「夏の日」
「お前、色っぽくなったなあ」
八月の終わり午後のキツイ日差しを避けて待ち合わせの喫茶店でカレーライスを食っていたら、前触れもなく現われた男がそう言った。
どう考えても俺よりいい男の焦茶色の目を上目使いに見上げる。
「7,235円」
「へいへい。分かってるって」
水を運んできたウェィトレスにアイスコーヒーを注文して席に着く。
最悪。アイスコーヒーを飲む奴なんて人間じゃない。
俺はコーヒーが死ぬほど苦手だった。
「夏も終わるな」
ガラス張りの店から見渡せる溢れ返る人の波に視線を移して奴が言う。
「ガキどもの夏休みが終われば少しは過ごしやすくなる」
「…金返せ」
俺はだんだん苛々して、奴を睨みつけた。
「お前と茶飲み話をしに来た訳じゃない」
「……つれないの」
大学一年の冬に知り合って、こいつとはもう半年以上のつきあいになる。
でもいつも俺は一方的に振り回されて。
1月前に金貸せ、今度は返してやるから取りに来い。どっちも突然の電話。
「お前は?何してた、今まで」
からかうように問う。どうせ、俺に関するその噂は奴の耳にも入っているはずなのに。
「恋愛」
「聞いて無いぞ、俺は」
目を細めて奴が笑う。
ばーか。とっくに終わったんだよ。
「そういう、お前はどうなんだよ」
聞かなくても分かるけどな。遊び上手なこいつのまわりには、絶えず女の影がちらついてる。
「俺?……全然駄目。膠着状態だな」
ため息まじりの意外な答え。
「…どうして」
「本命が振り向いてくれないの。それどころか、こっちの気持ちに気付いてるかどうかも怪しい」
早口になるその台詞は結構…本気っぽい。
「本命いたんだ」
「激鈍」
「ふうん」
なんの気なしに相槌を打ったら、奴は嫌そうな顔をして立ち上がった。
「バイトあるから」
「…うん」
「ほら」
ぴらっとテーブルの上に一万円札が置かれる。
「釣、もってないよ?」
「じゃ今度飯奢れ」
そう言って人の悪い笑みをのぞかせて、奴は行ってしまった。
もうすぐ、夏も終わる。
END
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