ぴかさんのさるだもんに影響を受けて。
  不妊症
                                  by 一歩
                        Special Thanks to 楡岡 輝山
                                  & 闇工房


「奥さん、あきらめないで。いつでも希望はあるんです。
 次はこれを投薬して様子を見てみましょう。」
「ありがとうございます、先生。」
 そして私は病院を出た。これでもう何回通ったのだろう。
 あの人と私の間には子供が出来ない。何も悪い所はないと言われている。

 家に帰って、また駄目だったと報告する。つらい。
「そんなにしょげるなよ。君が悪いんじゃないさ。
 そう、悪いのはきっと僕だ。もう年だからね。
 すまんねえ、こんなよぼよぼのじいさんで。げほっ、げほっ」
「おとっつぁん、それは言わない約束でしょう。」
 そう言い返すと、あの人は若々しい声を上げて笑う。今だにこのギャグは良く判らない。年齢が高い事と精力が関係するのだろうか。あの人は20世紀生まれ、当時は不老剤が無かったそうだから、それに関係した冗談なのだろう。

 あの人が久しぶりに煙草が吸いたいと言うので、一緒に20世紀デパートに出かけた。デパートの中を歩く人達の中に、私の様な22世紀生まれは居ない。そもそも、私達の様なカップルが世間では珍しい。
 そう、いつからだろう。「旧世代」と仇名される人達との「住み分け」が、誰がするともなく自然と出来てしまったのは。時々、ホロビデオの中で学者と呼ばれる人達が議論をしている。社会の中での注目度はその程度で、あまり問題にはされていない。そう、私だって、最近まで気にもしなかった。
 あの人との結婚生活が長いから、こんな事に気がつくのだろうか。
「どうしたんだい? 顔色が悪いよ。」
「ええ、ちょっと、気分が。」
「大丈夫かい、さあさあ、座って。
 最近仕事が忙しかったからだろう。なんだか、体力が落ちていないかい? 休暇をかねて、どこかへ遊びに行こうよ。
 そうだ、ほら、知人が牧場を始めたと言っていなかったかい?」

 牧場の係員が手綱を私に渡してくれた。
「こいつの名前はトム。気の優しいラバでさあ。大丈夫、奥さんでも乗れますよ。」
 優しくて大きな瞳が私を迎えてくれた。トムの背に揺られながら、山を一周するコースを回る。
「来てよかったろう?」
「本当。ありがとう、貴方。」
 美味しい空気。目に優しい緑。
 茶色い背中に揺られながら、私はとても幸せだった。
 そして、突然に閃く。
「……ねえ、貴方。ラバ、って、馬とロバとの混血なのよね?」
「ああ、そうだよ。祖先が同じ、つまり、種族が近いのだろうね。混血なんて事は普通、異種族の間では出来ないんだろうからねえ。」
「ええ、そうよね。犬と猫の間には、子供なんて出来ないものね。」
「そうそう、あれも祖先は近い所で同じだったはずなのにな。
 まあ、ラバは相当に無理をして出来た動物なんだろうね。その証拠に……」
 ふと、口をつぐむ。そう、ラバには子供が出来ない。
 慌てて誤魔化すようにして、あの人は続けた。
「でも、どうした、急にそんな事を?」
「なんでもないの。ちょっと、急に思いついちゃって。
 そう、いつ頃から、馬とロバは別れちゃったのかしら。
 別れ始めた当初は、どんな風だったのかしら。
 なんだか、そんな事をね。考えていたの。」

 家に帰ってから、あの人の居ない時を見はからって端末を叩いた。やっぱり。
 最近は社会の風潮として少子化が進んでたから、それほど目立ちはしない。だけど、不妊症の発症数は確実に増加していた。二つの類別に分けて、統計を取り直す。わずか、ほんのわずかだけど、発症数は片方のグループの方が多かった。私の様に、世代を越えて結婚したグループの方が。
 あの人は、私の顔色がずっと悪いままだととても心配している。

「おめでとうございます、奥さん。」
「え?」
「御懐妊ですよ。」
 医者からそう告げられた事を、あの人にも伝えた。
 とても喜んでくれる。
「長い間通院をして、投薬を続けた甲斐があったな。」
 そう、私の体は、きっととても無理をしてくれたのだ。
「あれ、ひょっとして、最近調子が悪かったのは、おめでたのせい?
 い、いかん、もうツワリか? こういう時は何を飲めばよくなるんだ、いや、薬は母体によくないとも聞いた様な、いやでも……」
 なにくれとなく体を気遣ってくれて、なんだかくすぐったい。

 私は、黙って自分のお腹をなでながら思う。
 頭の中には、あの牧場のトムが浮かんでいる。


 この子も不妊症に悩まされるだろう。
 きっと。


                                   Fin.






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