黒い翼、蒼い雫
七夜物語 第二夜
黒い翼、蒼い雫
七夜物語 第二夜 (詩)
By いあはーと
はげ山の少女は独りぼっち
ぎらぎらした目で
ずっと骨をしゃぶってる
黄色い骨を、いつまでも
はげ山の少女は独りぼっち
カラスをつかまえては
その血をすすってる
どろりとした、赤い血
はげ山の少女は独りぼっち
酷薄な北風に
少女は自身の肩を抱く
白い肩、灰色の風
はげ山の少女、僕は近づく
黒い翼で
そっと少女を包む
僕の黒い翼
少女は静かに微笑み、
僕の翼に、なみだを落とす
僕の黒い翼
・・・ソシテ、死者ハ土ヘト還ル
はげ山の少女の、一雫の涙
僕はそっと抱きしめる
蒼い雫
少女の記憶
僕はじっと座ったまま
蒼い雫
少女の記憶
蒼い雫・・・
黒い翼、蒼い雫
七夜物語 第二夜 (文)
By 一歩
日の光り大地に落ちた日
「さあ急いで。先にシェルターに降りるんだ。」
「マスター! 貴方の方が先です。私は貴方を助ける為に造られたんです。」
急がなければ。もう時間はいくらも無いかもしれない。残されている時間でどれぐらいの物をシェルターに運び込めるだろうか。判らない。そんな危険をマスターには犯させられない。でも、食糧の備蓄があれで足りるかも判らない。
「はやく、マスター。貴方は今すぐに降りてて下さい。私はもう少し水と食べ物を運び込めないかやってみます。」
「それなら私がする。君こそ降りて」
「駄目です! それでは私の意味がありません。とにかく降りて! それから私のセキュリティを入れて下さい。非常時プログラムでなら沢山の物を運べますから。」
マスターが笑った。とても寂しそうで、とても嬉しそうな笑顔。
「そうだな、それを忘れていたよ。君のセキュリティ・プログラムを起動する。」
そう言って、私の耳元で、私には認識の許されていないコードをささやく。瞬間、私の中から私で無いものが立ちあがり、私の行動の自由を引き継いだ。身体機能のあちこちに設けられていたブロックが外されて行く。プログラムの強制優先順位チェックが私の心を上滑りして行く。
順位1。自分を最優先で守る事。
順位2。それに反しない範囲で主人を守る事。
順位3。それらに反しない範囲で主人の命令を守る事。
!!! そんな! 優先順位が入れ変わっている! 一体、誰が、いえ、何故なのマスター! 何故こんな変更を!
そう叫びたかった。でも、体の自由は全てセキュリティに奪われていた。
「君を愛してるよ。」
耳元でマスターの声。
そして閃光が世界を包んだ。
月の明り淡く照らす日
赤い月の明りは、小高い丘の上を照らし出し、そこに朽ちた廃屋の残骸を浮かびあがらせていた。動く物とてない。草すらも生えていない、いや、生えない。
それは、今の世界ではありふれた光景だった。
崩れた壁の側には、もう一つ、細長い影が。微動だにしないその影の中から、二つの黄色い瞳が見返している。
コリリ、コリリ。
そんな物音が、その立ち尽くす影の口もとの辺りからする。
丹念に、ひたすらに根気良く骨をしゃぶる音。
一かけらとて食糧を無駄にしない音。
影は座る事すらしない。
ひたすらに只立ち尽くす赤い影。
私は覚えている。
あの最後の瞬間、マスターは私を「庇った」。
窓の向こうから差し込む閃光、私をその光から遠ざける様に、私を抱き占めたあの時。
どうして。それをするのは私のはずなのに。貴方をこそ私が庇うはずなのに。
セキュリティが私を許さなかった。
何も出来ないまま、庇われた姿のまま、光が、そして熱風が私達の側を荒れ狂って行った。私の方が頑丈なのに。人工骨格でなら、崩れる屋根を支えれたかも知れない。人造細胞なら、焼けただれても平気で再生したかも知れない。マスターを助けられたかも知れない。
私は知っている。
セキュリティは許さなかった。マスターの庇護を最大限に利用し、シェルターへと飛び込んだ。振り返りもしない。
私は覚えている。
後ろでシェルターのドアがロックされる高い音。私の足音だけが響く廊下。
引き返せなかった。叫べなかった。涙も流せなかった。
セキュリティが、許さなかった。
火の灯り消えた日
食糧の尽きた日、ようやく私の体が、セキュリティが、ドアのロックをほどいた。
ドアは家屋の残骸に埋まっていた。私はあの人のかけらだけでも探したかった。でも、体の自由は戻らない。視界は全く別の方向を向いていた。
いや、本当は探したくないのかも知れない。もし探して見つけてしまったら、あの人の死を認めなくてはいけなくなるのだから。
いえ、嘘。疑いの余地なんて無い。あの人は死んだの。
私は判っている。
セキュリティが鋭く反応した。家の残骸の側に熱源反応と人の声。
では、助かった人が居るのだ!
私の意思によらず、脚がそちらに向かう。セキュリティの思考を追って愕然とした。
敵。テリトリーを犯す、敵。「私」の生存を、危うくする存在。
そんな、まさか! やめて!
焚き火を囲んで、二人の男が座って居た。突然に現れた私を見つけて、驚いた。
「こりゃすげえ! あんたも生き残ったのか! 一体、今までどうしてたんだ、この辺りは全滅だと思っていたよ。いやあ、探しに来てよかった、もし一人も見つからなかったらって今も相棒と」
私の貫手がその人の胸をえぐる。呆然と、私を見つめ返してくる視線。
どうして。
そう語っていた。
もう一人が、固まっていた魔法からほどけて銃を構える。
私はそれよりすばやく走り、焚き火を飛び越えてその人の首を蹴り折った。
やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて……
私の叫びは何の力にもならなかった。
彼等の死を確認し、その荷物を漁る私の腕。
カラリ、炎の中の薪がそう音を発てた。熱源は、そう大事な要素ではない。
焚き火はそのまま放置され、燃え尽きるにまかせて消えた。
食糧が乏しくなると、丘を巡回した。草さえ生えていないが、動物はカラスが何故かよく居た。それを狩り、その赤い血を飲んだ。その黒い羽をむしり、その肉を生のまま食べた。炎など必要ない。エネルギー源としての価値は、焼いた所で増えはしない。その骨すらも無駄にする事無く消化器へと送り込み、人造細胞の活力へと変換した。
カラスは何を糧としているのだろう。考えたくない。
セキュリティは、私を生かし続けた。
水色の空やがて沈む日
「お前さん、あのはげ山に行くだって? 止めなって。あそこには魔物が住んでいるんだ。帰ってきた奴は居ない。もう、何人が殺されたか。」
「その、魔物、に、用があるんですよ。多分、ね。」
「あれを退治してくれる、のか?」
「ええ、まあ。」
「ありがたい! あんた、神の使いだよ! 何も無いけど、とりあえず食事でもしていってくんな。金はあるかい? そんなには無理だけど、いくらかなら」
「止めてください。そんな事をしてもらういわれなんて、僕には無いんですよ。それより、その魔物について、誰かもう少し詳しい事を知らないでしょうか?」
赤黒い爪。裂けた服。そこから覗く筋の浮いた体。血の、こびり付いた口元。
セキュリティは、余計なエネルギーの消費を許さない。只ひたすらに立ち尽くすか、獲物を狩る為に声も無く走り出すか。
私の頭脳だけなら、内蔵電池だけで何年でも保つ。体[ボディ]など重要ではないのだ。食事を断った所で、体を失うだけなのに。それに、もう、守る物とてない。私の存在意義など無い。だから、狩りをする必要などないのに。テリトリーを守る必要などないのに。私は人を殺す為に居るんじゃない。食べたくもないカラスを食べる為に居るんじゃない。只、あの人の為なのに。
誰か、私を開放して。
セキュリティは許さなかった。
立ち尽くす私の視界の端で、重く青い空が灰色へと姿を変えた。そして、やがてぼやけた赤色の夕日へ、真っ暗な夜へ。北風が流れていく。
寒い。
肩を抱いて泣きたかった。
セキュリティは許さなかった。
誰か、私を殺して。
木の枝の影貫く日
僕は、立ち枯れた木々の間の夜道を、急ぐともなしにその丘の頂上を目指して歩く。影だけが供に歩いてくれる。木の枝が、月の光を千々に散ぎれさせていた。そのモザイクの上を、歩き続ける。
モザイクが消え、突然に視界が開けた。成る程、「はげ山」の名にふさわしい。何も生えていない丘だった。
セキュリティが反応した。誰かが登ってくる。
体は狩りの準備を始めた。やめて。もう殺さないで。何度そう願った事だろう、今回もまた無駄なのだと知りつつも。全ての出力機器[デバイス]は封じられたまま、全ての感覚機器[インプット]は生きている。何度も味わうどろりとした赤い血の味、何度も感じる砕ける骨と殺戮の感触。狂ってしまいたい。忘れてしまいたい。
セキュリティは許さなかった。
居る。僕の感覚[センサー]に反応。こうこうと輝く二つの瞳。僕は奥の手を出す。
僕の影の背中から、幾重にも枝が伸びる。音も無く。
その男の人は、月を背後に背負って立っていた。とても静かに。
その男の人の背中には、いえ、幻ではない。月光に浮き出す黒い翼。
私が今までに殺したカラスの怨霊だろうか。それとも、人のそれなのだろうか。どちらでも構わない。いえ、その両方が共に手を取りあって現れた気がする。
セキュリティが震えている。今までにない強敵の予感。
ああ。それでは。
私は彼を歓迎した。
早く。
飛びかかってくる彼女を、僕の翼が音もなく、そして優しく、覆い尽くした。翼を摸していたのは、僕の端子とコードの群れ。それらが烈しくあがらう彼女へと静かに巻きつき、その自由を奪う。表情を失くしているその瞳。素早く、幾つかの端子が彼女のこめかみに触れる。コードを伝って、彼女のプロテクトの解析結果が送られてきた。
僕は動けなくなっている彼女を抱き寄せて、耳元で解除コードをささやく。
「『君を愛しているよ。』」
そして彼女を解放した。彼女の瞳に感情が戻り、驚いた顔で僕を見上げた。
彼のそのささやきで、セキュリティが解除された。私の中の私で無い物が、あの日以来初めて姿を消し、私の体の自由が戻された。
そんな。
「貴方は私を殺しに来たのではなかったの?」
「そうだよ。いや、正確には違うかも知れない。僕が倒しに来たのは、君の中で暴走していたプログラムだけだ。だから、安心して。そして、僕の願いを、どうか聞いて欲しい。」
「貴方は私を殺しに来たのではないのね?」
「待って、頼むから待って!」
貴方が止めてくれないのなら。
私は、自分の中のあるスイッチを押した。今まではセキュリティが許してくれなかったスイッチを。
私は、あれからの日々で、行ってはならない事を犯した。
私は、あの最後の日に終わっていた。
今まで辛かった。
自由を取り戻した顔が、微笑みの表情を作った。
自由に流せる涙が、頬を伝った。
微笑みの表情のまま、がくりと彼女の顎が落ちた。
彼女の流した涙が、僕の翼に落ちて、流れた。
金色の朝日浴びる日
「君は、今まで、どんな命令を受けて、どんな風に生きてきたんだい? 僕はね、色々な人の手助けをしてきた。あの日、僕のマスターは、僕にこう命令したんだ。『人間を守れ』ってね。そのマスターを、僕は救えなかったけど。僕は情報解析が専門でね。人よりも頑丈だから、井戸掘りとかにも役に立ったけど。最初に居た街が落ち着いてから、旅に出たんだ。君みたいに暴走してしまった仲間を止めるのが一番だと思って。
いや。白状するよ。
寂しかったんだ。マスターがああ命令した限り、僕は死ねない。人間を守り続けなきゃならない。どんなにマスターがもう居ないと知っていても、生き続けなくちゃいけないんだ。
でも、一人はつらすぎる。どこかに僕みたいな奴が居るんじゃないかと思って、探しているんだ。君の話を聞いて、この丘を守り続けている君の話を聞いて、ひょっとしたら、と、一緒に旅をしてくれるかも知れない、と、そう、思ったんだ……」
動かなくなった彼女の体に、僕は語り続ける。
いつのまにか夜は終わり、朝日が丘を照らしていた。
そして、その太陽が沈み、又夜が来て、朝が来て……
土に還り着いた日
残ったのは、黒い人工骨格。
彼女は、やはり目覚めなかった。
その歯ばかりが輝く様に白い、黒い頭骨。
それに手を伸ばし、触れた。
微かに澄んだ音がして、中のハードウェアから、蒼いクリスタル・チップがこぼれ落ちる。
最後に流した、彼女の涙に似ている。
僕は拾ったそれを手の平の上に乗せて、見つめる。
判っている、次の土地に行かなきゃ、人間を守らなきゃ。
でも、もう少し、もう少し、ここで、このままで……
僕はそれを抱きしめたまま、長い間そうして座っていた。
蒼い雫。
由来:
より詳しくは「飛翔」(七夜物語 第一夜)を参照して下さい。
連作、とはなっていますが、それはテーマや製作形式の為で、実質は各々全く別の、読み切りの短篇です。
いあはーと(CQA15342)さんによる詩を、読者たる私 一歩(VYN06234)が文章に仕上げる、という構成により、この作品は出来上がっています。
いあはーとさんはファンタジーにこだわりを持って作品を仕上げ、
私 一歩はSFにこだわりを持って作品を仕上げました。
二人共通のこだわりは、「情」、でしょうか。
いえ、「どこが?」と言われましても、そうなんです(^^)。
この作品を待って頂いていた皆さん、お待たせしました。相変わらずつたない品ですが、どうか楽しんで下さい。特に
AMEQさん、貴方の「七夜物語というからには後六夜あるのですね(意訳)」という感想発言(他、同様の皆様の発言)によってこの作品は存在します。感謝を。
そして、この作品を初めて見る方へ。どうか、お気に召しましたら、第一夜「飛翔」ともども、よろしくお願い致します。
something tell me.
[mailto:ippo_x@oocities.com]
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