「もう少し」
「なんでそんな不機嫌なツラしてんの」
空になったグラスの氷をがらがらとかき混ぜながら、向かいに座る貴志は苛々と僕を見ずにそう言った。
「別に」
声に含んだ刺を隠そうとして失敗したのを誤魔化す為に僕も口元にコーヒーを運ぶ。
手元に目を落とすと、時計は既に9時を回っていた。
夕食時に賑わっていた店も落ち着いたようだ。
僕らはこうしてもうだいぶ長くただ時間の過ぎるのを待つように向かい合ってた。
45度の馬鹿丁寧なおじきを繰り返すウエイトレスの視線が煩わしく何度も絡み付いてくるけど。
譲ってやる気なんてなかった。
どちらも、必要な言葉を切り出さないこのままでは。
「出るか」
平行線をたどってる沈黙を打ち消すように貴志が立ち上がる。
無言で手の中から伝票を取り上げられたのがひどく癪に触る。
他人の前で醜態をさらすのだけは理性で避けて、先にドアを開ける。
昼からずっと一緒に居て。だんだん時間が苦痛になっていく。
拳を握り締めても、このままでは余計なことを口走りそうだ。
一歩外に出て、高ぶった神経に冷たい夜風が唯一の救いだった。
人影もまばらな道を少し離れて横ならびに駅まで歩く。
残り時間はあとわずか。
「どうする?」
先に口を開いたのは僕だった。待ってるだけなのは性に合わない。
二人きりで会うのは初めてだった。互いに思わせぶりな言葉は口にしても、好きだとも言わない。
いい加減、緊張を強いられるこの距離にケリをつける気持ちは同じはずなのに。
結局、時間をただ潰していくだけで。
「……帰るんだろ?」
わざとなんだか的外れな台詞に怒りが込み上げる。
「貴志」
心臓が止まらないように息をつく。
「ごめん。僕、気は長くないんだ」
それだけを吐き出した。
貴志は眉ひとつ動かさない。
だから。
優柔不断はイヤで。でも楯に取られるような言葉を自分から言える程素直じゃない。
告白はさせたもの勝ちなのが僕の信念。
ずるいのは知っていても。
何も言わないつもりなら、今日で気持ちは捨てることにする。
気づかない振りで無かったことにするなら、それでもいい。
半分自棄になりながら貴志の横顔を見て、僕はそう決心を固めようとしていた。
「周」
曲がり角にさしかかりかけた時、不意に名を呼ばれた。
壁際に追い詰められ状況が把握仕切れないうちに口唇が重なる。
触れるだけの。
「わかったな」
ぶっきらぼうな声。
「何が?」
起きたことを理解するより前に条件反射的に尋ね返していた。
「お前、最初のデートでキスもしない奴とは付き合わないって言ってただろうがっ」
そっぽむいた貴志の怒鳴り声が響く。
……うん、確かにそんな記憶が。
でもまだ欲しい言葉は手に入れて無い。
「だから?」
僕は意地悪く問い返す。
END
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