紅い瞳
七夜物語 第三夜
紅い瞳
七夜物語 第三夜 (詩)
By いあはーと
新月の晩、僕は一人ぼっちで震えていた
紅い瞳の彼女は、そんな僕に一鉢の花をくれた
まだ固い蕾は、花を開こうとはしない
僕は鉢の前で、じっと膝をかかえる
咲かない花の前で、彼女は僕にささやいた
満月の晩まで、毎晩月の明かりをあててごらん
はかないまなざしと、あやうい微笑み
彼女は僕をみつめる
次の日の夜、僕は鉢を外に出した
寒さに肩を抱く僕を、彼女は白いガウンの中に包んでくれた
それから毎晩、僕らは外で鉢を見つめ続けた
彼女はいつも、僕にやさしいまなざしをくれた
空には月が浮かび、青白い光が彼女を包む
幾千の星の下、北風が僕と彼女の髪をなでる
ある晩、彼女は現れなかった
僕は独りじっと彼女を待ったが
紅い瞳は、とうとう僕の前に現れなかった
翌日、満月の晩
蕾はゆっくりと花を開いた
彼女の瞳と同じ薄紅色の花
月明かりをからめとる、紅い水晶
僕は、いつまでもその光を見つめていた
やがて夜が明け
僕は彼女が死んだ事を知った
翌朝僕は鉢をかかえて、街外れの無縁墓地に出かけた
彼女の眠る小さな丘に、そっと花を植える
僕だけが知っている、彼女の墓標
あの夜の、彼女の温もりはもう戻らない
あの消え入るようなまなざしも、僕を見ることはない
ただ、それから毎年、彼女の眠るこの丘には
ただ一晩だけ、紅い花が蕾をひらく
今でも僕は、クリスマスの晩はこの丘で
紅い花に彼女の瞳を重ねる
Fin
由来:七夜物語とは
いあはーと(CQA15342)がファンタジーにこだわって作詩、
それを読者一歩さん(VYN06234)がSFにこだわって作文、
という形式で作られる、詩と文を併せて一つという、共同製作の試みです。
この製作形式以外に拘束はありませんので、連作の名を冠してはいても、実は各作品全く別個のものです。もちろん、どれから読まれても、どれも読まなくても、はたまた、詩だけ読んで文は読まないと言った楽しまれ方をしても文句はありません。
さて、七夜物語第三夜、いかがでしたでしょうか。
シリーズといいつつとんでもなく長いブランクでアップしておりますが、今回の作品は、はたしてみなさんのお口にあったでしょうか。
気に入ってくれた方も、そうでない方も、ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
それでは続いて、一歩さんによる小説七夜物語「紅い瞳」をお楽しみ下さい。
Reference
Nifty:FSF1/MES/7/865 七夜物語 第一夜 飛翔
Nifty:FSF1/MES/7/1046 七夜物語 第二夜 詩 黒い翼、蒼い雫
Nifty:FSF1/MES/7/1047 七夜物語 第二夜 文 黒い翼、蒼い雫
97/12/24(火) 0:00 いあはーと(CQA15342)
紅い瞳
七夜物語 第三夜 (文)
By 一歩
新月
何故だったのか、今となってはもう思い出さない。
あの時も今日みたいに寒かった。震えながら登った丘には一本の大樹。
その影で僕は泣いていた。
空に浮かぶものとてない新月の夜。
暖かな慰めの手は与えられた。
「あらあら、小人さんを発見しちゃったわ。」
そう言って、よく歌詞の判らない歌を歌いながら、その手を差し伸べてくれた人。
僕の背中を叩きながら、ずうっと歌ってくれた人。
「え、この歌? 英語よ、と言っても判らないわね。小人さんの事を歌った歌よ。」
こぼれてくる様な言葉使い。いつでも爪先から踊り出しそうな、それとも笑い出しそうな、その口調。
そして続きを歌ってくれる。
子守歌、ではなかった。とても楽しい、うきうきした気分にさせてくれる歌だった。いや、歌が特別なんじゃない。彼女が特別だったんだ。彼女の歌う歌は、どれも幸せな歌に変わる。そう気がついたのは二曲目から。
歌いながら、しがみついてる僕に彼女はこう語りかけた。
「ねえ、彼氏。貴方には二つの選択肢があるわ。
私の共犯者になるか、おうちに帰るか。」
彼女の声はやさしかったけど、僕には「助けて」と聞こえた。意味も知らないままに「きょうはんしゃ」になるよと返事をしていた。
「よかった。ありがとう、彼氏。じゃあ、私達の目的を紹介するわね。」
今までそこにあるとは気がつきもしなかった、一つの鉢植えが彼女の側に。まるで見た事のない葉の形をしている。なんだか変だったけど、でも、その緑は綺麗だった。
「彼女はこの地球でたった一株の孤独な花よ。
彼女の名前? そうねえ。ティアドロップにしましょう。うん。」
そして又歌を歌う。
「これはね、「ちっちゃい彼氏さん」ていう意味の名前の歌なのよ、ちっちゃい彼氏さん。」
突然僕は、見上げた彼女の瞳が、普通と違う、兎みたいな紅色なのに、その時初
めて気がついた。でも、だからって、何も変わらないのだけれど。
彼女は他にも沢山の歌を歌ってくれた。どれも英語だった。僕には歌詞は判らなかったけど、そんなの、どうでもよかった。
僕はただ彼女といた。
闇の中に融けていくその歌を、追いかけていた。
朔夜
丘の上の大樹の上に、風が渡る。微かなざわめきで大樹が答える。夜の懐は深くて柔らかい。例え冷たくても。
「あらあら、今日もきちんと来たのね、彼氏さん。」
口ずさんでた歌を止め、月の下で彼女が微笑む。
「ねえ。彼女を貴方に任せるわ。大事にしてやって頂戴ね。」
紅い瞳が見つめている。
「彼女は頑丈だから、少々の事ではへこたれないわ。だけど、時々は水をやってね。
そして、大切なのは、いつも広い場所で暮らさせる事。閉じ込められるのは、まっぴらですって。」
そして、彼女はくすくすと笑う。笑いに合わせて、短い髪も揺れる。
「それから、太陽の光は要らない。彼女はそれを無視できるから、幾ら当てても構わないけど、でも、太陽の光は彼女の栄養にはならないの。波長が違い過ぎるのね。」
僕には、なんの事やら判らない。
「でも、お月様の光は別。だから、彼女にはいつも月の光をあげてね。」
空を見上げて、ようやく顔を出し始めたばかりの細い月を眺める。
「彼女の故郷でも、お月様は輝いていたのね。きっと、これと良く似たお月様。」
そう言って彼女は、これは故郷の歌よ、と言って、又歌を歌ってくれた。
僕は、昨日は気がつかなかった事に気がついて、声をあげた。
「そうよ、蕾よ。気がついてなかったの、彼氏さん? 彼女はもうすぐ花を咲かすわ。」
ふと、悲しそうに眉根を寄せる。
「見せる相手も居ないのにね。」
僕が見る。僕はそう反論した。それに、お姉さんも一緒に見る、と。
「そうね、その通りね。いつまでも、見ていたいわ。この丘を。そして、彼女を。
彼女の花を。」
そうして、花の歌と緑の丘の歌を歌ってくれた。
三日月
風の渡る中に、彼女の歌が聞こえるか? 聞こえない気もする。聞こえる気もする。抱えていた大樹を離し、僕は丘を降りて、次の目的地に向かう。
「そうよ、知らないの? 彼女は私達の言葉を聞いてるわ。歌だって、聞いてくれているのよ。」
まさか。僕は信じられない、という顔をしたらしい。
「あらあら、疑ってるの? ちっちゃい彼氏さん。」
僕を鉢植えの前に呼んで、とても大事な秘密を打ち明けるみたいにして話してくれた。ささやく吐息が、僕の耳をくすぐる。
「よおく見て。そして、彼女に語りかけてみて。やさしく、やさしくよ。
怒らないで、焦らないで。」
彼女の真剣さが僕にも伝染したらしい。僕は大真面目に、早く咲いてと語りかけていた。
「ほら! 判らない? 今答えてくれたわよ。
うんと頑張るって。すぐに咲くって。判らない?」
正直、判らなかった。でも、判った気がした。
うなずいて、一つくしゃみをしたら、慌てて彼女が僕を引き寄せた。
「あらあら、風邪をひかせちゃったかな? さあ、来なさい、ちょっとは暖かいわよ。」
僕をつかんだその指は、冷えきってしまってて、驚く程に冷たかった。そして、引き寄せらて、彼女のコートの中に一緒に取り込まれる。また驚いた。彼女の身体は、ものすごく暖かい。
「どう、ちょっとはまし?」
僕は、彼女の暖かさの中で、なんだかもごもごとつぶやいた。
「そう、よかった。んー、次はねえ。暖かいお家の歌、ね!」
歌声が風になびいた。
見上げる彼女の喉が震えている。月明りの中で見るそれは、とても白い。
「え? ん、そうね。私もね、前は貴方みたいに日焼けでこんがりキツネ色だったのよ。でもね、投薬で色素が落ちちゃって。瞳もね、ほら。」
よく判らない。
「んふふ、嘘よ。彼女につきあって月の光ばっかり浴びてたらね、月の色に染まっちゃったの。」
今度はよく判った。
次の歌は、お月様の歌。ちょっぴり悲しい感じの歌だった。
夜に吸い込まれて消えていく音を、僕は一所懸命に聞いていた。
上弦
小さな丘だから、登る時以上に簡単に下れてしまった。踏み跡だけでもってる様な細い小道を抜けて行く。草に葉ずれの音を立てさせながら、思い出す。
その次の日から、彼女は現れなくなった。
鉢植えの彼女だけを残して。
僕は、いつも丘に登り、いつも月の光を鉢植えの彼女と浴びた。
蕾は膨らんでいく。
僕は彼女に囁やき、もう一人の彼女の行方を気づかう。
彼女はどうしたんだろうね。一緒に君を見る約束なのにね。
答えは僕には判らなかった。
満月
草むらを抜けた。柵を越えていつもの所へ。
そう、今年も彼女の蕾が迎えてくれた。
あの時と変わらず。
あの時も、空には満月。
こぼれそうな形だった蕾が、一番大きく開いた月の窓の下で割れた。
そして、その中から彼女が現れた。
紅い瞳。
蕾はなんの変哲もない、ただの緑だったのに、ちょっとした、葉っぱのこぶにしか見えなかったのに、その中にあったのは、信じられない様な光を讃えた紅い宝石。
彼女だ。
ああ、彼女の瞳だ。
僕は何の不思議もなくそう思い、それに見とれていた。
星の、そして月の光を吸って、それを又、跳ね返す。一心に。
綺麗だね。綺麗だね。
僕はひたすらにそう語りかけていた。
空を見上げて咲いていた彼女の瞳は、朝日が差し始めると共に落ちて溶けた。
あっけないくらいに。
僕は我に帰った。
そして、胸に鋭い痛み。
彼女の瞳が落ちた。
だけど、いたたまれなくなった僕に出来る事は、只待つ事だけ。だから、待った。ずっとずっと待った。夜が終ってしまったけれど、それでも待っていた。
歌が、聞こえてきた。
彼女じゃない、男の人の声だ。だけど、あの歌は彼女の歌ってくれた歌だった。
だけど、音色が全然違う。錆びた音の、とても寂しい音の色。
その歌が、丘を巻いて登ってくる。そして、僕の前で立ち止まった。
「……君が、「ちっちゃい彼氏さん」かい?」
男の人がそう問いかける。
「「満月の夜」に「緑の丘の上」に居る……」
その節回しは聞いた事がある。やっぱり彼女の歌の中のどこかだ。
ふと、その人は言葉を切って僕の手の中を見つめた。
「それは……やっぱり、燃やしたなんて嘘か……でも、本当に? 本当に無害化したのか? そんな、そんな短時日で適応が、それも一つの世代どころか一つの個体の中で、地球の、いや、人間の生体に都合良くなんて、無理に……
いや、君が抱いている、そして生きている。
本当に、本当に。やったんだ、彼女はやったんだ。彼女の言う事は本当だった……」
彼の目線が僕を捕らえた。
「その株は、紅い瞳をした彼女から受けとったんだね?」
僕は答えた。僕が世話をすると約束したと。
「そうか、いい。それならいいんだ。私も黙っておく。」
たまらなくなって、僕は尋ねた。くってかかった。
彼女は何処だ、と。
「彼女は、彼女はね……」
信じない、と思った。だけども、ああ、やっぱり、とも思った。
「彼女は、その株の毒素に当てられた最初の人間なんだ。そして、たぶん最後の。唯一の。あの代謝異常で、今までよく保って……その株、それはね、たった一粒、大気の摩擦にも耐えて残っていた雌株、雄株はないから繁殖のしようも……」
そんな言葉は全部僕の心の上を滑べり落ちていく。
僕は泣いた。
泣いて泣いて、泣きつかれても泣いた。
時は夕方を刻み、やがてまた月が姿を見せていた。
夜は何も答えてくれなかった。
十六夜
次の日の朝。そう、朝。僕はもう一度、鉢植えを持ってあの丘を訪れた。
彼女は居ない。だけど、あの人が居た。
だから、僕は尋ねた。
「墓、墓ね。そうだね、墓が要るね。
彼女は弧児だったから……」
ついて来て、というその人の後についていって、ついたのがこの、街外れにある墓地。その無縁仏が、彼女の墓だとその人は言った。その声は辛そうだった。
周囲を見回す。小さな柵と雑草に囲まれた土地。上を見上げる。遮るものがない、青い空。きっと、月の光も沢山照らしてくれるだろう。
だから、僕は、その墓の前に彼女を植えた。
いつでも、彼女がその花を見れる様に。
そして、満月
今日の月も冷たく優しい。
そして、満月。
年に一度、この季節にだけ、蕾が実る。
そしてその満月の晩にだけ、一夜限りの命を散らす。
僕は、約束を守って、一緒に、眺める。
彼女の紅い瞳が、花開く。
また、今年も。
Fin
由来:七夜物語とは
いあはーと(CQA15342)さんがファンタジーにこだわって作詩、
それを読者一歩(VYN06234)がSFにこだわって作文、
という形式で作られる、詩と文を同時に発表という、共同製作の試みです。
この製作形式以外に拘束はありませんので、連作の名を冠してはいても、又、同じ名の詩と文であっても、実は各作品全く別個のものです。もちろん、どれから読まれても、どれも読まなくても、はたまた、詩だけ読んで文は読まないと言った楽しまれ方をしても全く問題ありません。
さて、今回の出来はいかがでしたでしょうか。
原作詩の感動を薄める事なく伝えられていれば、そしてそれに敗ける事なく輝いていれば、作文担当としては言う事がありません。
どうか宜しくお願いします。
ありがとうございました。
Reference
Nifty:FSF1/MES/7/865 七夜物語 第一夜 飛翔
Nifty:FSF1/MES/7/1046 七夜物語 第二夜 詩 黒い翼、蒼い雫
Nifty:FSF1/MES/7/1047 七夜物語 第二夜 文 黒い翼、蒼い雫
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