silver heart (tear版) - silver hearts -
                                  By 一歩


 伝説の調律師。彼の手にかかったマシンは、何処にも負けない、他者を圧倒した性能を誇る。
 何が、と評価されるわけでない。ただただ、ユーザーに人気なのである。
 いわく、細やかな気配り。なんともいえない雰囲気。やさしいまなざし。

 気配り? まなざし?? は! そんな不確かなものが? 評価関数に定義できないものが?
 ブランドに酔ってるだけじゃないのか?

 彼の手によるマシンの数は非常に少ない。
 彼自身、世捨て人である。コンタクトさえままならぬ。

「ひー、ひー。」
 瓶底眼鏡の、ヒョロヒョロとした男が、険しい山道をヨロヨロと登ってくる。
 その後ろには、なんともいえない、いい若者がついて歩いていた。
 不細工な訳ではない。嫌味すぎるほどいい顔な訳でもない。
 周りの人をほっとさせ、くつろがせて、なんとなく親しくさせるような、そんな雰囲気をまとっているように思える。
「大丈夫ですか?」
「だ、だい、じょうぶな、も、のか。お、おい、手を貸せ。」
「はい。」
「何、を、している。俺を、かつい、で、いくんだ。いけ! 命令だ!」
「はい、失礼します。」
 それほどの力を持ってるとも思えない体格なのに、彼はいとも簡単に男を持ち上げると、すいすいと山道を登りはじめる。
「は、こりゃ楽だ。さすが私の最高傑作。最初からこうしとけば良かったのだ。」
 やがて、山道の向こうに、山小屋が見えはじめた。前庭に、木彫りの椅子。
 その椅子で煙草をくゆらしている老人。

「帰れ!」
「ひゃ!」
 怒声一発、とりつくしまもない。
 なんとか前口上をのべ、『アルファ』の調律を依頼する。
「なんといっても最新式、最近の学会についてきていない貴方には判るはずもないでしょうが、これに組み込まれた基本をなす多値論理素子はあらゆる細部に渡り」
「だまれ! 用件はそれだけじゃな! 確かに判ったわ、だからいね!」
「は?」
「去れと言ったんじゃ! とっとと帰らんか! 貴様、誰がそこに居ていいといった!」
「ですが、私はまだアルファの構造的特性や設計思想等説明をせねばならぬ部分を」
「やかましい! わしが聞くのは用件までだ! それ以上は何であろうと聞く気はない! 出て行かんか! いかんならたたっ殺す! そこにある猟銃は飾りじゃないんじゃ!」
「なあ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「またん!」
 老人が銃に手を伸ばす。眼鏡の男は慌てて回れ右をした。
 あんなじじいが、あの有名な調律師? 本当に? あのじいさんじゃ、せいぜい半田ごてぐらいがお似合いだ。法螺をふいているんじゃないのか?

 山小屋には、例の若者が残された。
「私はアルファと申します。」
「さっきの男に聞いた! わかっとるわい。」
「よろしくお願します、マスター。」
「わしはマスターなんぞじゃないわ! ふん! まあ、呼び名などどうでもいい。
 よろしくなんぞせんからな!」
 若者は黙って立っている。
「貴様! その胸糞悪い顔をやめろ!」
「はい? すみません、笑顔を浮かべているつもりなのですが。
 どこかおかしいでしょうか?」
「笑顔だあ? はん! 貴様は全然笑っておらんわ! その顔をやめろ!
 命令だ! これは命令だぞ! やめろ!」
 若者の顔が、能面の様な無表情な物に変わる。
「私の感情プログラムはおかしかったのでしょうか? 調律をお願いできますか?」
「しらん! 調律なんぞしたことがないわ。」
「ですが、マスター。主任は貴方に私の調律を」
「黙れ! もう一度、笑ってみろ! 駄目だ! 泣いてみろ! これも駄目だ!
 いったい、何処が笑っている? 泣いている! 貴様は二度と顔を変えるな!
 不愉快だ!」
 じいさんは椅子に座りこみ、誰にともなくつぶやく。
「……器だけではだめなのだよ。器だけでは。
 一体、中身は何処に落として来たんだ?」

 やがて、日が沈み始めた。
 老人は黙ってそれを見ている。
 若者も、黙ってたっている。
「……貴様、この夕日をどう思う?」
「美しいですね。」
「? うつくしい? どの口からそんな台詞がでてくる。
 何故、美しいなどというんだ?」
「間違っていましたか? やはり、調整の必要があるのですね。」
「そんな事はきいとらん! 何故美しいといったんだ! 答えろ!」
「感情プログラムが風景分析の結果を受けてそう判断したからです。
 より詳しくにはα要素が敷居値よりも高く且つ」
「だまれ! やめろ! くそ、やっぱりおぬしは全然わかっとらん!
 ああ、そうとも。お前はまちがっとる! ちゃんちゃらおかしいわ。」

 いつのまにか星があがり、そして消え、朝をむかえる。
「何をしとる?」
「お部屋の掃除です。」
「貴様、誰がそんな事をやれといった! 誰の許可を得てやった!」
「ですが、今までは掃除も私の役目の一つでした。」
「ここでは違う!」
「許可を得なかったのは、そうするまでもないと判断し」
「誰もおぬしの判断なぞ必要としておらん!」
「ですが貴方は昨晩も私に何も指令をしなかった。」
「それがどうした? 貴様は余計な事をしたんだ!」

「マスター。」
「何だ!」
「私は何をすればいいのです? 私は奉仕しなくてはいけないのです。」
「お前にさせる事などない!」
「ですが、」
「わしはなあ、半田ごてで出来る以上の機械なんぞ信用せんのだ!
 貴様なんぞ信用できん物の最たる物よ!
 誰が信用できん奴に仕事をまかすか! とっととそこを退け!」
「マスター、」
「黙れ! だまれよ、これは命令だ!」


 矛盾する命令。常に怒声。
 度重なる、人間らしいふりをするなという指令。
 何もするなという怒りの声。
 しだいにアルファは、能面のような、無機的な物になっていく。
 ただ、そこにあるだけの置物に変わる。

 実際、余計な事や、やり方が駄目で失敗している作業もあった。
 その尻拭いに、アルファは小さな仕事をまかせられる。
 勝手に拾ってきた小鳥の世話。(いや、『誘拐』になるのか。擬態で気をひく親鳥を無視して、肝心の小鳥を『保護』してきてしまった)

 失敗続きの飼育。そして、死。

 ぽつ、ぽつ。足元の地面に、音もなく、円形の濡れた部分が出来る。
 全く無表情のアルファの顔に、二筋の輝く流れが出来ていた。
 とめどなくあふれる。かすれる事もなく、アルファの声が小さく響いた。
「マスター、マスター、私は故障です。うまく機能を制御できません。」
「……それでいいんじゃよ。」

 それ以来、マスターはなんの文句も言わない。
 どんなにアルファが働いてても、ケチをつけずさせるがままにさせている。
 時々、失敗を注意するだけである。けっして叱責しない。
 アルファは思う。
 何も言われない、つまり、私は、『見込みなし』として、見捨てられたのか。

 時が過ぎた。

「マスター、コーヒーが入りました。」
「ん、ああ。」
 静かな、いつもの朝である。
「アルファ、今日でお別れだ。」
「……そうですか。」
「お前を此処へ連れてきた、なんとかっていう技師がいたな。あいつの所へ帰れ。
 まさか、一人で帰れんとかいうまいな? あいつは、お前の事を最新式と自慢しとった。街へ出てキップを買うぐらい訳はあるまい。」
「はい。それはできます、マスター。」
「ふむ、ならいい。」
「……でも、ですが、マスター、」
「? なんじゃ?」
「その……教えてください、マスター、私は何が失敗だったのですか?
 貴方のお世話をする、どこが間違っていたのでしょう?
 教えていただければ直します、私では何処が不備なのか感知できないのです、機能の限界のようなのです。
 ですが、不良品として私を返す前に、もう一度チャンスをいただけないでしょうか。
 きっと学習します。お願します!」
 きょとんとしていた老人の顔に、笑顔が浮かぶ。
「はっはっは、ちがう、そうではない。
 私はお前にまずい所があるから帰すのではないよ。
 逆だ。
 お前が完全だから帰すのだ。もう、私がお前に教える事は何も無い。」
「そんな」
「しかし、は無しだ。お前がどう思おうと、私はそう認めるよ。
 お前は、立派な、一人前の人間だ。親として鼻が高い。誇りに思える。」
「……『人間』、……『親』、と……」
「そうだ。お前は私の息子だ。
 おいおい、何を泣く。」
「……すみません、マスター。やはり、私は故障の様です……
 うまく、機能を制御できません……」
「それが自然だといっとろうが。前にもいったろう。この馬鹿が。」
「はい、マスター……」

「マスター?」
「ん? わしゃ、もうマスターなんぞじゃないぞ。」
「それでも、そう呼ばしていただきます。」
「ふん、勝手にせい、呼び名なぞどうでも良いわ。」
「マスター、いつか、私が完全に機能を制御出来るようになったら、又此処へ来て良いですか?」
「あん? はっはっは、期待しとるよ。まあ、一生無理じゃろうがな。
 そんなの関係なく、いつでも帰ってこい。達者でな。」
「はい、それでは、いってきます、マスター。」
 また、老人は一人になった。
 邪魔をする他人はいない。
 山小屋の前の手彫りの椅子で、幸せそうに、煙草をくゆらしてる。
 子供達の事でも考えているのだろう。
 山は、今日も美しい夕暮れを提供してくれていた。

 アルファには、今、新しいマスターがいる。
「ぼっちゃま、お帰りなさいまし。? 何を手に持っていらっしゃるんです?」
 羽を傷つけた、一羽の小鳥。
「飼われるおつもりなのですか? 小鳥の世話は大変ですよ。
 それでも、飼われるというのですね? いいでしょう、お手伝いをします……」


 Fin.






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