- いかなる光の下で - under the anylight -
(2) By 一歩
地球光の下で "under the earthlight"
小さな船室の窓から、優しい光が溢れている。
窓を覗き込む顔を、かすかに青く染める。
窓の向こうには、地球。
どんどん、小さくなって行く。
そして船団はアステロイド・ベルトへと向かう。
たった 27 人の、たった 9 隻の資源探査宇宙挺。
地球を見るのは、これが最後になるのかも知れない。
そう、思う。
どうした。何を怖じ気づいているんだ。
そんな事は、最初のミーティングの時から、判っていた事じゃないか。
「最初に申し上げておきます。状況は、不利を通り越して最悪です。
なのに、どうして貴方がたはここに居るんです?」
「……そういうアンタも含めて、な。」
「……違いない。さて、計画の説明を始めましょう。」
誰の顔にも、笑顔があった。
あの笑顔は、嘘じゃなかった。
「まず、我々には金が無い。全っ然、まったく、無い。
だから貴方達に乗ってもらう船はこれになります。
私が言うのも何ですが、これは、棺桶以外の何物でもありません。」
「帰ってこれる確率は?」
「皆目、検討も。部品の精度も構造も、削れるだけ削りましたからね。
居住区の気密性さえ怪しい。」
「おいおい」
「その分、スーツにだけは金をかけてます。正しく、スーツに『だけ』ですね。
他にまともにお金をかけた所は無い。おかげで性能は 300 % ぐらいあがりましたよ。
生きてくだけなら、スーツ着て浮かんでるだけで結構です。
何が起きてもまず死ねません。」
「次に我々に足りないのが、時間です。
だから、行って貰うコースはこれになります。
往路は、真っ暗な宇宙空間を只ひたすらにつっきるだけ。
他惑星による重力カタパルトさえ無し。」
「逆に、復路は障害物競争だな。
それでなくても荷が増えるってのに、全然気が抜けないじゃないか。」
「もう半年も計画を待てれば、もっと楽で安全で早い道のりになるんですけどね。
うちの台所は火の車、それまでもたないんですよ。」
「やれやれ。金も無い、時間も無い。無い無い尽くし。
なあ。」
「はい?」
「うちで、足りてなくないもの、って、あるのか?」
「……熱意、ですかね。」
「それって、『ひらきなおり』の別名じゃないのか?」
「そうとも言います。」
窓の外にはもう何も浮かんでいない。
漆黒の宇宙しか映らなくなって随分な日が経つ。
少しずつ、少しずつ、狂う。
幻が踊り始める。窓ガラスに写る自分が、微妙に歪んで姿を変える。
それは親父の顔をしていた。
『宇宙だ? ふざけるな。道楽も大概にしろ。
そんな上ばかり見てぼうっとしとらんで、下を見ろ、今の地上の現状を。
限定核戦争でふっ飛んだオーストラリア、まだ続く東欧紛争。
そんな馬鹿な事をしとる暇があるのか?』
そんな今だからこそ、やるんだ。
大体、開戦を黙って見ていたのは誰だ。
『止めようとしたさ。』
嘘だ。
『だが、始まってしまったんだ。仕方があるまい。私の力など微々たるものさ。』
あんた程各国の政財界にパイプを持ってる人間が?
戦争で儲けたのは誰だ? このイベントで一番得をしたのはあんたじゃないのか?
『そりゃ、私も少しはな。頭の良い人間はどんな時でも稼ぐものだ。』
は、死体で稼ぐね。頭が良くて結構。俺は頭が悪くてね。
地球はあんたの、あんた達タヌキの手の平の上さ。俺はお馬鹿なお猿さん。
『無駄な遊びはもういい。うちの会社に来い。それなりの地位を用意してやる。』
結構。
俺はもう『あんたの世界』はコリゴリだ。
コリゴリなんだよ。
「見えたぞ! アステロイドだ!」
「よし! 早速ビットを飛ばせ! すぐに使えそうなのを探すんだ。」
「そんな都合良く使えるのがあるのか?」
「判らん。過去数回、無人の探査挺が来ただけらしいからな。
あの学者さんによると、確率は五分って所だそうだ。」
「うひょう! 2 回に 1 回は俺たちゃハラキリって訳だな。
そいつは良い率だ、ガチガチの本命馬だ。」
「ほれ、遊んでないでモニター見てろ。
早く見つける程早く帰れるんだ。生き残れる率も上がる。」
「はいはい。鉄、アルミ、その他貴金属等々、含有率が高くて鉱床の露出しているのはないかいな、と……」
復路では、親父の幻影は現れないと思っていた。
幻影を見ていられる程の暇など無いのだから。
絶えず修正を強いるコース。
曳航する、鉱床豊かな小惑星とのバランス調整。
アステロイド・ベルトでの作業に引続き、再び仲間の数人を失った。
失くした奴の事を思うと、あの時の会話を思い出す。
「貴方がた全員が戻ってくるのは、おそらく不可能でしょう。
必ず何人かが、もしかすれば、全員が死亡します。
それでも、このプロジェクトは進めなくてはいけないのです。
だから皆さん、死ぬ時には必ず自動航行装置のスイッチだけは確認しといて下さい。
残念ですが、これは冗談ではないのです。くれぐれもお願いします。」
「承知。」
「死んでも気にするなよ。宇宙で死ぬのは何も俺達が初めてって訳じゃない。」
「心配するなよ、にいちゃん。必ずみんなで戻って来てみせっからよ。な。」
そう言っていた奴は、今、真空のアステロイド・ベルトに居る。
一緒に散った何人かの仲間と共に。
悲しみに幻影がつけこむ。
『宇宙になんぞ出て何がある。
水、空気、食料。何もない。人の住む事自身が不自然な世界だ。
毎日の生き死にさえが賭ではないか。そんな賭博、いつかは負けると決まっとる。』
やかましい!
賭金は俺の命だ。どう使おうと俺の勝手だ。
それに宇宙はあんたらのイカサマ賭博とは違う。
万に一つだろうと、勝ち目はあるんだ。
勝ち目はあるんだ。
そして。
今、眼下には、再び青い地球が回っていた。
再び。
青い、故郷からの光が、涙を照らした。
出発時に 27 人 9 隻だった船団は、15 人 8 隻に減っていた。
「奇跡的な生還率ですね。」
いけしゃあしゃあとアイツは言った。
「我々以外、誰もこの計画の成功なんて信じていませんでしたよ。」
見事、俺達は世界を出し抜いてやったのだ。
資材が豊富に揃ったことで工事は急ピッチで進み、今、無重力の月軌道には沢山の小型工場と、そして、巨大なコロニーの基礎フレームが浮かぶ。
世界の誰もが信じていなかったコロニーが。
相変わらず、日々の『生き残る』という賭に、俺は勝ち続けている。
窓からは、曇ることも、雨の降ることもなく、いつも青く地球の光。
工事の進むコロニーで、日に一度は展望室に通うのが最近の日課だ。
『この馬鹿息子が。まだフラフラしていたのか。
幾らでもポストはある。早く私の下に来て、私を手伝え。』
今ではあの幻影の声も遠い。
足元のガラスの遥かな下に、青い惑星が浮かぶ。
幻影の言葉に、笑いがこぼれた。
「いったいどっちが『下』だって?」
Fin.
Reference(書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事)
(画)エリア 88 /新谷かおる
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