「灯り」

 

 

最低最悪につまらん一日の終わり。
夜風にあたりながらただ家までの道のりを歩く。
久しぶりに旧友達と徹夜でカラオケの予定だったが、あまりの盛り上がりのなさにとっとと出てきてしまった。地元で集まったのが運のつきで、他に気を紛らわすような場所も無い。
苛立ち紛れにポケットの中の煙草も空だし、バイトは忙しかったし、友人達の自慢話は聞かせられるしで散々だ。
明日は休みだっていうのに心踊る予定の一つも無いし、半端に酒が入ってしまったせいでさっきまでの眠気はどこかに行ってしまった。
携帯を鳴らせば一人二人は捕まるだろうが、誰かに会いたい気分でもない。
(俺ってこれで幸せなんだろうか)
ふと一人考えてしまう。
毎日大学行ってバイトして飲み会で騒いで、それなりの女の子とのつきあい。
でも一人夜の時がこんなに解放された気分だなんて。
明日には退屈を感じるに決まってるのに、どれも特別に楽しいことなんて無い。
(なんだかな)
それなりに笑ってる自分。それなりに楽しんでる自分。偽りの看板が何時の間にか板についてはがれなくなってしまったような。
焦りを。
(本音なんて言わなくなった)
安全な生き方。痛みを負わなくていいように。
何時か飲みに行った先での会話を思い出す。「最近の若い人は」そんな言い方に適当にあしらった台詞が耳の中に繰り返す。
危ない橋は渡らない。痛いのは嫌だからだ。
でも、その分失ったものの価値すら分からない。
(珍しく弱気)
昔話をしたせいがも知れない。
暗い道を通り抜けると交差点のコンビニの明りが目に映る。
部屋に帰っても何も無いのを思い出し、足を向ける。
弁当と缶コーヒー、暇つぶしに雑誌をいくつか物色する。適当な一冊を取ってレジへと向かう。
「いらっしゃいませ」
財布に落としていた視線を、覚えのある声に引かれて上げた。
「…先輩」
深夜だというのに疲れを見せない柔らかな笑顔。見知ったそれの主は大学の先輩だった。
「こんばんは。久しぶりだね、水原。元気?」
「はあ。…今日は少し疲れました。桐谷先輩、いつからバイトしてたんですか?」
会話の最中も手際良く商品をつめて目の前に置かれる。
間にサークルの先輩を通した知り合いの知り合いという関係で、名前まで覚えられていたのにわずかに驚く。桐谷は人当たりのいい性格なのにいつも身軽に一人で動いていて、飲み会などに積極的に顔を出すタイプではなかった。
「もう一ヵ月半、かな。何度か水原も見たよ?」
「声、かけてくれればいいのに?」
「うん。はい、お返し175円です」
つり銭を渡されるとき、かすかに指先が触れる。
「じゃあ、おやすみ」
「はい。…バイト頑張ってくださいね」
「うん。そっちも気を付けて」
なんとなく会話が終わるのを別れ難い思いで足を踏み出す。
一度だけ振り向いて、足早に店を離れた。
時計を覗き込むと、既に日付は変わっている。
先程まで抱え込んでいた憂鬱が、知らず姿を消していたのに気づいて、ほっと息をつく。

その意味までは、今は知らない。

END

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