2つ年下の弟は、いつも甘やかしすぎだと言われるほど兄に甘い。
「…来たら窓から飛び降りて死んでやる」
[それは、困るな]
実際は一般住宅の二階の窓から飛び降りたところでよっぽど打ち所が悪くない限りは死にはしない。そんなことは百も承知で、弟はため息を漏らす。
兄が言い出したら聞かない性格なのも、それ以上に知っているのだ。
だから。
[返事も聞かないで死なれるのは困るな]
「………」どちらともなく息が止まる。
[好きだよ]
一瞬、世界が動きを止める。
「…お前、嘘つきだ」
[どうして?抱きしめたいから、そっちに行きたい。駄目?]
沈黙。
「…駄目」
うーん、とわざと困ったように唸る。
「今、ひどい顔してて、ぐちゃぐちゃだから駄目」
[気にしないのに]
泣き顔も笑顔も全部知ってる。最愛の人。
[じゃあ、どうして欲しい?]
ほんのわずかだって本当は、嫌われたくないのが本音。
「……なら、もう一度…」
[もう一度?]
「…好きだって、言って」
消え入りそうに小さな、愛しい声。
[…勿論。何度でも]

END

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