「目を閉じて」

 

 

真夜中にふと目覚めて、隣にいる彼の横顔を見る。
穏やかな寝顔。
口唇から血がにじむ程噛みつくようなキスを繰り返した。
自由になんてなれない。
いつも。

 

 

たまたま、同じホテルで見かけたのがきっかけだった。
学校で噂の、「愛人持ちの美少年」斎藤行弥。その冷たい瞳に誘われた。
「一晩お前を自由にしたい」
持ちかけたのは俺だ。
「俺は高価いよ」
眉ひとつ動かすこと無く斎藤は言った。
「無駄だと思うけど?」
こちらを値踏みするような視線。
高慢なプライド。
整った容姿、豊かなバックグラウンド、優秀な頭脳。
奴に対する評価は常に他人の羨望を呼び起こす。
傍から見れば文句の付けどころの無い「完璧」。
そういうのを好きにしてみるのも面白い。
仮面のようなそのプライドを剥ぎ取って、思いのままに。
「いくらだ?」
だから躊躇はせずにそう訊ねた。
「そうだね…。君なら、一晩50万」
迷いの無い明瞭な声に、さすがに眉が跳ね上がる。
奴が示したのは一介の高校生が気軽にやりとり出来る額ではない。
勿論、そんなことは相手もとっくに承知な訳で。
気に入らない相手に吹っかけるのは常套手段って事か。
「だから言っただろう?君には手が届かないって」
話は終わりだとばかりに歩き出した奴の腕を捕える。
「待て。奇跡的に金ならある」
理性が冷静な判断を下すより先に、感情が言葉を告げていた。
しまったと、一瞬たりとも後悔しなかったと言ったら嘘になるが。
「……本気?」
探るように俺を見上げる瞳に訝しげな色が宿る。
「当然」
俺の意地にかけて高慢な笑みを浮かべる。
「…支払いは現金で」
「契約成立」
早業で重ねた口唇は、酷く柔らかかった。
その後くらった平手打ちを、ささやかな代償にして。

 

そして1月後。

 

「斎藤」
昇降口で登校してきた奴を捕まえ、無人の教室に連れていく。
現金50万は掌に心地良い重みだけれど。差し出した封筒の中味は、半年かかって貯めたバイク代。全て自分で稼いだ金だった。
「何の真似だ?」
冷徹な声音で、斎藤が訊ねる。
「忘れたのか?約束しただろ。お前を一晩、俺のものにするって」
「あんな戯れ言は忘れてやる。……早くそれを引っ込めろ」
苛立ったように早口で言う。
怒った顔も色っぽいなんて不埒なことを考えてるのがばれたらどうなるか。
「本気じゃないとでも思ってたのか?」
状況を楽しんでいる自分を自覚しながら、俺は奴の耳元に囁いた。
「俺は毎日この日のことばかり考えてたのに?」
「金で男を買うなんて、随分お手軽な性格なんだな」
キツイ目で睨み付ける、そのまなざしも気に入ってる。
「お前じゃなかったら、こんなにむきにはならなかったかもな」
「…馬鹿が」

 END

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