トランプの裏
                                  By 一歩


 あれは、父の職場に連れていってもらった日の事だ。
 ロビーの大理石の中に泳ぐ魚や巻貝を見てはしゃいだっけ。
「化石というんだよ。」
 そう教えてくれたのは、父だったのか。


 その帰り、私は父とはぐれて、ビルの解体工事をする現場へと迷いこんだ。
 コンクリートの土台に、微かに現れている、何かの破片。
「化石だ。」
 私は、無邪気にそう信じこんで、なんとか掘り出そうとした。
 ここはロビーではないのだから、止められることもないだろう。
 何か、掘る道具。
「どうしたの?」
 声がした。その人の姿は、はっきりとは思い出せない。
 長い髪、優しそうな顔だち、白だったか、黒だったか、全身を緩く包む、一色の服。
 今思えば、あれは作業服で、その人は工事の関係者だったのかも知れない。
 化石を掘る道具を探してる、というと、その人は笑って、
「本当に掘り出したいんだね? 何があるのか知りたい? じゃ、これをあげよう。」
 そう言うと、大きなカッターナイフをくれた。紙でなく、針金を切る為にある様な、無骨な奴だ。
 お礼をいって受け取ると、私は発掘作業に専念した。


 やがて父が私を見つけ、私が掘り出したものを見て驚き、あたりは騒然となった。
 それは、人骨だった。
 私は、何だか不思議だった。私の中にも、この化石と同じ物が入っているのだろうか。
 ナイフをくれた人の姿は、何処へいってしまったのか、あれだけの騒ぎにも関わらず見つからなかった。


 あれから大分時間が過ぎた。
 父は、あの、大理石張りのロビーを持つ建物の所長になっていた。
『総合生体工学研究所』
 それが、父の職場であり、最近では非常な注目を集めている所なのだ、と、私も理解できる年齢になっている。
 神経細胞の伝達パルスの解析、拒絶反応をおこさない生体素材の開発。
 本物とほとんど変わらない義手、義足、人工臓器の実用化。
 医学業界のみならず、コンピュータ業界、産業ロボット業界等とも密接につながり、ハイテクとなれば必ず出てくる研究所の名前。
 世間を知り始めている私は、時々考える。
 父は、どうやってその地位を築いたのだろう、と。


 私は体が弱い。ちょっとした風邪でも、すぐにこじらせてしまう虚弱体質だ。
 父は自分の職業を利用して、私の健康の為、研究所を利用している。
「ここの設備が、何処の病院よりも確かだからな。」
 幼い頃から、頻繁に行われる健康診断。
 化石を掘り出したあの日も、こんな健康診断の時だったか。


 研究所では、父の子供という事で、色々な所を見て回れた。
 部内者でなければ見れない様な所も見れる。グロテスクな物も沢山ある。
 義手の開発現場も覗けた。配線やアクチュエータを不気味に垂らしながら、不器用に卵を掴もうとする人工の腕。
 私は自分の腕を見下ろす。
 時々、思う様に動かなくなる、不良品の様な腕。
 私の腕も、ナイフで皮を切り裂いて中を覗けば、あんな配線が隠れているのではないのだろうか。
 あの時のカッターナイフは、今も大事に机の中にしまってある。


 ぼんやりとしていたのか、自転車をこいでいて、いきなり大きな音と共に世界が反転した。バイクと衝突事故を起こしたのだ。
 何にひっかけたのか、左腕に大きな傷ができてる。中の筋肉が見て取れた。
「……赤い血だ。」
 自分の腕から流れる物を見て、何故か私はほっとしていた。
 何処にも配線などない。
 父は病院に慌ててやってきて、バイクに乗っていた青年を激しくなじった。
「大事な一人っ子に何をする。」
 病院を検査もそうそうに出て、自分の研究所で、もう一度傷口や脳波を調べるまで安心しなかった。


 父が上機嫌だ。おいしいフランス料理を御馳走するという。
 何十年も手掛けていたプロジェクト達が、ようやく日の目を見るそうだ。
 値段が気になって咽喉も通らない様な食事を前に、楽しげに話してくれた。
「物が物だけにね。安全性や耐用年数や何やかやの検証に十年以上もかけたんだ。
 基礎理論だけならとっくに出来ていた。私が入所した頃からの計画でね。」
「検証?」
「実際に作ってみて、動かす。壊れるまで、動かし続ける。
 ある程度の年限を過ぎても問題なく動き続けていれば、まあ、それだけは保証年限として大丈夫だな、と。そういう実験の事だよ。」


 父の仕事が発表された。新聞の第一面で活字が踊る。
「画期的な人工知能システム」
「ついに、チューリングゲームの裏をかける迄に」
 人と全く変わらない人工知能。それが、可能だという。
 体積や重量も驚く程小型に、そう、人の脳髄と変わらぬ程で。
 世間の人々が、父を、天才だ、奇跡だと声高らかに叫ぶ。
 父は黙って賞賛を受けている。


 興奮の冷めやらぬうちに、矢継ぎ早に、又、発表が行われる。
「組織だった細胞のクローニングに成功」
 人の細胞に、電気刺激やホルモンを与えながら培養する。
 人工の代用部品でない、『本物』の、筋肉や、皮膚や、内臓が、きちんとその形に生成される。拒絶反応の全く起きない、事故で失う前と全く同じ体が手に入る。
 もう、『人工の』腕であっても、『義』手をつける人はいなくなるんだ。
 例え、人工の腕であっても、傷つけば赤い血が流れる様になるんだ。
 父は、十年以上前に既に技術は出来ていた、といっていた。
 私は、又、自分の腕を見つめていた。
 そこには、この間の事故の傷跡が、まだしっかりと残っている。


 この腕は、本当に私の腕なのだろうか。
 いや、その前に。私は、一体何なのだろうか。
 丘の上の教会に散歩にでかける。
 窓から差し込む光が、ステンドグラスのマリア像と天使を浮かび上がらせる。
 あの時、私にナイフを渡してくれたあの人は、今、何処に居るのだろう。
 もう、死んでしまったのだろうか。天国、それとも、地獄にいるのか?
「本当に掘り出したいんだね? 何があるのか知りたい? じゃ、これをあげよう。」
 優しげだった事しか解らない。それとも、笑っていたのか。
 誰だったのだろう、何だったのだろう。


 風呂上がりに、姿見の中を覗き込む。
 うつろに見つめ返す瞳がある。
 この瞳の向こう、頭蓋骨の中身は、一体何が隠されているのか。



 手のひらには、大きな、古ぼけたカッターナイフ。



                         Reference
                         (映画)ターミネーター
                         (映画)スターウォーズ






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