「記念日」
キスをくれ。
言葉なんてどうでもいいから。
早く。
この胸に吹く風を止めてくれ。
寒くて。
もう一秒もひとりで立っていられないから。
何も言わずに、その腕に抱いて。
どんなに激しく熱を高めあっても。
心だけは冷たく凍えていた。
まなざしも仕草も、全て意味の無いものだと思っていた。
愛なんて知らない。
好きだなんて思わない。
ただひたすら。
その体温で。
この寒さから救ってくれさえすれば。
奇麗にメイクされた、他人の匂いのしないベット。
明日にはまた、別の誰かが身を休める。ホテルの部屋の、赤いひかり。
「覚えてるか?今日がお前の誕生日だって」
窓の外の夜景に見入る振りをしてガラスに額を付けていたら、後ろで上着を脱ぎながら男がそんなことを言った。
「…え。そうだっけ?」
ぼんやりと振り返ると男は嫌そうに眉をしかめて大仰にため息をついた。
ああ。そう言えば今日のワインは随分いいヤツだった気がする…。
夜、待ち合わせて食事。それからホテルへ。もう随分と繰り返した、いつものコース。
「なんでそんなこと知ってんの?あんたが」
ワイシャツに染み着いた煙草の香り。広い背中。抱きついて、相手の鼓動の音を聞くと少し安心する。
「普通、……の誕生日くらいは知ってるもんだろう」
そうかな。でも、あんたの気の済むようにしてくれればいい。
本当はどっちでも、関係ないけど。
金や物を与えて満足するんだったらそれもいい。所有した気になるのだって構わない。
そんなことを気にするような、可愛げのある性格じゃないからね。
「いくつになった」
ため息のような声が漏れる。
「さあ。……忘れた」
「19だ。もう、出会ってから2年も経つ」
苛ついた声が耳元をかすめる。
……アニバーサリー男は嫌われるよ?
「昭。お前全然他人のことわかってないな」
「なんで?……あんたの腕の中は気に入ってる」
指先にキス。なんでそんなに困った顔するかな。
「お前に、言って無かったかも知れないが」
髪をすく指先の行く先を迷ってる。いつもの癖だね。触れられるのも嫌いじゃない。
でもね。
「駄目。その先は言わせない」
「どうして。俺の我慢と忍耐はこの2年で十分だと思うぞ」
「まだ、誰のことも好きになりたくないんだ」
「ずるいな」
何故だなんて問い詰めないところは凄く好きだよ。
「ごめんね」
「謝るな。ますます、離せなくなる」
「離さなくていいよ。今夜はね」
END
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