「stone」

 

 

欲しいものは手に入れる。昔からずっと。

 

 

恋人の機嫌が悪い。もう一週間も。
ことの起りは些細なこと。その訳も分かってる。
それでも同じ部屋に居て、空気みたいにしてる。存在を無視されている訳じゃないのに口もきかずにいる、ゆるやかに流れる時間。それでも、自分から折れたりしないのは、小さな悪戯の結果を、手に入れたいと思うから。
いれたてのコーヒーを無言で受け取り、僕から沈黙を破って口を開く。
「…まだ怒ってんの?」
向けられた広い背中に問いかけてみる。
「別に、怒ってる訳じゃ無い」
呆れたような声が振り返りもせずに投げられる。分厚いハードカバーを追う視線すらゆるがさないだろう表情に予想がついてこっそり弱気になる。
あんまり、大事にされてないかもなあ。
「じゃあ何でこっち見てくれないの」
数秒の沈黙の後、ぽんぽんとおざなりに頭を撫でられた。
「別に見なくたって話は出来るだろう」
「そーいういかにも投げやりでいい加減な態度には傷つくんだけどっ」
罠は張っても、抗議する気持ちは本音。
「お前ほど適当じゃない」
微かな苛立ちが伝わる。うん、まだ見込みあり、かな。
「やっぱりまだ根にもってるんだ!!」
実力行使とばかりに背中から抱きつく。久しぶりに触れる他人の体温があったかくて気持ちいい。首にぎゅっと腕を巻き付けてしがみつく。
触れないのは淋しい。僕から仕掛けた罠でも、自分がこんなにもスキンシップに弱いなんてこの一週間で思い知った。
「悪いか」
むっとした声で暖かい指が僕の耳たぶを引っぱる。
そこにあるのは。きらきらと光る、ダイヤのピアス。それにはちょっとした曰くがあって。
「ねえ。…そんなこと、本当に気にしてるの?」
「オレ以外に該当する人間がいるとでも?」
「そーいう所はちゃんと自信があるのに」
笑い出しそうになる。耳のピアス、たいして大きくはないが上質な石。買ってやるから悪い恋人とは別れなさい。そう言ったのは年の離れた兄だった。
自分だったら絶対買えないゼロの数。それがしっかり今、ここにあって。
口にした覚えの無いその話がどこから漏れたかは知ってる。兄は恋人の大学の後輩だったが、僕との関係がそれとなく兄に知れてからは先輩と後輩の立場は見事なまでに逆転したらしく、当事者しか知らないような話をわざとするのは。
「別れようなんて思ったのか?」
感情のない声が結論を急ぐように響いた。
僕達の関係は、頼りないものを沢山抱えていつも不安定だ。でも、気持ちに保証なんてないのは誰でも同じこと。
ただ、ささやかな揺れにも敏感になってしまうのは、それが失い難いものであればこそだと思うから。
何かを、支えにもしたくなる。
だから茶化したりはせずに、本当の気持ちを告げる。
「永遠なんて考えたりはしないけど。…あなたと別れるつもりは全然無いよ。泣いてでもしがみついてでも絶対離れない。そーいうの…知らなかった?」
首に回していた腕をはずされ、正面から抱きしめられる。
「お前が、光りモノとか高価なモノとか、そーいうのが死ぬほど好きなのはよく知ってたんだがな」
知ってるだけじゃ、意味はなくない?…ねえ?
「いくら兄さんのプレゼントでも、たかがダイヤで恋人は売れないよ?だいたい、僕に『悪い』恋人なんている訳無いけど」
僕の思い違いだったのかな、とため息と共に吐き出して。
「そんなことで淋しい思いをさせるような恋人なら要らないかもね?」
わざと苛めて、旗色の悪くなった彼の顔を見上げる。
「外さないのか」
後もう少しで目論見が成功する。
「魔除け代わりみたいだよ?兄さんが言うには」
そう。大事な人からもらったものだからね。
「どうしたら外すんだ?」
諦めたように耳元に囁く。
だからそれは。
「もっと、気に入ったのが手に入ったら」
例えばそれは。あなたからの贈り物。

 END

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