「独占」
どうにもならないことは、知ってるけど。
「見送りには行かない」
リストと照らし合わせながら荷物をチェックしている男の背中を見つめながら。
苛立った神経を鎮めるように蜂蜜入りのホットミルクを口に運ぶ。
頼まれた訳でもないのに半ば意地になって主張するのは、勿論こっちが不利だって分かってる。
それこそ、行かないでくれって声高に言ってるようなもので。
みっともなく追いすがるのは嫌だったはずなのに結局。
だだをこねているのは僕の方だ。
「何で?有紀が来てくれないと俺が淋しいだろ」
何度も押し問答になっている会話のパターンをなぞるように振り向きもせずに、我がままを言う子供をあしらうような口ぶりに余計怒りが込み上げる。
「……かっ、てに…すればいいだろっ」
不覚にも涙がこぼれそうになって、声が震えた。
後もう少しで日付変更線が変わる。そして昼には日本を立つこの人を、引き留める術など無いのに。
悔しくて。
一人にされることが淋しすぎて。
それを伝えられない自分が腹立たしい。
2つの年齢差では埋められない遠いところに、この人は居る。
「有紀?」
どうせ幼馴染みだってだけで。それだけで他人の決めたことに口出しする権利なんて無い。
僕なら不快で許せなくなる。なのにその我がままを彼には許して欲しいだなんて身勝手。
言える訳無い。
「何一人で考えこんでるんだ」
大きな手がぽんぽんと頭を撫でる。
「……別に。明日は兄貴が車で空港まで送るんだろ?」
「ああ。成田エクスプレスでも良いと言ったんだが」
「一年間は長いよな」
「…そうでもないさ。俺が帰ってくる頃はお前だって大学生だろ?…すぐだよ」
「受験なんて失敗するかも知れない…っ」
「どうして。お前成績優秀で何の心配もいらないから、かえってつまらんと政人がぼやいてたぞ」
「……そんなこと心配するなら、なんでこんな時期に人の心乱すようなことするんだよっ」
「え?」
「ああもうっ!!いいよ今だから言うよ!!どうせ振られたって明日からあんたの顔見ずに済むんだからなっ」
「有紀?何怒ってる…」
「好きだっ。この大馬鹿者!!」
噛みつかんばかりの勢いで、触れるだけのキスをする。
「分かったかっ。この鈍感男!!」
馬鹿みたに真っ赤になってるのは分かってる。頬や手のひらが、やたらに熱い。
心臓なんて本当に裂けそうになってる。
「コドモの純情を甘く見るなよっ」
「…ふっ」
「ふ?」
「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ…はっ、ははっはっはっはっは、はっ」
「……もういい。帰る」
爆笑してるその姿を見て頭に血が上る。そりゃあ、本気にしてもらえるなんて思って無かったけどっ。
「はっ…ははっ……待て。…帰さん」
ドアに手をかけたところで、後ろから抱きすくめられた。
「大っ嫌いだ」
「……分かったから」
顎を持ち上げられて、振り向かされる。
スローモーションで重なる、唇。あったかい感触と、煙草の匂い。
「卑怯者。…心臓止まるかと思ったぞ」
耳元で囁かれる。
「だから?」
上目で睨み返す。まだそれは答えじゃ無い。しっかりと背中に回されている手は心地いいけど。
「愛してる」
「嘘」
即答で否定する。同情じゃないっていう、確証はないんだから。
疑い深いんだよ、僕は。
「離れて行くくせに」
「そうでもしなきゃ理性の歯止めが効かない。言っておくが、ずっと好きだったんだぞ」
「ひとのこと置いてドイツなんて行っちまう奴の事なんて知らない。会えない奴のことなんて忘れてやる」
「有紀」
残された時間はわずか。それは変わらない。
いくら気持ちを確かめたって、遠い。
「一人で淋しい想いするのなんて嫌だから、お前の事なんてすぐに忘れてやるっ」
「駄目だ。…そんなこと許さない」
低い声が間近に響く。唇が首筋をたどり、指先が肌を確かめるように動く。
「荷造りは…?」
「後だ」
「見送り、行かないからね」
「……わかった」
END
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