国境線
By 一歩
深宇宙へと勇んで足を踏み入れた人類は、いきなり第一歩で派手につまずいた。
冥王星の更に外軌道に、予想されてた通りオールト雲が見つかったのだ。
ぐるり、太陽を中心とした球面を描き、奇麗に太陽系を包み込んでいる。
ここまでは予想通り。でもここから先が、予想外の難物だった。
オールト雲は、小惑星の溜り場である。
結構なサイズがそれなりに、そして、超微小なサイズが物凄く大量に。
これらは静止していなかった。
独自の電荷や軌道をもって、思いっきり活発に動いていたのだ。
どれぐらい活発かと言うと、オールト雲を抜けようとした、どの宇宙船にも穴を開けてしまうぐらいに。又は、その宇宙船を感電ショートさせて、使いモノにならなくしてしまうぐらいに。
さながら宇宙のサルガッソであり、ソレにこの太陽系は実に見事にスッポリと、そりゃあアリのはいでる隙間もないぐらいに囲まれていたのである。
いくらふっとばして穴を開通させても、また周囲の屑が寄ってきて、すぐにその穴を埋めてしまう。全く、自然とはよくできたものである。
人類は、荒れた。そりゃもう、すさんだ。
無限の自由と新天地を夢見た矢先だけにもう。
さんざ努力をした末に、俺達に許された空間はたったこれっぽっちしかないのだ、と再確認させられた訳だ。
限りある資源となると、最後の一立方センチメートルでさえ惜しい。
深宇宙計画で一つにまとまっていたはずの人類は、前にも増して激しく国境線の引き直しに熱中し始めた。
すなわち、戦争である。
「これが、『国境線』だよ。」
「どれ?」
どちらにも軍隊の監視塔が高くそびえる。一帯には何も無い空間が帯状にひろがり、その帯の両方の縁を、監視塔から続くフェンスが作り上げる。
「この、二つのフェンスの間の真ん中が、だよ。」
「あの、チズ(地図)っていうのに載ってた赤い線は何処?」
「ははは、実際に赤い線がそこにある訳じゃ無いんだ。判らないかな。」
「うん、わかんない。わかんないよ。」
ゴミゴミした港に、オンボロの船。
「やあ、船長。久しぶり。」
「やあ、これは顧問官! 久しぶりですねえ、コデルの一見以来だ。
今日は又何の用で? 前みたいな連合の一大事だったら、もうお断りですからね。」
「ははは、もちろん違うよ。今日の私は引率の様なものさ。
このコ達に、『国境』の概念を教えなくちゃいけなくてね。」
「そのコは、例の発見された未開人の?」
「そう。彼等にも国境のなんたるかを教え、自分達の領土は何処までなのか、をはっきりと伝えなくてはならない。あんな辺境でも、線引きはみみっちく行われなきゃならんのさ。」
「せちがらい世の中になっちまいましたね。」
「ブラフ国との国境まで、連れて行ってくれるかな。頼むよ。」
「頼むなんてみずくさい。行きますよ、もちろん。」
船は、何もない海の真ん中で停止した。
「さあ、ついた。これも、国境だよ。」
「兵隊さんも、フェンスも、赤い線も無いよ?」
「それでも、国境なんだよ。ここから勝手に向こうに出ると、殺されちゃっても文句を言えないんだ。」
「ねえ、あれは?」
巨大な生き物の群が、汐を噴きながら船の隣を通過した。船長が答える。
「ああ、チビちゃん、あれはゴメラだ。つい最近発見されたばかりの種だよ。
この辺を回遊するタチのある動物だ。どうだい、悠々とした見事な泳ぎっぷりだろう? こんなでかい群に会えるなんて、チビはとっても運がいいぞ。」
「コッキョウを越えちゃうよ? 殺されちゃうの?」
「いいや、殺されない。動物は国境を越えてもいいんだ。」
「何故?」
「何故だろうね。」
「人だけが駄目なの? どうして?」
「さあねえ。どうしてなのか、私も知りたいんだよ。」
「どうして?」
顧問官とそのコは、次の見学地へと飛ぶ。
「ほら、この国は、国境線の下に地雷を仕掛けてある。」
「やっぱりなにも無い。」
「見た目はね。でも、あそこの上に行くと体がふっとぶ。」
「やだ。そんなの恐い。何処に埋めてあるか判らないの?」
「判らない。そうだな、困ったな。何処までが国境なのか判らないのに、その国境を越えるなと言っても、確かに無理があるな。
何か、君達の所には目に見える線を引いておくかな。」
「赤い線を引くの?」
「ははは、赤くは無いだろうけどね。」
彼は近くの変った色をした土くれの山を見上げた。
「これを崩して、国境線沿いに小さな土のフェンスを作ろう。
ちょっと変った色だから、周囲から浮いて、しばらくは目印として保つだろう。
うん、それぐらいなら私費と、私の権限内で出来る。」
小さいコの頭を撫でて、つぶやく。
「僕は純真な君達がとても好きになったよ。
僕達の忘れてしまったものを沢山持ってる。これぐらいは、させておくれ。」
簡単な土木工事が終わった。
「さあ、ご希望通り、君達の国境に線を引いたよ。
これなら、一目瞭然だから判るだろう?」
「うん! この土の線を越えなければいいんだね?」
「そう、つまりはそういう事だ。」
「ありがとう、おじちゃん!」
「どういたしまして。さて、君を家まで送ったらサヨナラだ。
おじちゃんは次の仕事に行かなくちゃいけないんだ。」
「いってらっしゃい。また来てね。」
「……ああ。必ずまた来るよ。元気でな。」
顧問官はまた忙しい毎日へと戻っていった。
折りにふれて思い出すのは、心休まるあのコとの会話。
定年退職の後、彼はやっと決心する。
「よし。ちょっと遠いが、もう一度あのコ達に会いに行こう。」
あのコ達はすっかり変ってしまっていた。
なんだか、純真さが減ってしまった様だ。
まず、私をすんなりと受け止めてくれなかった。
「貴方は誰だ? 私から何を奪い取る気だ?」
「忘れてしまったのかい? あの時の顧問官だよ。当然、何も取る気はない。」
やはり、こんな辺境でも、世間の荒波にもまれてしまったのか。
「いやあ、本当にここは久しぶりだ。でも、だいぶ変ってしまったね。」
「はあ。」
「成長した今なら、国境の概念が判るかい?」
「馬鹿にしないでください。」
「いや、済まない。
じゃあ、あれももう要らないかな。懐かしい思い出の品ではあるのだけれど。」
「? なんの事です?」
「あれだよ、国境に撒いた土。
確か、この近くの第何惑星だかを突き崩して、それを太陽系の外縁に撒いたんだ。」
「あああ、あんたが、あんたが!!」
続く紛争でげっそり痩せた地球連盟の元首は、アワを噴いて倒れてしまい、それ以
上を言う事ができなかった。
「おい、大丈夫かね?」
something tell me.
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