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君島報道はさらに、人間にとって基本的な「家族にまつわる諸問題」を、われわれに投げかけている。結婚、離婚訴訟、愛人、隠し子、慰謝料、葬儀、遺言状、遺産相続、家系図、家業、後継者、親子、兄弟、嫁姑……。これらの言葉のいくつかをリアルに(身につまされて)感じない人はいないだろう。現実感があるからこそ興味がわき、君島家のできごとに関心をいだく。大衆にとって君島報道は、家族問題の「バーチャル・リアリティ(仮想現実)」なのだ。
(p212〜213)
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オートクチュール(婦人注文服)メーカー・キミジマの、社主死亡による御家騒動を「家族小説」(ファミリーロマンス)という視点から読み解いた、まったく新しいタイプの分析であり、この本はまさしく字義どおりの意味で知的興奮にみちみちているといって過言ではない……なぁんて書いたら、谷崎さんは身悶えするんだろうなあ。わははは。(いやいや、けっこう喜ぶのかもしらん) 私の個人的傾向からいって、著者との親交がなければ(いや、親交と言ったってパソコン通信上のものだが)、まず間違いなく買うことのないジャンルの内容ではある。ともあれ、商業出版における第一冊目の本ではあるし、それを考え合わせても読み物としての面白さは値段分はあるといっていいだろうから、えーとつまりなんだ、その…装丁もいいしさ…………みんな買ってね。トイウ(笑)。 ――とまあ宣伝はさておき、内容。 自己の無知を告白するのも厚顔のいたりというほかないが、新聞を取らず(職場でたまに読むが)、TV番組を見ず(見る時間がもったいない)、ファッションにも格別の興味のない私は(女性のものについてはなおさらだ)、この「君島家騒動」を、この本で初めて知ったのである。ファースト・コンタクトである。で、さらに追い討ちをかけるがごとくに言訳的言辞を並びたててみるが、そもそも「ファミリーロマンス」にはまったく興味がないし、その傾向はこの本を読了した現在も変わってはいない。「ファミリーロマンス」がなぜウケるのか、よりも、いかにして「ファミリーロマンス」から逸脱するか、に興味の力点を置いてしまうのだ。と、閑話休題。 ……ううむ。 はて、とぱらぱらとめくりながらつらつらと考えるに、どうも一本筋のとおった感想が出てこないのだ。ぜんたいに散漫な印象が強くある。 前半部は、事件としての君島御家騒動の解説、これはいい。 後半の分析、これが問題である。 安定志向、保守主義的な意味で日本はたしかに村社会でしかない。そしてそこに住む大衆は家族小説を「読む」ことで安心する。すべての事件の家族小説的な読み替え、というのはつまり抑圧的・権力的に読む、ということでもある。……だがそれは、私には耐えられないほど低レベルな「読み」でもある。それは「大衆的なるモノの賞揚」でもあるからだ。 そう、まったくもって 「君島騒動は「家族小説」そのものだ。第2章でみてきたような魅力的なキャラクターたち、そしていくつもの対立図式。「家族」にまつわるあらゆる要素がつまっている。それを読みながら、大衆は怒ったり笑ったり同情したり軽蔑したり……そして最後に「安心」するのだ。」 (p144)というわけだ。 安心……ああ、それは絶望でもある。 結局私が「大衆的なるなにものか」と根本の部分で対立するほかない、というのは、そこにあるんだろうな。大衆はオピニオンリーダーにはなり得ない……これは当然のことなのだけど、やはり現実に従容としたがう精神性には拒否感をかんじるのだ。 ああ、またしても閑話休題。どうしてもそこに戻っちゃうんだよなあ。こういう問題に適性がないのかもしれない。 とまれ。 結局この本の最大の弱点は、分析が、たんなる分析に終始しているという一点にある。まあ、もちろん問題が問題だけに、訴訟を恐れる出版社側の思惑などもあるだろうし、それによって突っ込んだ批判ができなかったということもあるだろう。けれど、著者の立場があまりに不明瞭なのは、やはり、論考としては欠陥であるといわざるを得ない。批判的であるのか肯定的であるのか。学術的な書物ではないのだ、「透明なる視点」を志向するのはエンタテイメントとしての「分析」という芸をスポイルすることにほかならない。読者=私が読みたいのは、いかに著者がこの事件を「面白く読んだか」ということ、それに尽きる。 新たな視点から「読み」を提示する試みとしては、『楡家の人びと』と対照させる、など、いわゆる「家族小説」と照応させて分析するなどの手法も第5章ではなされている。これはなかなか興味深い試みではあるのだが、いかんせん量が少なすぎる。「駆け足」感がある。つまりどうも、まとまったものになっていない気がする。「君島家の事件」が家族小説の一つの典型であるのは判りきったことだ……だとしたらそれが報道の対象としてなぜ大きな商品価値を持つのか、というそこから先の分析、日本人論を聞きたかったのだ。私は。 ううむ。やはりいまいち「惜しい」一冊になってしまっている気が、どうしてもしてしまう。 興味のある人には、面白い一冊ではあるはずだが。 version.1.2.97.06.29.
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