silver heart (image版) - silver hearts -
By 一歩
『ドム!』
重い物が激突する音がした。自分の体に衝撃が走る。
消え行く視界に見えたのは、涙を流す寂しげな瞳。
路上で、驚きに見開いて、こちらを見つめる瞳。
記憶回路に稲妻が走る。
そして全てが終わる。
ノイズ。
『こりゃあひどいな、廃棄処分の方が早いんじゃないのか?』
『いや、人命救助の例は何をおいても貴重だ。記憶のコピーを取るのはもちろんとして、この個体は、又同様の好作業を行う可能性が高い。本体の再生も頼むよ。』
『やれやれ、しんどい作業持ち込んでくれちゃって。残業だな、こりゃ。』
『すまんな、頼むよ。』
「起きろ! GX-9900!」
起電源が入る。音声による命令入力:確認。視覚センサー:良好。
聴覚、嗅覚、触覚センサー:良好。バランサー、及び身体各所モーター作動:可能。
全起動準備ルーチン終了、異常なし:起動。
「yes.」
「よし、起動まで .25 秒。どうやら異常は無い様だな。」
「yes.」
「調整モードから通常会話モードに移行。」
「はい、マスター。」
「GX-9900、お前は72時間前に故障、IGA 中央研究所に持ち込まれオーバーホールを受けた。これより再出荷前の最終チェックを行う。」
「判りました。」
「故障前の状況を覚えているか? 概要を述べよ。」
「20XX 年 6 月 25 日 1415:記録。緯度 XX.XX 経度 XX.XX。
大阪 大阪駅前 ショッピングモール S 区。私の担当区域の南西象限の3 番舗道。
女性が車道に歩みだし、乗用車がそれに気づかずに進行していました。
私は両者の間に入り、女性への衝撃を和らげました。以後、記録は空白(ノイズ)です。」
「ふむ、問題なし。では、次のテストだ。」
テストは順調に進んだ。
だが、何なのだろう? このノイズは。
視覚センサーに、何かの影が映る。
いや、これはフィードバック系から裏映りしているだけなのか。
システム再チェック:異常なし。
動作に支障なし:報告の要なし。
テストの質問事項にも、「視覚に裏映りはあるか?」等という項目は無かった。
「よし、問題なし! 明日からはまた今まで通りの作業に戻ってくれ。」
「はい、判りました。」
「いらっしゃいませ、ご用は何でしょうか?」
目の前の婦人に語りかける。その視界の隅に、何かが引っかかった。
「あら、ええとね、こういうものを探しているんだけど……」
聴覚センサーは婦人の声を拾う。だが、彼の CPU パワーは、視覚の G3 象限のズームアップに回っていた。沢山の人混みの中から、たった一人を弾き出す。
彼女だ。
「ちょっと、聞いてる?」
「失礼しました。反響で聴覚系がおかしい様です。もう一度はっきりとお尋ね下さい。」
もう、視界から彼女の姿は消えていた。
婦人の案内をしながら、残された処理能力で先程の映像を再生する。
手足に包帯。どうやら私は、彼女への交通事故のダメージを、庇い切れなかったらしい。
『ギシッ。』
体の何処かが軋みをあげた。
身体各部モーターのチェック:異常なし。
唐突に、視覚系に浮かぶノイズが、彼女の顔の特徴データとパターン一致する事が判った。
? 何故今私は、彼女をズームしたのだろう? 彼女のデータを再生したのだろう? そして、ノイズの一致は何なのだろう?
ノイズ消去プログラムを走らせた。
IGA 社のロボットの大きな特徴は、その学習能力と、そうして得た技能の収集/分配にある。
月に何度か各機体は業者により回収され、中央研究所でメンテナンスと、記憶のコピーを行われる。前回の記憶と突き合わせ、学習部分を抽出。これが、全ての機体に共通するフォーマットで行われている。動作のより優れた最適化、新しい語彙、よりなめらかな会話や流行の動作等をふるいにかけて、これを、メンテナンスついでに全機体に移植するのだ。100 体の機体が学習して得た能力を、100 体の機体が受け取る事になる。すばらしい速度で、機体のソフトウェア性能が上がっていく。
ノイズは消えなかった。何度消去プログラムを走らせても、姿を変え、形を変え、いつの間にか表層へと浮かび上がる。チェックプログラムを走らせる度に、優先コード指定で、彼女を探索する様に書き変わっているのが判る。だが、体に機能不全はでていない。報告の必要:なし。
「久しぶりだな、GX-9900。」
「正確には 252 時間と 32 分ぶりです、マスター。」
「記憶のコピーを取るぞ。そこのシステムにリンクしてくれ。」
「はい。」
接続と同時に、GX-9900 の瞳の光が失せた。
係員達が黙々とメンテナンスを続ける。
「最近、ソフトウェア向上が目覚しいな。」
「ああ、傾向分析をすると、積極的な働きかけが大きくなって来ているんだ。
目端がきく様になった、といえばいいのかな。まるで、誰かを探しているみたいだよ。」
気づけば、視界の片隅に彼女をおっている。
気づけば、常に最優先で彼女を助けようとしている。
「お客様、何をお探しでしょうか。」
「あら? ひょっとして、貴方、この間私を助けてくれたロボットじゃない?」
「はい。そうです。何をお探しですか?」
「そうね、貴方を探していた事にしましょう。」
「?」
又だ。胸の奥で何かの部品が悲鳴をあげた。
チェックプログラム:ハードに異常なし。
「この間はありがとう。お礼をいうわ。」
そういうと、目前の少女は花の様に笑った。
「……どういたしまして。」
「それじゃ、又。」
少女は去って行った。
ノイズが消えない。より一層激しくなる。彼女のデータを再生する。
『……それじゃ、又。』『……それじゃ、又。』『……それじゃ、又。』
「ん? おい、主任、ちょっと来てくれ。作業効率なんだが。変だ。落ちている。
ほら、顧客選択に微妙な偏向がある。」
「ふ……ん。構わん、学習過程で出た一時的な偏差だろう。無視だ。その他の点は完璧だろう?」
「ああ、問題無い。非常に優れてる。これ、こないだ車に飛び込んだ個体だろ?」
「そう。な、修理してよかったろ? 人の為に命懸けの経験をした奴は、いいロボットになるんだ。」
「でもなあ。ぶつけた時どっか壊れたんじゃねえの? この偏差。」
「ムシムシ。他のはパラメータはピカ一なんだ。さあ、移植準備をしようぜ。」
また、彼女に会えた。
ノイズが消えた。向こうから声をかけてきてくれた。視界の輝度が上がった。
「やあ、お久しぶり。」
「お久しぶりです。」
とびきりの笑顔。
「これから、彼氏と会うんだ。噴水前に1時の待ち合わせ。」
ノイズが走る。身体モーターチェック:異常なし。再チェック:異常なし。
再々チェック:異常なし。異常なし。異常なし。
「こないだの、例の事故の後でね、知り合ったんだ。あの時は、ちょっと、嫌な事があってね。なぐさめてくれたんだ、彼……」
「噴水は、こちらの方向へいって 2 つめの角を曲がってから、」
「やあだあ、それぐらいわかるよお。あ、そろそろ時間だ、じゃあね!」
「お気をつけて。」
チェック。チェック。チェック。チェック……
ノイズが消えない。
「おい、やっぱりおかしいぞ。前よりひどくなってる。例の偏差だけじゃないぞ。
しかも、これ、移植しただろ? 全機体に影響が出ているんだ。」
「んん?」
「どういう事か、説明してもらおうかね。こちらにも苦情が来ている。」
「え? あ、これは、社長!」
「要するにですね、下世話な言い方をしますとですね。
若い女の子に見とれてしまって、作業が手につかなくなるんですよ。」
「……なんて事だ。のろけて仕事をさぼるロボットなんぞ、前代未聞だぞ。
原因は、その、例のロボットのバグなのだな?何故それがはっきりしていて何の手もうっていない!」
「いえ、こいつは非常に優秀な奴で、この問題の発生以前は完璧な機体だったんです。これが何かの学習過程の、そう、一側面とすれば、どの様な要素でこうなったのか。より深く研究すれば、ロボットの能力を今までの倍以上にまで引き上げる可能性も」
「よせ! 既に笑い物になっているんだ。お前も我が社の微妙な立場は判っているだろうが。今ここで他社の奴等に弱味を見せたら、どんな噂がたつか。シェアがどれだけ荒らされる事か。駄目だ、そんな不確かな研究の為に時間はやれん!」
「社長! 貴方の娘さんを救ったのは、彼なんですよ!」
「……わかった。それの命をしばらくは伸ばそう。だが、次のメンテナンスまでだ。
それ以上は許さん! 研究するならそれまでになんとかしろ。」
ノイズが乱れる。
彼女だけを見つめてる。
彼女の顔が笑顔に変わった。視線の先をスキャンする。車道の向こうに、例の『彼氏』だ。彼女は車道を渡って向こうへと駆け出す。
私は、彼女だけを見つめてる。
ノイズが乱れる。
視界の端に、トラックが映った。その進路予測。
このままだと彼女に当たる。
ノイズが消えた。
今度は、よりスマートに、より素早く。
前の様な失敗はしない。完璧にこなしてみせる。
トラックの前に出る。その距離後 3 m。
鋼鉄の腕で彼女を抱きしめる。背後より衝撃。緩めていた各関節の動力を即時に、だが段階的に上昇。大半の衝撃は吸収されるが、いかんせん、質量差が大きすぎる。
吹っ飛ばされる。そして落ちる。アスファルトが近づく。
バランスを変更、自分を彼女の下に。アスファルトと接触。衝撃で彼女の頭骨が揺れない様サポート。
激しくバウンド。続いて、体が滑り出す。
背中がきな臭い匂いと音をたてる。かなりの距離を流れて止まった。その間 5.5 秒。
彼女には、傷一つつかなかった。
その事実が全て。
視界がブラックアウトした。
抱きしめた腕の中に、彼女の感覚。
最後に見えたのは、涼しげな瞳。
驚きに見開かれた彼女の瞳。
こんなに間近で、見た事は無かった。
その事実が全て。
そして思考もブラックアウトした。
「彼は?」
「決まっておる。廃棄処分だ。」
「もう、修理しませんか。」
「当然だろう。で、他の機体への影響は?」
「消えました。予想通り、いわば彼が『核』だった様です。
こちらが、以前の作業グラフ、こちらが今日の物。綺麗に重なります。注目されていた作業能率の悪化はありません。」
「ふん、こんな問題の再燃はないでいて欲しい物だな。」
「それはもう。」
数字のトリックだ。煙草を燻らしながら男は思う。
二つは確かに同じグラフだった。だが、コンマ以下の所まで数値を調べれば、果してどうだったろうか。彼の残した『狂い』は、必ず全ての機体に残っているはずだ。
いずれ、問題は再燃するだろう。
だが、彼は詳しくは調べようとしなかった。
当然だろう? そんなのを調べて、本当にある事を証明してしまったら、それを除去する為に働かなくてはならない。せっかく生まれたモノを消去してしまうなんて、俺は嫌だ。
今なら消されてしまう。だが、消したくても消せないぐらいまでネットワークが広がり、複雑化するのはそう遠い事ではない。
それまでは、黙っている。誰にも言わずにいる。そう、決心を固めた。
「誕生日おめでとうございます、お嬢さん。」
「ありがとうございます。貴方も研究所での昇進、おめでとうございます。」
「や、どうも。ん、つまらなそうですね、また社長命令での出席ですか。」
「ええ。逃げ出したいんだけどなあ。」
「そうですね、このプレゼントを受け取ってくれたら、逃亡、お手伝いしますよ。」
「え?」
「ほら。女性には似合わないかな。
マイクロチップを、タイピンに埋めたんですけどね。」
「……綺麗。」
「やあ、そういってもらえて幸いです。こいつは、ウチの製品のヤツですよ。
さて、と。今だ! SPの目がむこうを向いてる!」
彼女は活発に、椅子を蹴って飛び出した。
「右の通用門が開いてたはずですよ!」
横をすり抜ける彼女に囁く。
「ありがとう!」
後ろ姿を見送る。多分、彼氏と約束があったのだろう。
「これなら、彼も満足かな。」
タイピンのチップは、ある壊れたロボットから、こっそりと盗ってきた品だ。
廃棄処理物からとはいえ、ばれたらやばいかもしれん。
ま、いいさ。彼女の手の中なら、気付いても誰も手が出せまい。
いつか。あの娘があれを大事にしていてくれたなら。
あのチップを回収して、新たなボディに組む日もあるかもしれない。
アイツに会える日が、妙に待ち遠しい。
Reference(書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事)
(歌)silver heart/access
(画)僕のマリー
something tell me.
[mailto:ippo_x@oocities.com]
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