「Don't 」

 

(だからどうしてアイツはそんなに鈍いんだか)
苛々と機械的に皿を洗う手だけを動かしながら考える。
うんざりする程沢山の人間が溢れ返る校舎で、見つけたたった一人。
それは大学に入学してから半年以上の月日が流れてからのことだった。
遅れた出会いの時間を埋める為に人伝いに偶然や必然を装って近づいて、人見知りの激しい奴のやっと心を開かせる「友人」のポジションを手に入れた。
安心しきった笑顔を浮かべるくせにこっちのことはちっとも分かって無い。
罪深い彼。
男にしては頼りない華奢な体つきも、危なっかしく無防備な性格も。声も髪も指先も全てを独占したくて振り回す、その意味も知らないで。
アンバランスに。
「村上、これも頼むな」
背後から声をかけられトレイに山ほど積まれたグラスを渡される。
「混んでるな今日は」
「ばーか。週末だぜ?ったくどいつもこいつも」
「だな。……火、要るか?」
団体客が出て行って客足が途切れたのをいい事に煙草を取り出す。
ほぼ同時期に入った山本は、呼吸の合う相性のいい仕事仲間だ。
「サンキュ。そういやお前、彼女は?週末バイトいれてるなんて珍しいな」
「別れた」
「…またか?ったく続かねえなあ」
夜、酒を出す商売だけあってウェイターの面子もそこそこのラインをクリアした奴らばかりだ。遊ぶ女に不自由することがないかわりに入れ替わりも激しい。
「本命なら他にいるけどな」
もどかしさの苛立ち紛れに本音をつぶやいてみたりしても。
「ふうん?」
山本が意味あり気な含み笑いを返す。
「…そーゆーのに限ってうまく行かなかったりするよなー」
口調があっさりしてる割には声に妙に実感がこもってたり。
「報われないよな」
同情的な台詞で肩に置かれた腕を振り払う。
「一緒にするな」
「まあ、やるだけやってみろ。やけ酒なら付き合ってやる」
不吉な台詞を残し、表から声がかかったのをいい事に素早く煙草をもみ消して出て行く。
店の有線から、かすかにピアノ曲が聞こえ始めた。
そしてまた俺は一人黙々と皿を洗いを再開する。
不条理にも彼のことを考えて。
…アイツとは学部が違うだけに、週何回も会えはしない。意識的に会おうとしなければ本当に偶然を待つしか無くなってしまう。
そして、そういうのは俺の主義じゃ無い。
(今晩、電話でもしてみるか)

そして、呼び出し音を繰り返す。

 END

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