- いかなる光の下で - under the anylight -

                              (1) By 一歩


  月光の下で "under the moonlight"



「ごめんなさい、来ちゃった!」
 これがいつもの彼女の手だ。だけど、僕には逆らえない。
「明日は大事な試験があるんだって、言わなかったかな?」
「言ったよお。だから、激励。はい、差し入れ。
 ……邪魔しないから? 見てるだけ、ね?」
 大きくため息をつく。
「入れよ。散らかってるけどね、今日は掃除はなし。いいね?」
「やた! へへへ、そりゃもう入れってくれるってんなら、
 多少汚くっても文句なんか……やだあ、きったなあい!」
 結局、彼女は掃除を始めた。
 後ろでゴトゴトされては勉強にならない。
 窓の外を見上げれば、満月。
 僕は、諦めて本を閉じた。

 彼女は知らない。僕の本当の志望が何処なのか、を。


 面接試験は、少し、他と違っていた。
 そもそも会場が、遊園地だった。
「好き勝手に遊んで来い」というのが課題だ。
 どこが面接なのだろう、と思いながらぼんやりしていると、
 試験官が隣に滑り込んで来た。のんびりと世間話を始める。
 いつの間にか、会話は最近の政治や戦争の話に変わっていた。
 『限定大戦』、強気の『国連』、やっと終わった『東欧紛争』、他国援助の実態。
「ま、とは言うものの、悲観するばかりじゃ何も変わりませんから。」
「全くだな。さて、と。
 あちらのアトラクションが面白そうだな、私も混ぜてもらうとするか。
 では、また後程。」
 多分、彼は、精神科医でもあったのではなかろうか。
 そんな気がした。


 久しぶりに彼女とのデートだ。
 見上げれば、青空。
 どこまでも、高く、透き通る様な、そら。
 高く、たかく、たかく。

「通ったんだ、第一志望。」
「え? NTC じゃなかったの?」
「違う。もっと大きくて、もっと賭けの高い所。
 コロニー公社を、受けたんだ。」
 宇宙への興味を無くしたかに見える今の地球で、
 唯一いまだに宇宙への希望をあきらめない機関。
 世界中の『モノ好き』と『賭け事師』が、そして何にでも手を出す『企業』が、
 各々の思惑を賭けながら造り上げた、新進の複合企業。
 民間に払い下げが決定した各国宇宙事業団の、その半分以上を買収して造られた。
 彼等は、周囲に笑われながらも努力を続け、
 結果、今、月の周回軌道には、初の、試作大型コロニーが浮かぶ。
 コロニーは、これから試運転を始める所だ。
 そして、その為の、コロニー内で暮らす人間を応募していた。
「僕は、宇宙で暮らすよ。」
「でも、でも、あんなの、誰も行かないわよ。
 体のいいモルモットじゃない! 何の保証もない。」
「保証は、これから創るんだ。」
「それに、聞いたわ。あのコロニー、そのまま、地球軌道から離れるって。
 火星の環境改造か、金星の産業化か、何だか知らないけど、
 その足掛かりにするって。」
「ああ。僕も詳しくは知らされてないけど、そうだ。」
「そんなの!
 二度と、二度と地球に戻ってこれなくなるじゃない!」
「……多分。その、通りだ。」
「そんな……判ってて……」


 空港のロビーに、誰かの話し声が響く。
 彼女は、見送りにも来なかった。
 そう。当然だろう。
 僕は、その日のうちに地球を離れた。

 たかく、たかく、そらへ。
 群青色が、空色へ、
 そして、どんどん、どんどん、薄くなって、
 何もない色になる、そらへ。


 足下には、地球が、その夜の景色を拡げていた。
 青白く光る円は、オーストラリア・クレーターか。
 自然保護指定・人間立ち入り禁止区域に指定された、
 アフリカとアマゾンには、光は無い。
 だが、それ以外の土地には、電気の光がそこかしこで瞬く。
 美しい。
 この景色の中の何処かに、彼女がいる。
 そう、思いながら、見とれていた。何時までも。


 祭の太鼓囃子が響いてくる。
 アスファルトに、長く影が伸びる。
 今日の月は、大きくて明るい。
 たまらなくなって、振り返って夜空を見上げる。
 見上げる月の中に、ぽっかりと四角い影がある。
 影は、ゆっくりと月の中を移動していく。
 周期的に、髪の毛の様な筋の影が、その周囲を掠める。
 コロニーだ。髪の毛に見えるのは、反射鏡だろう。
「? どうしたの?」
 甥っ子が、手を引く。心配してくれているらしい。
「……なんでも、ないの。なんでもないのよ。」
 そういいながらしゃがんで、甥っ子を抱きかかえる。
「大丈夫。」
「大丈夫じゃないよ。どこか痛いの? 泣いてるよ。」
「ううん、大丈夫なの。きっと。」
 星空を見上げる。
「大丈夫。」


「おい! 増員がもうすぐ着くそうだ! 手が空いたら、
 ハッチの方へいって面倒をみてやってくれ!」
「判りました!」
 無重力は始めてのてあいが沢山いる。最初のドッキングでは、
 必ずなにか問題が起こった。だから、インストラクターをつける様になったのだ。
 ドッキング・ベイへと来てみると、もう新着組の乗ったシャトルが到着していた。
 シャトルとベイの隙間から、真っ黒な宇宙空間が見える。
 そして、そこに浮かぶ満月。
 彼等がボーディング・ブリッジを渡ってくる。ハッチが開く。
 新着組の中に、長い髪の女がいた。
 まさか!
 潤んだ瞳と目が合う。
 無重力の中、彼女が飛び込んでくる。
 月の光を受けて、金色の髪が、僕の胸で踊る。
「ごめんなさい、来ちゃった!」



                                    Fin.
Reference(書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事)
(説)遥かなる地球の歌/アーサー・C・クラーク/早川文庫SF






よかったと思われた方はよければ愛の1クリックメールを
更に詳しく感想してくれるならこちらのフォームなど

something tell me. [mailto:ippo_x@oocities.com] [BBS]