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   七夜物語 第四夜


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                       七夜物語  第四夜 (詩)
                             By いあはーと



 北極星が光ったら教えてあげる

  だから、もうお休み…








 ひどくやせたその女の人は

 一人ぼっちで空を見上げて

 今夜も北極星が見えないの、と呟いた



 とおい故郷をさがして、彼女は空を見つめていた

 僕はそのとなりに座って、同じように空を見上げる

 彼女の毛布に一緒にくるまって

 僕らはいつまでもそうしていた



 僕が紅茶とサンドイッチを持っていくと

 彼女は小さく手を振ってくれた

 サンドイッチはほとんど食べなかったけれど

 彼女は熱いお茶をすすっては、美味しい、と笑った



 毎晩彼女は話をしてくれる

 遠い世界の事や、彼女の故郷の事

 星の話や、大きな海の話

 この街を出た事のない僕に

 彼女は外の世界を見せてくれた



  日に日に彼女の肌は白く透けていき

  声は細くなっていく



 ある晩のこと

 彼女はいつものように手を振ってくれなかった

 その代わりに、いつもの丘の上で横たわったまま

 小さな声で僕の名を呼んだ


 彼女は苦しそうに息を吐きながら肩を揺らしていたけど

 僕は彼女を毛布にくるんで一緒にいることしかできなかった



 荒く息をつきながら、彼女は空を見つめ続ける



 良く晴れた日曜の夜、空に今年初めての北極星が光った

 僕は興奮して彼女を抱え起こして、その星を指差した

 だけど、彼女はぼうっと視線を泳がせるだけ

 それで僕は、彼女がもう光を無くしているのを知った




 今夜も、空には北極星が光る

 だけど、彼女の鼓動は少しずつ小さくなっていく


 銀の粉を吹き付けたみたいな、きらきら光る夜空

 僕はその無数の星の下で、ずっと彼女の体を抱きしめていた



 もう彼女には見えないから

 僕は涙を流しても平気だった



 星は、まだ出ないの?

 彼女が尋ねる


 僕は彼女の細い髪を撫でながらささやいた

 もう、いいからお休み

 北極星が出たら教えてあげるから


 僕の言葉に彼女は安心したように微笑を浮かべ

 ゆっくりと目を閉じた…








 北極星が光ったら教えてあげる

 だから、もうお休み…


                            fin










 七夜物語 由来
 七夜物語は、私、いあはーとが、詩を書き、それを元ネタに一歩さんが小説を書く、という試みです。
 それぞれ独立した話で、どちらかがどちらかの続編、てなことはないので、詩と物語、どちらを先に読んでもまったく問題ありません。
 もし、この話を読んで、他の作品にも興味を持たれた方がいれば、前作3つもあわせて読んでいただければ光栄です。


お詫び
 今回もまた間が離れてしまいました。
 まず僕が詩を書かなければこの企画は動かないので、遅れるのはみんな僕の責任です。
 一歩さん、まっててくれた方、ごめんなさい。



                 CQA15342@nifty.ne.jp
                 member.nifty.ne.jp/Earheart/index.htm
                 いあはーと










   Polar star
                       七夜物語  第四夜 (文)
                                By 一歩



                       --- prelude : milky way ---

 男には、冒険がつきものさ。
 僕は胸のサングラスをイキにかけ、そうつぶやいてから街を離れた。
 草に埋もれた道を歩き、消えかけている小川の跡を間切り、隠れる様に存在していた、いわくありげなトンネルを潜り抜ける。
 そして、僕はその丘を見つけたんだ。
 光の色が、全く違った。街で見たどんな景色とも、何かが違った。
 丘は銀色の壁が周囲を囲っており、それほど広い土地ではない。そして、見上げれば、そこには漆黒のガラスが張り巡らされていた。大きな鳥籠、そんな印象を、僕は受けた。
「誰?」
 突然のその声に、僕は飛び上がって驚いた。
 無人だと、僕だけが見つけた秘密の場所だと思っていたんだ。
 見上げていた首を元に戻して、声の主を探す。
 どうしてさっき気がつかなかったのか、見逃していたのか。
 丘の真中に、白くて細い影が立っていた。

 そして、僕は彼女を見つけたんだ。

                            --- Andromeda ---

「おい、坊主、何処へ行くんだ!」
「ごめんよ、親父!」
「あ、こら、頼んでおいた仕事はどうしたぁ!」
「帰ったらするからぁ!」
 僕はバンダナを掴んでかけだした。どうやら、つかまらずにすんだみたいだ。街を一周する道路を走りながら見回せば、向うにはパックじいさんの小屋が見える。水車が順調に回っているって事は、僕の仕事はそんなにないって事だ。あんまり良心を痛ませずにさぼれるというもの。
 もう追いつかれないだろうという所まで来てから、やっと一息。木陰でバンダナを締め直した。ん、ちょっと傾いたかな? もう一回締め直す、よし、これでオッケー。男は、みだしなみが肝心さ。
 そして、「秘密の小道」を前進した。

「誰?……あら、また坊や?」
「坊やはよしてくれよ。大して変わんないじゃん。」
 やっぱり彼女は、あの丘で真上を見上げていた。
 どうしてあんなにまっすぐ、そしてじぃっと立っていられるのか、不思議だ。
 とても白い肌、あれは白いなんてもんじゃない、それを通り越している。青白い、というんだと思う。そして、ガリガリにやせた体。背丈だって、そんなにない。僕の方が優に勝っているくらいだ。
「変わらない?……年齢の事? おあいにくさま、私は貴方よりもずっと年上よ。」
 僕は上から下まで彼女をしげしげと見つめて、それからこう言った。
「うっそだあ。」
 絶対だ、賭けてもいい。この娘が俺よりもずっと年上なんて、あり得ない。
「本当よ。貴方、まだ20にもなってないでしょう?……私の方が10倍は年上ね。
 全く。20にならないと、いえ、なってたとしても、ここにはあんまり来ては行けないはずなのに。貴方、どうやってここに来たの?」
「どうやって、て。歩いて。」
「違うわよ。そうじゃなくて。どうしてここに来たの? 理由よ。」
「どうして、って、言われても……」
 大きな灰色の瞳が見つめてる。やせた頬骨が判る。その頬骨と、それから目尻の辺りに、小さな銀色の四角形が貼りついていた。あ、首筋にも。
「その……理由なんかないさ。来てみたかっただけだよ。」
 僕は目線を落した。彼女の細い手首が視界に入る。僕はそれを見つめながら黙った。
 手首にもだ、似た様な銀色のプレートが貼られている。なんなのだろう。
 それ以上の答が得られなかったので、彼女は諦めたらしい。
「……そう。まあ、子供に理由を聞いても仕方ないのかしら。」
「子供じゃないって!」
 僕はムキになって言い返す。
 少しだけ、彼女が笑った。

                             --- Pegasus ---

「……今夜も、北極星が見えないの。」
 あの丘は、いつもの通り、何処か青い光につつまれていた。街に降り注ぐ明るい光とは、何処かが全く違う光が。
 そして彼女も、いつもの通り、まっすぐに立って見上げていた。
 淡い、淡い色の金色の髪。羽の様に柔らかに見える金色の髪。そこから細いうなじが現れ、とても薄い服を纏った体へと伸びていく。薄い服は、立ちつくす彼女の体を、流れる様になりながら包んでいる。
 ここに風が吹いたら、とても綺麗だと思う。何故か、この丘には風は吹かないのだけれど。
「ホッキョクセイ?」
「星よ。」
「ホシ?」
 彼女の隣で、彼女と同じ様に上を見上げて、僕はつったっていた。彼女が何を見てるのかなんて、全然知らないけど、判らないけど、同じものを見ていたかった。
「星。恒星ね。そして銀河。星群。宇宙の中に瞬く光。」
「……」
 何の事なのか、全く判らない。
 だけど、僕はあえて尋ねたりしなかった。
 男は、黙っているのが格好イイのさ。

「なあ、親父。ホシって、なんだ?」
「んあ?」
 パイプをふかしながら、暖炉を見ていた親父がこちらを振り返った。
「お前、何処でそんな言葉を聞いてきたんだ。」
「いや、聞くって訳でもないんだけどさ。ちらっとさ。」
 内心冷汗が流れた。親父の目線が痛い。
「……ふん、まあいい。今はそんなの知らんでいい。」
「ふうん。」
 それ以上は突っ込めなかった。暖炉の中で木のはぜる音がする。
 唐突にまた、親父が口を開いた。
「20になったら、祭りがあるだろ。」
「え? ああ。」
「そん時に、教えてくれるよ。」
「……へえ。」
 待てねえよ、そんなに。
 そんな気持ちがした。
「ちょっと散歩にいってくる。」
 寝転んでいたソファから立ち上がり、外に出る。
 祭りの時、街の20になった奴らが全員集められて、何処かに行く。親父の言っていたのは、あれの事だろう。……何処へ行くのか、そして何をしたのか聞いても、誰も教えてくれなかった。仲のよかったトム兄ちゃんですら、笑って、
「長が”大人の自覚を持って勤めろ”って説教くれたのさ。」
 としか言ってくれなかった。嘘だ。きっと、もっと何かあったんだ。
「ちぇっ。」
 家を出しな、足元にあった空き缶を蹴る。
 思った以上に大きな音をたてて、それは転がっていった。

                            --- Monoceros ---

 最近の僕は最低だ。今日も仕事をさぼって、一日草原で寝ていた。
 あお向けに寝転がっていれば、視界の中にパックじいさんの水車小屋が見える。
 草を食わえて暫く見ていると、その水車が止まった。太陽が明るさを落して行き、赤い色に、そして、消えて、夜になる。
 僕はおもむろに立ち上がった。
 一度家に寄って、朝にくくっておいた荷物を取り上げる。
「待ちな。」
 後ろから、親父の声がした。
「……最近は、どうしたんだ? 夜の散歩が増えているぞ。それに、仕事は。」
「……」
 しかられる、と、思った。それでもいい、と、思った。
 だけど、親父は小さく笑ったみたいだった。
「まあいいさ。」
 それだけ言うと、扉を閉じて自分の寝床に向かう足音が聞こえる。
 一人言だろう、
「……何処に行ける訳でも、ないんだがな……」
 微かに親父のそんな台詞も、聞こえた気がした。

「やっほ。今日はいいものを持ってきたぜ。」
 いつもと同じ。彼女は丘にたって見上げていた。
 僕も見上げてみる。何もなかった。
 夜のはずなのに、相変わらず、この丘には青い光が満ちている。
「ホシは、見えたかい?」
「……見えないわ。」
 彼女は見上げたままだ。
「ふうん、そうかい。……なあ、それよりもさあ、今日はいいものを持ってきたんだ。へへ、」
 そう言いながら僕は荷物の中を探る。
「じゃじゃあん。ほら、どうだい? なあ、ほら!」
 やっと、彼女は見上げていた目線を戻して、僕を見た。僕の手の中にあるサンドイッチを。
「倉庫の中をこっそりあさってね、今年一番の肉をせしめて来たんだ。うまいぜ。ほら、紅茶と毛布も持ってきたんだ。」
 彼女の目が曇る。
「……ごめんなさい。食べれないの。」
「……ぇえ? 駄目だよ、何か食べなきゃさあ。だいたい、女の子はちょっとはぽっちゃりしてる方がもてるってもんだぜ。そんなにガリガリじゃ、と……」
 今のは、悪かったかな? 彼女の目を見てみる。悲しそうだった。
「違うのよ。食べないんじゃなくて、食べれないの。そういう体なのよ。」
「病気? にしたって、食べなきゃ……」
「病気でもないわ。単に、食べる必要のない体だってだけ。ううん、食べれない体だってだけなの。」
「……そうか。食べないのか……」
 よく判らないけど、僕の手の中にあるサンドイッチ、意味がなくなってしまった。
「ほら、がっかりしないでよ。男の子はへこたれないの。もう。
 あ、そうだ、紅茶なら飲めるわ。飲み物だけなら、なんとか濾過させられるから。ね、飲ませて。」
「あ、ああ! もちろんさ、ほら!」
 僕はサンドイッチを放り出して、彼女に紅茶を注ぐ。
「熱いから気をつけて、はい。」
「ありがとう、あつっ!」
「ほらあ。」
 僕らは二人で笑った。
 彼女は微笑みながら一口飲んで、また微笑む。
「……美味しい。
 あったかいわ。
 ふふ、暖かいとか、熱いとか、暫く忘れてたわね。これだって、必要ないと言えばない感覚だったんだけど。何故残ってくれてたのかは知らないけど、でも、よかったわ。」
「よかったかい? なら、よかった。」
 僕には彼女の答がトンチンカンだ。僕の答えもトンチンカンだ。
 また二人で笑った。
 彼女が毛布を拡げ、自分と、そして僕とを包む。
「本当、暖かいわ……」
 そして上を見上げた。
「暖かいね……」

                              --- Cetus ---

「ねえ。」
「うん?」
「いつも上を見上げて、何を見てるんだい?」
「”上”じゃないわ。”空”を見上げているのよ。」
「ソラ?」
「そう、空。宇宙。
 宇宙を見つめているの。」
「ウチュウ?」
 彼女は”ソラ”を見上げていた目線を戻し、僕を見つめた。
「そうね。教えちゃっても、いいかな。」
そして話し出す。
「本当は、20にならないと教えない事なのよ。」
 また、黒いガラスを、”ウチュウ”を見上げる。
「これはね、この景色はね、私達の街の”外”なのよ。
 そして、私達は旅をしているの。”街ごと”でね。
 目標は、北極星。
 ……北極星はね、私達の”故郷”なのよ……」

 草原に寝転がる。見上げる視界の中には、太陽が、一本の細長くて大きな棒が、黄色い光を放っている。そして、その光の向こうには、前と同じくパックじいさんの水車が回っているのが見えた。パックじいさんの水車小屋の前を走る道は、ぐるりと回って、僕の寝る草原の端を通り、僕の家の前を通り、そしてまたぐるりと昇っていき、パックじいさんの小屋の前に戻る。
 この”地面”が、”シリンダ”と呼ばれる、バケツの側面。
 そして見えないけれど、パックじいさんの小屋の下、バケツの外側は、あの黒いガラスと同じもの”ウチュウ”が詰まっている。”ウチュウ”の中では人は生きていけない。水の中で溺れるみたいに、”シンクウ”というのに溺れてしまう。だから、僕達はバケツ中に空気を詰めて、そのバケツに蓋をして空気が洩れない様にして、”ウチュウ”の中を旅をする。
 ”故郷”の”チキュウ”へ。”ホッキョクセイ”と一直線に重なって存在している”太陽”という”コウセイ”の側にあるはずの”ワクセイ”へ。
「……判んね……」
 でも、彼女が嘘を言うとは思わない。
 そうさ、男は、相手を信じるモノなんだ。
 それに、彼女は”ホシ”の事も話してくれた。

「シリウス。ヴェガ。アルタイル。
 一粒で輝く大きな星よ。
 そして、沢山の星の集まったのが、銀河。
 アンドロメダ、小マゼラン、大マゼラン。
 それに、星座ね。綺麗よお。
 白鳥座、大鷲座、南十字星。
 北斗七星……
 このまっ暗な宇宙の中に、白く、あるいは青く、また赤く、沢山の光が溢れるのよ……」
「この、黒いガラスに?」
「ふふ。幾ら説明したって、見た事がないんだもの、判らないわよね。」
「君は?」
「え?」
「見た事があるの?」
「あるわ。
 っていうか、メモリにあるのよね。」
「メモリ?」
「そうよ。私自身は見た事がないかもしれない。でも、私と繋がっているこの”船”が、全てを知っていたわ。」
「フネ?」
「話したでしょ? バケツよ。私はこのバケツの航海士なのよ。」
「コウカイ、シ?」
「そうよ。あまりに高度な科学技術は、小集団である移民船では保たないわ。ストレスなく回る為には農耕レベルにまで生活を落すしかない。でも、それではいざという時に対応が出来ない。大半はコンピュータに任せるとしても、何かがあった時には人が船に介入できる様にしておかねばならない。
 だから、私がいるのよ。」
「君が……この、街、を……?」
「そうよ。……驚いた?」
 ちょっとしたびっくり箱を開けてやった。彼女の瞳に、そんないたずらっぽい光がともっていた。
 僕は、その光に合わせて笑っていればよかったのかもしれない。
「君……一人、で?……」
「……そうよ。」
 彼女の瞳の笑いが消えた。まだ微笑んでいる。でも、瞳からその光は消えていた。
「一人で充分なのよ、二人もこんな事する人はいらないわ。
 ほら、今いった環境ストレスの意味からも、変に科学技術に触れている人は、少なければ少ない程いいのよ。それにね、船長が二人いるってのは、色々と問題なの。心理学とか、貴方は知らないでしょうけど。何にも決まらなくなっちゃう。」
「ずうっと、一人、で?……」
「ずっとじゃないわよ。そうね、ほんの200年くらいなものよ。
 あら、ちょっと。なんで貴方が泣くのよ。
 私が年上でそんなに驚いたの? まったくもう、ほら。」
 彼女が毛布をかけて、肩を叩いてくれる。
「……泣いてないよぉ。」
 僕はごねた。
「はいはい。」
 彼女はとりあってくれてない。
「……暖かいわね……」
 ポツリ、と小さい声で、空を見上げながらそう言った。
 暖かいね。
 同じ毛布の中で、同じ漆黒の空を見上げながら、僕もそう思った。

                             --- Cygnus ---

 夜の草原から、虫の声が消えていく。頭上を貫いていた太陽が、徐々に白い光を帯び始め、街は夜から朝へと変わり始める。
 朝の光の中で、改めて小さな街を眺める。そう、小さい。この世界の外側と比べたら、はるかに小さい。今の今まで、ほんの昨日まで、この街は僕の世界の全てだった。
 でも、彼女が話してくれた、”ガラスの向こう”が存在する事を教えてくれた。途端に、街はとても小さいものに変わってしまった。
 パリ、ニューヨーク、ロンドン。”チキュウ”という”故郷”の上にあるという、大きな街の話、夜も光で溢れている、この街の何倍も何倍もの人達が暮らしているという街。”地平線”が見える土地、”水平線”が現れるぐらい大きな水たまり、”向う側”よりも高くそびえる建物……
 だけど、どんなに小さくても、やっぱり大きい。彼女に比べたら、ずっとずっと大きい。彼女は街よりも、もっと、もっと小さく思えた。
 俺はぐるぐると歩き続けるのをやめて、家に向かった。
「親父。話がある。」
 その朝、起き抜け一番の親父を僕は捕まえた。仕事に行こうとしていた親父は、玄関で足を止めて僕に振り返った。
「親父。……僕、僕、大人に、なりたいんだ。」
「……なればいい。時間がたてば、年をとるさ。」
「違うんだ。そうじゃないんだ。」
 うまく言えない。
「僕、僕、助けたいんだよ。力になりたいんだ。」
 あんなに小さい肩で、あんなに華奢な手首で、たった一人で、この街を支えているなんて。
 せめて、僕だけでも、彼女に負担をかけないで済む様になれば。せめて、僕が幾らかでも肩代り出来たら。
「……そうか。」
 親父がそう答えた。そして、続けて口にする。
「仕事をさぼらん事だ。」
「うん。」
「今の二倍の時間、働く事だ。」
「え、それは……」
 彼女に会いに行けなくなる。
「なら、今の二倍の密度で仕事をこなせ。」
「うん!」
「そうだな。後は。お前、助けたい、と言ったな。」
「言ったよ。」
「そうだ。周りの奴を助けてやれ。嫌いな奴でも、嫌いでない奴でも、だ。」
「そうすれば、大人になれるかい?」
「お前はもう大人だ。これからつけるのは、力だ。
 さあ、もう日も高い。仕事に行け。」
 そして親父は出ていった。

「あら、どうしたの? 今日はやけにしんどそうよ。」
「いやあ、なんでもないよ。ちょっとね。」
 男は黙って働くものさ。
「今日も持ってきたよ、紅茶と、サンドイッチと、毛布。
 ……ねえ、本当に何も食べないの?」
「食べないの。だから言ったでしょう。あのね、私の体は半分が機械なのよ。
 この船と、この船のコンピュータとシンクロしないといけないんですからね。」
「だからって、食べないでいいなんて、」
「食べなくて大丈夫なの。ちゃんとエネルギーは補給されてるのよ。」
「ちぇ。よく判らないよ。」
「判らなくていいの。ほら、だから貴方が全部食べなさい。お腹、すいてるんでしょ? そういう顔してるわよ。ほら、遠慮なく。」
「……んじゃ、遠慮なく。」
 サンドイッチをぱくつきながら、彼女の目線をおいかけて上を見る。ウチュウは暗いままだ。
「……ホッキョクセイ、見えないね。」
「……ええ。」
「……ねえ、シンクロって、なんだい?」
「そうねえ。私はこの船と感覚を共有してるって、言えば、近いかな?
 この船は、色々なセンサを持ってるわ。赤外線、紫外線、放射線。人の目には見えないものも見てる。それを、私も見てる。
 でも、今夜も見えないのよ。」
 彼女の灰色の瞳。僕には見えないものを見つめる瞳。
「今、船は盲目航行をし続けているのよ。そう、もう何年も。何十年も。こんなに星間物質の層が厚いなんて……」
「セイカンブッシツって、なんだい?」
 ここ最近、彼女の言葉に出てくる単語を聞き返すのが、僕達の会話になっている。
「んーとね。雲よ。微粒子の集合。今居る雲のやっかいな所は、光の反射をしない、というか、散乱させてしまう粒子だって所ね。」
「雲?」
「あ、そうか。このバケツに雲はないわね。えーとね。霧よ、霧。今私達は黒い霧の中に居るのよ。」
「黒い霧を抜けたら、星が見える?」
「そうよ、見えるわ。私達の計算では、もう見えてるはずなのよ……おかしいのよね。
 計測機器が故障したのでなければいいんだけど。予想外の粒子雲の中をつっきっているのだし、あり得ない事じゃないのよねえ。」
「なんだ、故障かい? だったら問題は簡単だ、修理すればいいんだ。」
 上を見上げていた彼女の瞳がこちらを向いた。
「ふふ。正論よね。その通りよ。
 でもね、駄目なの。
 修理したくても出来ないのよ。もう、替えの部品はないの。」
 また上を見上げる。
「航海士も、私が最後よ……」

                             --- Sagitta ---

「今夜も、北極星が見えないの。」
 彼女はそう、つぶやいた。
 僕よりも沢山のものを映している瞳は、全てを見通すように上を見上げているのに。もしも目線に力があるのなら、リュウシウンも何もかもをつき抜けて、きっとホッキョクセイを連れて来るのに。
 もう、何回、この台詞を聞いただろう。幾つの夜を越えれば、ホシは見えてくれるのだろう。
「……紅茶、熱いよ。」
 その僕の声に反応して、彼女の灰色の瞳がこちらを向いた。
「ありがとう。」
 小さく微笑む。
 彼女の差し出した腕に、僕はカップを渡そうとした。
「はい、あっ!」
 目測を謝ったらしい。彼女の手に触れる前に、僕はカップから手を離してしまった。音もなくカップが草の上に落ちる。中身がこぼれて土の中に消える。
「どうしたの?」
 彼女の目線は、こちらを向いたままだった。
「……ん、いや……」
 手の平を、そっと、彼女の顔の近くに持っていく。持っていって、振ってみる。
 彼女の目線に変わりはなかった。
「なんでも、なんでもないんだ。あ、カップの中にゴミが浮いててさ。入れ直すよ。」
 そう言ってから、音を立てない様にしながら屈んで、落ちたコップを拾う。紅茶を注ぎ直す。
「はい。」
 今度はきちんと手渡した。しっかりと。
 彼女は一口すすってから、また上を見上げた。星を探して。
「……」
 僕も見上げた。彼女の目線を追って。星を探した。

 いつまでだって、星なんか見えなくていい。
 僕は昨日まで、そう思っていた。
 一瞬でも早く、星よ、見えてくれ。
 今日から僕は、そう祈っていた。
 早く。早く。彼女がまだ大丈夫なうちに。
 僕には彼女を直せない。修理の為の部品はないんだ。
 僕は男なのに、役にたたない。
 僕は一所懸命に星を探した。

                              --- Virgo ---

「やあ、また来たよ。」
 彼女の近くに行く時、何か行動をする時、いつも声に出してから、物音を大きくたてながらやるようにする。
「いらっしゃい。」
 一瞬だけこちらを、声のする方を見つめて、微笑んでくれる。
 そしてまた上を見上げる。
 僕も一緒に見上げて探す。
 時間の、許す限り。

 そして、時間が過ぎていった。

「どうしたんだ!」
 青い光の満ちたいつもの丘に、彼女は立っていなかった。
 倒れていた。
 僕はかけより、彼女を抱き起こす。
 倒れても、彼女の瞳は上を見上げていた。
「……星を……星を……」
「しっかりしてよ、ねえ!」
 大きく肩をゆする。
 彼女の目線が揺らいで、僕の方らしい所を見つめた。
 その手が、肩をゆすっていた僕の腕に重なる。
「また来てくれたの? ありがとう。」
「ねえ、ねえ。しっかりしてよ!」
「大丈夫よ、ちょっと倒れただけだから。それより、星を探さなきゃ……」
 彼女の目線がまた上を向いた。
「ちくしょお……」
 僕は彼女を抱きしめた。
 肩を支えながら、彼女を毛布にくるみ込む。彼女の肌はとても冷たかった。抜ける様な色の白さは、更に青みを増していた。
「ちくしょお……」
 そして空を見上げる。
 チカリ。
 涙でぼけた視界の中で、何かが瞬いた。
「!」
 あれは。あれは。
 まっ暗な宇宙の中に、まっすぐ上に、光の点が一点。
「……星だ。星だよ。見えたんだ! 北極星だよ!」
 腕の中の彼女を抱きしめる。
「見てごらん、北極星だ! 見えたんだ!!
 見えたんだ!!!」

                       --- finale : polar star ---

 丘は、青い光に満ちていた。
 でも、もう空はまっ黒じゃない。
 沢山のきらめきが、白く、青く、赤く光っている。
 船は雲の中をつき抜けたんだ。
 そして、その中心には北極星。
 あれ程に求めた無数の星の下で、僕と彼女は毛布の中にくるまっていた。
 時々、彼女がうなされた様につぶやく。
「……星は……星は、まだ、出ないの?……」
 その灰色の大きな瞳は見開かれたまま、遠く、高くをみつめている。
 何回声を枯らして伝えただろう。何度繰り返して伝えただろう。見えている、と。もう星は見えている、と。
 だけど、彼女はうなされ続けた、ずっと上を見つめ続けた。
 僕は彼女を抱きしめた。
 柔らかな髪を優しく撫でた。
 そして、耳元でそっと伝えた。
「まだ、まだだよ。でも、安心して。
 北極星が出たら、きっと教えてあげるから。
 だから、だから。もう、いいから。お休み……
 きっと、教えてあげるから……」

 僕のその言葉に、彼女は安心したように微笑を浮かべて。
 そして、ゆっくりと、目を閉じた……
 見上げ続けていた目を。見開いていた、灰色の瞳を。
「北極星が光ったら、教えてあげる。
 だから、お休み……」
 もう、言葉にならない。
 僕は涙を流し続けた。
 お休み……


                                   Fin










 七夜物語とは:
 いあはーと氏がファンタジーにこだわって作詞、
 それを元に一歩がSFにこだわたって作文、
 という、一風変わった共同製作の試みです。
 シリーズものとなっていますが、それはこの製作形態の故であり、各詞、各文には何の繋がりもありません。
 とはいえ、興味を持たれましたら、合わせて前作達も読んで頂ければ幸せです。

 待たれていた方、大変お待たせ致しました。七夜物語の第四夜をお送り致します。
 待たれていなかった方、初めましての方、これは独立したお話ですので、御安心してお読み下さい。ちょいと時間を割いて頂けると嬉しいです。
 それではいあはーと氏の詩ともども、よろしくお願い致します。


Reference
Nifty:FSF1/MES/7/865 七夜物語 第一夜   飛翔
Nifty:FSF1/MES/7/1046 七夜物語 第二夜 詩 黒い翼、蒼い雫
Nifty:FSF1/MES/7/1047 七夜物語 第二夜 文 黒い翼、蒼い雫
Nifty:FSF1/MES/7/1390 七夜物語 第三夜 詩 紅い瞳
Nifty:FSF1/MES/7/1391 七夜物語 第三夜 文 紅い瞳
                             
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