「白い羽」

                 

 

想いを伝えられない人がいる。
どんなに想っても、それを言葉にすることは出来ない。
それが、僕の抱えている罪。

 

他人のベットの上で我が物顔に煙草をくゆらせている男は、その鋭すぎる眼光でもって、飽きもせずに僕の顔を眺めている。
絡み付いて値踏みをするような彼の視線に気付いていながらも、僕は膝の上に乗せた雑誌のページをめくる手を止めないでいる。
内容などとっくに頭に入らなくなっているのに。
陽が落ちて真っ暗になった窓の外、白熱灯の赤い灯に照らされた僕たちの姿が映る。
先に沈黙を破ったほうが負け。
口には出さないけれど、そんな思いが二人の間を彷徨っている。
先に、欲しがったほうの負け。
気持ちなんて存在しない、割り切ったカラダだけの関係。
見せかけはどんなに甘くても、肌に痕を残す爪は欲望のままに鋭い。
相手を想う優しさなんて、どこにもない。
だから心は、さらけだせない。
顔を上げて、彼を見る。
重なった視線にしなやかな動作で近づいてきて、口唇を重ねる慣れた手口。
「お前の負けだ、夏夜」
耳元に低く囁かれて、無意識に眉が上がる。
傲慢な表情とは裏腹な、頼りなげな声。
それも全部演技のうちなのかどうか僕には分からない。
「なにも欲しがらない振りをして、その目が誘ってる」
責める言葉で、耳元をなぶられる。
そして彼の、腕の中に溺れる。

 

 

「これで終わりにしよう?」
登り詰めた後の空虚な脱力感に思考の自由を奪われそうになりながら、僕はそれだけを告げた。声が震えないように、乱れたシーツの端を握り締める。
なんでもない振りをして。コドモの我がままを装って。本音が透けて見えないように。
二人の関係を終わらせること。はじめからずっと、そればかりを考えてた。
強い光を宿した眼が僕を射抜くように見つめる。
隠された僕の嘘を暴こうとするかのように。
「どうした。……他に愛人でも出来たか?」
はなからそんな可能性について疑う気もないくせに、心にもない言葉だけはためらいもなく口にする。彼の残酷なプライド。
「そうだね…。もう、飽きたよ」
(口には出せない)
何気ない振り。気紛れな情人を装う。心を、見透かされないように。
抱き寄せられていた腕を振り払う。
「…俺に?お前に?…それとも、この遊びに?」
振り払ったはずの手は、懲りずに僕の髪をまさぐる。予想外の展開を面白がってる声。
(この気持ちを知られたくない)
大人の余裕?それとも、コドモに対する侮りか。
どっちだって結局、遊ばれているのはこちら側だ。
「いい加減、自由にしてよ。おもちゃの代わりなら、いくらでも手にはいるだろう?」
いらだっているのは本音。先行きの無い、曖昧な関係に。
そう。僕を放り出してもう二度と思い出さないで。
わずかの夜だけを過ごしたこの思い出なんて、すぐに捨てるから。
本気を知られたら、もう傍にはいられない。だからその前に自分から壊す。
首に腕を絡め、ねだるように触れるだけのキスをする。早く、答えを。
強い腕に背を抱かれ、反転して抑え込まれた。
こめかみに、瞼に、首筋に、胸元に。たくさんのキスが降りてくる。
「もうやだ…っ。あんたと寝るのなんてもうイヤだ」
瞳で、爪で、手足で精一杯の抵抗をする。力でかなわないのなんて知っているけど。
(嘘。本当はこの温もりを離したくない)
それでも嘘は吐き続ける。軽薄で冷酷で気紛れな、たった一人の人に。
「だから?そんなこと、俺は知らない」
冷笑。肌を滑る手のひら。
「だだをこねるな」
口唇をふさぐキス。それだけでもう、指先から力が抜ける。
「自由なんて与えてやらない。解放なんてしない。お前は俺のオモチャだからな」
抵抗なんて許さない。そう、傲慢な声でつぶやく彼に。
身体は既に反応をはじめて。火をつけられたら止まれなくなる。
そうやって僕を弱くしていく。
(だから……本当のことは一生言えない)
この身にいくつの罪を背負うことになっても。

 

                          END

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