飛翔
七夜物語 第一夜
飛翔
七夜物語 第一夜 (詩)
By いあはーと
月曜日の夜、街灯の下で少女に会った。
少女は羽をなくして、帰ることができずに泣いていた。
火曜日の夜、私は少女に一切れのパンを渡した。
少女は、驚いたように私を見上げ、そのパンを胸に抱いた。
水曜日の夜、私は少女に透き通った硝子のビー玉を贈った。
羽をなくした少女は、その透き通る光を見て、初めて笑った。
木曜日の夜、私は少女に、一輪のリンドウを贈った。
街灯の下で少女は、頬を染めてその花を受け取った。
金曜日の夜、私は少女に、初めて言葉を贈った。
少女が恥じらいながらうなずいたその時、少女の背に羽がもどった。
土曜日の夜、街灯の下で少女は、水色の水晶を私のポケットに挿し入れた。
羽をもった少女は、別れ際に私の頬にそっと手を触れ、
夜空に舞い上がっていった。
日曜日の夜、街灯の下にはもう、少女はいない。
水色の水晶の中に追憶と面影のかけらを残して、
少女は飛び立っていった。
街灯の下で、私はひとりでたたずむ。
街灯の下にはもう、少女はいない。
飛翔
七夜物語 第一夜 (文)
By 一歩
プロローグ
ギムが餌をねだって、僕の顔をなめた。
足元にまとわりつくやつもいる。
4匹もいると、世話も大変だ。
「はいはい、判りましたよ。ほれ、お食べ。」
ギムは、αケンタウリに住む生物だ。
相手の心を読んで、ある程度姿を変えることができる。
僕の元に来てからは、猫によく似た姿をとっている。
彼等の住む森は立入禁止になっているし、
人に飼われる許可も、普通は出ていない。
ここは、ドナルド・テーマパークのロンドン地区。
僕は、管理人をやっている。
「?」
窓の外を、赤い流星が走った。
かなり間をあけて、微震。
「近くに落ちたのか?」
それが、この一週間の始まりだった。
翌朝、ニュースが告げる。
「……宇宙船が落下しました。我々人類のものと異なる、未知の船です。
中には、ヒューマノイドタイプの乗組員が倒れていました。
現在、中央病院の特別室で治療を受けているらしく、……ですが、容体は思わしくありません。……国連では、ファーストコンタクトの期待と不安に緊急議会が開かれることが……」
月曜日
夜の見回りの時間になった。
霧のロンドンを、制服をきて見てまわる。
といっても、閉館時間のある訳でなし、特に事故がないか見回るだけだ。
制服は、テーマパークのイメージを壊さぬようにと、黒のシルクハットに燕尾服。
宇宙船騒ぎのおかげで、ここには誰もいない。一週間は閑古鳥だろう。
散歩気分で、街を回る。ステッキの音が街路に響く。
頭上に影?
音もなく、何かが空を飛んできた。
街灯の下へと降りる。
女の子のシルエット。その背には、光り輝く羽がある。
妖精?
それとも、天使?
そう、妖精にも見えた。天使とも思えた。
その足が地につくかつかないかで、唐突に彼女の翼は姿を消した。
まるで、空気に溶けるように。
彼女は、がっくりと倒れるようにして座り込んだ。
そして、あらぬ方を見つめる。
そのまつげが震えた。
心の中に、直接音が響いた。
『……壊れた……』
「え?」
『……マスターの心が、消えた……』
彼女は悲しそうな瞳のまま、ずっと、そうしていた。
いつまでも。
家ではテレビが、例のヒューマノイドの死亡を伝えていた。
僕は、あの森を思い出していた。
4歳の時、雨に打たれて、一人でいたαケンタウリのあの森を。
捨て子だった、あの思い出を。
火曜日
ギム達に餌をやる。
あの時、僕を救ってくれたのはこのギム達だった。
『誰か来て。側に居て。』
泣き叫ぶ僕の心に反応して、この子達がやってきた。
そして、僕の心を慰める、猫によく似た姿になって、共に居てくれた。
雨は、いつのまにかやんでいた。
ギムは、珍しい精神共有生物[エンパスタラント]だ。
一度別の生物と心を共有すると、刷り込まれたその主と共に暮らす。
離れては生きていけない。
無理にひきはがせば、又、飼い主が死んでも、その生命の火は消える。
ギム達が餌を食べるのを見ながら、僕は考える。
あの娘は、まだ、あそこにいるのだろうか。
おなかをすかせてはいないだろうか。
僕は見回りにでかけた。
あの娘は、まだ、昨日の街灯の下にいた。
座り込んで、ただ地面だけを見ていた。
彼女を見てると、僕は、あの森にいた自分を思い出す。
近くに歩いていった。彼女が反応する。
目線だけでこちらを見る。
僕は彼女の手にパンを押し付けた。
彼女は驚いた顔をしている。
僕は、笑いかけるだけにして、その場を離れた。
振り返ると、彼女は渡されたパンを抱いて、こちらを見送っていた。
ずっと。
水曜日
いつのまにか、心の中には彼女の顔が浮かぶ。
なぜか、小さな頃の事が思い出される。
αケンタウリの森から助け出された僕は、養父母のもとで育った。
養父母は優しかった。さして豊かでもないのに、僕を引き取ってくれた。
本来なら飼うのを禁止されてるギムを4匹も飼っているのだから、
世間からの風当たりも相当きつかっただろうに。
それに、ギム達だ。
僕と交感してしまった為に、本来の住処である森から、町の中で暮らすはめになってしまった。
今、ギム達は幸せなのか。ふと、悩むことがある。
そうだ、そういえば確か、あの頃の宝物箱があの辺りにしまってあったはず。
懐かしくなって、物置の中を捜す。
あった。
手の中には、美しいビー玉。
硝子が朝日を乱反射して、キラキラと輝いていた。
僕はそれをポケットにしまった。
そして、夜を待つ。
いつもの様に見回りにでかけた。
今日も、客は誰もいない。もとからそんなにいないが、
世間は今だ宇宙船一色なのだから、不思議はない。
そして、彼女は、やっぱりあそこにいた。
こちらを認めて、顔をあげる。
僕は近くまで行って、無言でポケットからビー玉を取り出した。
街灯の光を受けてキラキラと輝く。
彼女が、手渡されたそれを見て、初めて笑った。
僕は、微笑みかえした。
木曜日
今夜も、彼女に会える。
何故か、僕はそれを確信していた。
窓際の植木鉢は、花満開だ。
全てが良い方向に向かうような気がして、心が浮かれた。
ギム達に餌をやる。
いっそ、彼女をここに連れてこようか。
行く宛もないようだし。
だけど。
僕は、ギム達を見て思う。
彼女には、本当は、帰るべき森があるんじゃないのだろうか。
ギム達みたいに、また、僕にしばることになるんじゃないだろうか。
はじめてあった時、心に響いたあの声を、僕は忘れていない。
まだ数回会っただけだけど、その顔の向こうにある、繊細な精神を
僕は感じている。それを、壊したくはない。
手を触れたら、壊れてしまいそうな彼女。
僕は、それがこわくて、声をかけることさえためらっている。
でも、今日も、僕はシルクハットをかぶって、見回りに出かけた。
腕に一輪の花を持って。
街灯の下で彼女は、頬を染めてその花を受け取った。
金曜日
街灯の下に行くと、彼女が先に笑いかけてきた。
僕も微笑みかえす。
今日のプレゼントは、音楽だった。
小さな、養父母の形見の、旧式のラジオ。
音楽専門のチャンネルから、レトロな音楽が流れ出す。
彼女が、喜んでいるのが、その顔を見なくても判る。
不思議に暖かいものが、心に流れてくるのだ。
やはり、なにか精神的な接触があるのだろう。
僕の心を読んだのか、おずおずとだした僕の手を握りかえして、彼女も立ち上がる。
音楽に合わせて、踊る。
まるで飛ぶように。
唇が勝手に動き出す。
「……僕は、君が、好きだよ。」
ちいさく、とてもちいさく、絞り出すように声がそう言う。
その声を聴いて、彼女がうつむく。
そして、頬を赤く染めながら、笑いかけた。
僕の心に声が響いた。
『……私も。』
その瞬間だった。
何かが僕の心と彼女の心を繋ぐ。
これは、ギム達と初めてあった時の感覚に似ていて、
そして、それより強烈だった。
何かの力がそこを流れ、彼女の翼が、散ってしまっていた翼が復活した。
まるで、空気の中から溶け出すように。
翼はぼくら二人を守るように包み込んだ。
ぼくらはワルツを踊り続けた。
土曜日
テレビは、相変わらず宇宙船の話題で賑わっていた。
宇宙人の死体。宇宙船の内部。宇宙人の死を看取ったテレパスによると、
その最後の言葉は誰かにむけての、
『私の心のあるうちに、できるだけ遠くへ飛んで逃げろ』といった内容のものだったこと。
だから、まだ、地球の何処かに、宇宙人の仲間の潜伏してる可能性のあること。
なぜ、心のあるうち、なのか、専門家の意見が百出してる事。
捜索隊があちこちを探しまわっている事。
今や、彼女には翼があった。
人ではない、と一目でわかる特徴が。
そして、彼女が望むなら、何処まででも飛んでいける力が。
今、僕と彼女の心は何処かでつながっている。
僕の望みは、彼女の望みにもなるのだ。
彼女はギム達とは違う。例え一人になっても、
感応した人と別れても、生きていける。
僕の心のある限り、あの翼が消える事もない。
今日は、プレゼントは用意しなかった。
あの街灯の下で、僕は、彼女に伝えた。
おいき。自分の森へ。帰るべき所へ。
それが、僕の願い。そして、君の願い。おいき。
黙っている僕に、彼女の方から手を差し出した。
初めての、彼女からのプレゼントだ。
それは、光輝く、水色の水晶。
動けずにいる僕に、彼女は、それを、僕の胸のポケットへと挿し入れた。
その腕が、そのまま、僕の頬に触れる。
街灯の光の下、彼女の瞳には、僕が映り込んでいた。
微笑んだ。
微笑みかえした。
いつしか、彼女の翼が大きく拡がり、その体が宙へと迷い出した。
高く、高く。
音もなく、夜空に舞い上がっていった。
僕は、いつまでも見送っていた。
日曜日
僕は、いつも通りに、見回りに出かけた。
いい加減宇宙船騒ぎにあきたのか、ちらほらと客の姿が見える。
あの街灯の下に行く。
当然ながら、彼女はいない。
僕は、胸のポケットから水晶を取り出して、街灯の光にかざす。
光をすかして、水晶の中に彼女の面影が見えた気がした。
面影を追いながら、街灯の下で、ひとりでたたずむ。
街灯の下にはもう、彼女はいない。
Fin.
物語のはじまりについて。
By 一歩
赤いタイルの路面に、黒くノッポな街灯。
そして、燕尾服の青年と、それに手をさしのべる翼ある水色の少女。
……ある日、研究会の部室に来てみると、こっそりと、実にこっそりと、そんな絵がマシンのHDに収められていました。
いや、それだけでは、ありません。
その絵には、更に巧妙に隠してこっそりと、一編の詩がつけられていたのです。
どちらも、いあはーと氏の作によるものでした。
そこにいあはーと氏もやってきます。彼はその絵と詩を私が発見しているのをみて奇声をあげました。なんと、恥ずかしさに顔を赤らめています。
追い討ちをかける事にしました。
「いいじゃん、この詩。
俺、ノベライズしてみよっと」
やめてくれと泣き叫ぶ彼の姿が楽しくて、結局完成させてしまった物語が、
実は、これ、なのです。
こうして、いあはーと氏が詩を、それもできるだけファンタジーな詩を書き、私がそれを文章に、それもできるだけSFな文章に仕立て上げる、という、二つで一組な創作の体系が出来上がりました。
そして、好評を持ちまして、読者の方の「続きは?」という一言により、いあはーと氏は更に恥ずかしい詩を追加で書き上げ、私が又文を書くという、シリーズものへと成長していく事になるのですが、それらはまた、別のファイルにて。
泣き叫びながらも「正しい」物語について、逐一修正を入れてくれたいあはーと氏に。
重ねて感謝を。
something tell me.
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