- いかなる光の下で - under the anylight -

                             (3) By 一歩


  宇宙光の下で "under the spacelight"



 重力は、恩恵か。束縛か。
 見方次第で 180 度変わる。
 降り注ぐ光を見上げれば、空の更にその向こうには、宇宙。


「お久しぶりです。すっかり御無沙汰していました。」
「兄の葬式以来ですものね。でも、仕方がありませんよ。
 ずっと、忙しそうでしたし。結局、うまく行きそうなのですか?」
「駄目です。でも、おかげでやっと覚悟がつきました。
 今の国の現状じゃ、頭が固すぎて無理です。
 だから、民間でやります。公務員も今日までです。
 あいつに、貴方のお兄さんの墓前に、その報告をと思って来たんです。」

 彼の循環器系は生まれつきの障害を持っていた。
 激しい運動は禁止され、本が彼の友達になった。
 10 代のうちに、心臓は 1 G に耐え切れなくなり、BJ 型人工心臓に変わった。
 彼の宇宙飛行士になる夢は、ここでついえた。
 だが、宇宙への憧憬は冷めなかった。
 彼は研究員としての道を歩み始めた。

「つらい道を選んだのですね。」
「仕方が無いですよ。やりたい事をやれそうな所が無いんだから、造るまでです。
 でも、こんな時、あいつが生きていてくれたら、と、そう思います。
 心臓がヘタっていようと構わない。例え足が無く腕がもげていたって構わない。生きて、只生きて側にさえ居てくれてたら、俺だって、ね。」
「……ええ。」
「いや、すみません。愚痴になりました。」
「いいえ。
 何か、兄の形見になるものだけでもあればいいんですけど。
 家には何も置かない人だったし、そうでないものはほとんどが機密で処分されたらしくて、帰って来ませんし。
 ああ、そうだ。兄からの E-mail ならあります。
 筆不精な兄も、さすがに外国だと心細かったのか、向こうの研究所から毎日の様に送って来ていました。日記みたいな物ですよね。
 私には判りませんでしたが、何か手助けになる様な研究のアイデアでも隠れているかも知れませんわ。」
「いえ、そんな私的な物まで分けてもらわなくても」
「いいんです。何か、役にたって欲しいんです。お願いします。貰って下さい。」

 宇宙には重力が無い。
 地上のほぼ全ての機械は、常に引力のある事を想定して作られている。
 無重量の世界では、何物も動きはしなかった。
 人類が 2000 年を、いや、直立して以来何万年もをかけて築き上げた技術が、何の役にもたたない世界。
 その場しのぎの間に合わせでは、効率が悪すぎる。
 全く別の技術が、全く別の設計図が必要だった。
 重力の恩恵を必要としない技術が。

「ん? 只のメッセージにしては、この E-mail、Byte 数がやたらに大きいぞ。
 文字データ間に、何か、ゴミ bit が…待て、待てよ! 見た事あるぞ!
 ひょっとして、SFF フォーラムで作って遊んでた、あの暗号コードか?
 キーの時間変化する……くそ、変換アルゴリズム何処にやった!」

 無重力に住む者にしか無重力は解らない。
 地上では、基本である『上』と『下』という発想からの脱却すらが難しい。
 だから、宇宙飛行士こそが優れた設計士でもあった。
 身体に障害を持つ者は宇宙へと行けない時代だから、誰も、彼には期待をしていなかった。
 だが、彼の心こそ、誰にも負けず、何にも縛られず、自由だった。
 重力が無くても動く機械、ではなく、無重力だからこそ動く機械、でなくては駄目だ。
 重力の束縛を離れて、無重力の恩恵の世界へ。

「おお、来たか。まずはこれを見てくれ。奴の遺産だ。
 妹さんから借りたテキストデータの中に隠してあった。」
「あいつ、たった一人でここまで!」
「基本的な構造や設計思想から、実地における様々な応用例まで書いてある。
 ちょっと覗いてみただけだが、とても俺やお前で太刀打ちできるような思想じゃないよ。やっぱりあいつ、天才だったんだ。」
「あいつが死んでからだって技術は秒進分歩だ。ずっと新しいものに変ってきてるってのに、なんてこった。改良点さえ思い浮かばん。こいつは、全く新しい概念によるシステムだぞ。」
「ああ。これだけで一財産だ、蔵の 1 つや 2 つは建つ。
 それも、只の蔵じゃないぞ。宇宙へ浮かべれる奴が、だ!」

 豊かな宇宙時代を。いつか、自分も宇宙へと。一日も早く。
 その為に、より潤沢に宇宙開発に資金を費やしている研究所へと彼は進んだ。
 国境を越えて。
 だが、何故その国が宇宙開発に力を注いでいるのかを、彼は知らなかった。
 軍事開発。
 世界はキナ臭い匂いを発し始めていた。
 知った時には遅すぎた。軍事機密が彼を縛り、移籍すらも出来ない。
 人殺しの為に、この道を選んだのではない。
 彼は研究を続けたが、その一つたりとて軍には渡さなかった。

「アイツの死んだこの戦争は、後々第 3 次世界大戦と呼ばれるようになるのかも知れない。それともただのこぜりあいとして記されるのか。そんな事は知ったこっちゃない。問題は、宇宙開発の全てが止まってしまったという事だ。
 今は、どの国も戦後で、自分達の事で手一杯だ。足元を固めるのでおおわらわで、誰も星空なんて見上げやしない。
 今だからこそ、夢が、宇宙が、大事なんだ。
 行き詰まってしまった地上を助ける為にも、新世界が必要なんだ。
 誰にもそれが解らない。どの国もそれを信じない。
 だから、俺達がやるしかないんだ。
 お前も来い! ……大丈夫。俺達には、あいつの残してくれた切り札がある。
 頼む、それを、無駄にしない為にも……」

 キナ臭い匂いは、火花を呼び、火花は、世界中に飛火して大火を呼んだ。
 彼の居る国こそが、焦点の一つだった。
 彼の居る研究所も。

「お願いします! 私も、その計画に参加させて下さい!
 兄の、兄の夢の行方を知りたい、助けたいんです!」
「豊かな生活とも、のんびりした日常ともお別れですよ。」
「夢の無いそんな生活になんの意味が?」
「それに、もしも宇宙に上げられたら、命の保障なんてありませんよ。」
「地上でだってありません。入れてくれないんですか?」
「いいえ! とんでもない。喜んでお迎えします、もちろんです! やったあ!」

 爆音。
 そして、建物が崩れた。
 砕けた天井が彼を襲った。

「ドームの中に集まった人達。通信回線のみで、ここに今現在居あわせてはいませんが、やはり同様にこの企みに参加する人達。その全ての夢見る人々を代表して、私はこの壇上にたちます。全世界は次の一言の歴史的意義を踏まえ、よく耳を澄ませてお聞きください。
 我々は、ここに、コロニー公社の設立を宣言する!」

 瓦礫の中から見上げる青空。
 空へと向けて震える腕を伸ばす。
 手の平の向こう、指の隙間から間近にも見える青空。
 もっと、もっとだ。もっと腕を伸ばして、あの空を掴むんだ。
 あの何処までも遠い蒼い膜に手が届けば、そしてその膜を引き裂ければ。
『…………あの、む こう、へ…… うちゅ う へ……い き、…………』
 言葉がそこで途切れた。
 彼の瞳は開いたままだった。


 そう、宇宙光を見上げて。



                                    Fin.
Reference(書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事)
(画)ブラックジャック/手塚治虫
(映)耳を澄ませば/スタジオジブリ






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