間接キッス
By 一歩
「はぁ。」
暗い。世の中が暗い。深夜である。
大きくため息をついて、大学から逃げ出す。
研究がどれもこれも行き詰まってる。
「もうだめだ。」
月夜を見上げながら、近くの公園へ夜の散歩と洒落こむことにした。
「なんか、いいアイディア浮かばんかな。」
童心に帰ろう。ブランコを目指す。はっ！ 私以外にも人の気配。
アベック。
抱き合ってたりする。
キスをしてたりする。
「ぴきっ！」
何かの切れる音がした。あれが、かの有名な、「理性」だったのかも知れない。
「うふ、うふふふふふ、造ってやる、造ってやるぞお、史上最大の復讐だあ！」
脱兎のごとく研究室へ駆け戻ると、試験管相手に猛然と戦い出す。
ついでに言っておこう。彼には彼女がいない。
夜中に一人で歩いてて、とっても悲しくなることって、ないですか？
昼も夜もない。執念である。
「ほほう、研究、進んでる様だねえ。感心感心。」
なんて、教授に言われたりする。実は全く違うんだけど。
彼には聞こえてない。
突然、大学に、暗雲が垂れこめ、雷が光る。雨が窓ガラスを叩きつける。
「完成だ！ 完成したぞお！！」
なんか、緑色の液体の入ったフラスコを持って叫んでる。
緑色の正体は、ウイルス。致死率 100 ％。潜伏期間は一週間。
経口感染しかしない。ここに注目。
「ふっふふふ、いくぞお！ 復讐だあぁぁ！」
完全にキれてる。
やおら、腰に手をあてると、彼は、そのフラスコの中身を飲み干した！
空になったフラスコは勢い良く床へと投げつけられ、小気味好い破裂音が続く。
彼は、例のアベックの居た、夜の公園へと突進した。
「いた！」
アベック発見！ 二人の世界にやおら割り込み、無理矢理女を引き剥がす！
そして！ その女にキスをする！
思いっきりディープなやつ。
「ははは、これで貴様等は一週間後、」
「きゃああああ！！ 痴漢！ 変態ぃぃぃぃぃ！！！！」
言い終わらぬ内に女が絹を裂く様な声で叫ぶ。
「きさまあ、何をする！！」
っべし！ ばくっ！ ぼかぼか！
彼女の連れはスポーツか武術の心得があったらしい。
口も聞けないくらいボコボコにされて、彼は警察に引きづられていった。
ノイローゼ、と診断されて、しばらく精神病棟行き。
一週間後、原因不明の高熱で、見るも無残な状態になって死亡。
とんでもない死に方である。
彼の望んだ、「アベックへの復讐」は、果たされたのだから、ま、いっか。
ちょっとは、幸せな経験もしたし。
さて、件のアベック。
当然、事件後もつきあってる。キスもする。
二人とも、一週間後に死んだ。
男は、かなりの女たらしだった。
女は、ちょいとばかり浮気症だった。
たくさんの人に病気は移ってた。
日本人は何処にでも海外旅行する。世界の町で日本の観光旅行者を見ない日はない。
南米に行った人もいる。
上水道の完備されてない所では、水なんか回し飲みである。
口から口へ、一つの器が回される。
アメリカに行った人もいる。
向こうじゃ、キスは、まあ、単なる挨拶みたいなもんである。
ヨーロッパに行った人もいる。
爪を噛む癖のある人だっているだろう。
商談が成立した時は、握手をするのだそうな。
相手の手を握って、三度振り混ぜる。
その後、書類をめくるのに指を舐める人だっているだろう。
さて、一週間すると、ばたばたと人が倒れ始める。
どれぐらいの人が生き残るのかな。
誰とも間接キスしない人だけが、生き残るのは判ってるんだけど。
そんな奴いるのかな。
付記：極極近未来の話。沢山の人が関わり合って生きている慌ただしい世界の話。
某大学SF研究会会誌初出改作。半ば時期ネタ。まあ、もういいよね。
Reference（書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事）
（歌）間接キス／GO BANGS
（画）若奥様のアブナイ趣味／あろひろし
（画）滅びし獣たちの海／星野之宣
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