clip09
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under the satellite light
		  衛星
		  二重連星?
2001夜?
れいあーす?

 男は、青い地球を見降ろしていた。
 彼方に捨ててきたものに、思いを馳せる。
 スピーカーから流れるパイロットのどら声に反応して、エアロックをくぐった。

 男は、青い空を見上げていた。
 手の届かぬ存在に、想い焦がれる。
 その目線は、やがて彼方から飛来したシャトルを追い、その着地を見届けてから、
ボーディング・ブリッジへと転じた。

 そして、二人の男は向き合う。全く同じ顔を並べて。違いは、宇宙焼けした肌と、
そこに刻み込まれた年輪の数のみだ。いくばくかの空白の時間が流れる。
 若い方が先に口を開き、片手を握手の為に差し出した。
「やあ。はじめまして、俺。」
 驚きに目を見張りながらも、動じることなく、年配の方がそれに答えて右腕を差し
出す。相手の腕を握り返しながら、問うた。
「お前が、俺の弟か。」
「違う。」
 明確に反論する。
「君自身、さ。」

 親子ほどにも年の違う、だが、明らかに双子とも思えるその二人組は、スペース・
ポートで、その身のやり場に困惑していた。行くべき場所も、やるべき作業も、適切
なものは何も持ち合わせず、思いつけなかった。
 ただ、待合室の側の喫茶店で、コーヒーを間にはさんで、お互いを見つめていた。

「親父は、失敗するのが何よりも嫌いだった。それは、知っているだろう?
 息子が自分に逆らうなんて、あっちゃいけない事だったのさ。事業を継ぎもせず
に、宇宙へトンズラなんて、そんな事実は、あの人の心は認めなかった。当然の様
に、彼は、やり直しを求めた。完璧なやり直しを、ね。
 もう一度、自分の息子を育てるのさ、今度は失敗する事なく、ね。」
「しかし、クローンは」
「そう、非合法だし、なにより、その技術が確立されてはいない。
 いや、されているのかも知れないが、表だってはいないな。
 大体、そんな不確かな技術を信用する人じゃないだろう、親父は。」
「……なら、」
「だけどね、精子と卵子の選別は、非常な精度で可能なんだ。
 まず、親父は、出来る限り君の半身に合致した卵子を、おふくろから奪った。
 そして、自分の何億という精子それぞれについて振るいをかけ、こちらも、君と
同じ構成をしたものを見つけ出し、そして、それを掛け合わせたんだ。
 偶然と執念が勝ちを収め、親父はやり直しの機会をつかんだ。
 俺は、その93%まで、君と全く同じ遺伝配列を持つ男なんだよ。」

 鏡を見つめる様に、お互いを見つめる。
 その違いは年輪のみ。

 同じ遺伝子。同じ顔。同じ体格。そして、同じ親による、同じ教育。
 だとしたら、その考え方も、俺と、同じ。
 同じ様に感じ、同じ様に考え、同じ様に行動するのか。

「君は、ほぼ、俺自身。なのか。」
「そう、俺達は、同じ構成要素で出来ている、のさ。そう言いきっても、差し支えな
いと思うね。クローン、に、限りなく近い。俺は、ほぼ、君自身、さ。
 体だけでなく、心も、ね。」
 心も。
「じゃあ。」
「俺に対する親父の締め付けは、君の倍以上だった。君の様に逃げ出すチャンスは
なかったし、小さい頃からマンツーマンで経営を叩き込まれた。
 以外と、経営も性分に合っているよ。面白い。才覚もあるようだしね。やはり親父
の息子かな。」
 ため息を一つつき、黒いコーヒーの波面をみつめる。
「だがね、そう、想い は消えなかったよ。」

 再び、二人はその合わせ鏡を見つめる。無言で。

 本当は、俺が歩むはずだった人生。
 いや、もう一人の俺が歩んだ人生。
 果たしたくて果たせなかった、その人生。

 本当は、俺が歩みたかった人生。
 もう一人の俺が歩んでいる人生。
 だが、俺の選択とは異なっていた、その人生。

 自分と同じ姿をした、しかし自分が経験したのではない世界を歩く少年が、青年が、
その顔の上に重なって、浮かんでは消える。

 いつだって振り返っていた。
 もしここに来ていなかったら、どう暮らしていたのかの自分を。

 いつだって見上げていた。
 もしここから離れていたなら、どうなっていたのかを自分を。

 その自分が、今、目の前にいる。

 若い男は、煙草に火をつけてくゆらし始めた。
 俺があんなにも嫌いだった煙草を吸う。
 何故嫌いだったのだろう。親父が吸っていたからだろうか。

「親父が死んでから、俺は、たった一つだけ経営方針を変えたよ。
 その資産の殆どを、今度の木星開発に賭けた。」
「あれほど、親父の嫌っていた宇宙開発にか。それも、木星へ?」
 そう言いながらも、嫌いにさせたのは、半ばは自分だと自意識が囁やく。
「ああ、おかげで、かなり取り引きは小さくなったな。特に、親父の若い頃からの
取引先は全滅さ。ま、当然だね。世代を経ての計画だし、無事に終る保証も、短期
的な利益も無い話だからな。投資する資材も人員も使い捨て。酷い計画だよ。
 だけど、いいのさ、そんな事は。
 いいんだ。」

 煙草を灰皿へと押しつけた。
 ゆっくりと、彼の肩へと掴みかかり、その目を覗き込む。

「俺は、お前だ。
 お前は、俺の果たせなかった夢を抱えて飛べ。
 俺は、お前の果たせなかった義務を受けとって生きる。この重力井戸の底でな。
 だから、お前の足首を縛る鎖はない。もう、ないんだ。
 だから、だから、思うがままに飛んでくれ。頼む。
 頼む。」

 こんな時、なんと答えればいいのだろう。
 無言のまま、貴重な時間が過ぎていく。
 シャトルの出発時間が近付いていく。

「じゃあな。兄貴。達者でな。
 最後にひと目、会っておきたかったんだ。
 忙しい中、時間を割いてくれてありがとう。木星でも、元気で。」

「……ああ、必ず。」

 結局、それが言えた全てだった。それだけしか言えなかった。
 シャトルは煙だけを残して、再び空から宇宙へと帰っていった。


 そして男は、見降ろしていた地球から顔を上げた。
 そして男は、見上げていた青空から目をそむけた。

 あばよ、俺。

 自らの背後に、心の中でそう言葉を残して。
 男は、自らの進む道を、ただひたすらに見据え、歩を進めた。
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