- いかなる光の下で - under the anylight -
(5) By 一歩
衛星光の下で "under the satellitelight"
男は、青い地球を見降ろしていた。
彼方に捨ててきたものに、思いを馳せる。
スピーカーから流れるパイロットのどら声に反応して、エアロックをくぐった。
男は、青い空を見上げていた。
手の届かぬ存在に、想い焦がれる。
その目線は、やがて彼方から飛来したシャトルを追い、その着地を見届けてから、ボーディング・ブリッジへと転じた。
そして、二人の男は向き合う。全く同じ顔を並べて。違いは、宇宙焼けした肌と、そこに刻み込まれた年輪の数のみだ。いくばくかの空白の時間が流れる。
若い方が先に口を開き、片手を握手の為に差し出した。
「やあ。はじめまして、俺。」
驚きに目を見張りながらも、動じることなく、年配の方がそれに答えて右腕を差し出す。相手の腕を握り返しながら、問うた。
「お前が、俺の弟か。」
「違う。」
明確に反論する。
「君自身、さ。」
親子ほどにも年の違う、だが、明らかに双子とも思えるその二人組は、スペース・ポートで、その身のやり場に困惑していた。行くべき場所も、やるべき作業も、適切なものは何も持ち合わせず、思いつけなかった。
ただ、待合室の側の喫茶店で、コーヒーを間にはさんで、お互いを見つめていた。
「親父は、失敗するのが何よりも嫌いだった。それは、知っているだろう?
息子が自分に逆らうなんて、あっちゃいけない事だったのさ。事業を継ぎもせずに、宇宙へトンズラなんて、そんな事実は、あの人の心は認めなかった。当然の様に、彼は、やり直しを求めた。完璧なやり直しを、ね。
もう一度、自分の息子を育てるのさ、今度は失敗する事なく、ね。」
「しかし、クローンは」
「そう、非合法だし、なにより、その技術が確立されてはいない。
いや、されているのかも知れないが、表だってはいないな。
大体、そんな不確かな技術を信用する人じゃないだろう、親父は。」
「……なら、」
「だけどね、精子と卵子の選別は、非常な精度で可能なんだ。
まず、親父は、出来る限り君の半身に合致した卵子を、おふくろから奪った。
そして、自分の何億という精子それぞれについて振るいをかけ、こちらも、君と同じ構成をしたものを見つけ出し、そして、それを掛け合わせたんだ。
偶然と執念が勝ちを収め、親父はやり直しの機会をつかんだ。
俺は、その 93 % まで、君と全く同じ遺伝配列を持つ男なんだよ。」
鏡を見つめる様に、お互いを見つめる。
その違いは年輪のみ。
同じ遺伝子。同じ顔。同じ体格。そして、同じ親による、同じ教育。
だとしたら、その考え方も、俺と、同じ。
同じ様に感じ、同じ様に考え、同じ様に行動するのか。
「君は、ほぼ、俺自身。なのか。」
「そう、俺達は、同じ構成要素で出来ている、のさ。そう言いきっても、差し支えないと思うね。クローン、に、限りなく近い。俺は、ほぼ、君自身、さ。
体だけでなく、心も、ね。」
心も。
「じゃあ。」
「俺に対する親父の締め付けは、君の倍以上だった。君の様に逃げ出すチャンスはなかったし、小さい頃からマンツーマンで経営を叩き込まれた。
以外と、経営も性分に合っているよ。面白い。才覚もあるようだしね。やはり親父の息子かな。」
ため息を一つつき、黒いコーヒーの波面をみつめる。
「だがね、そう、想い は消えなかったよ。」
再び、二人はその合わせ鏡を見つめる。無言で。
本当は、俺が歩むはずだった人生。
いや、もう一人の俺が歩んだ人生。
果たしたくて果たせなかった、その人生。
本当は、俺が歩みたかった人生。
もう一人の俺が歩んでいる人生。
だが、俺の選択とは異なっていた、その人生。
自分と同じ姿をした、しかし自分が経験したのではない世界を歩く少年が、青年が、その顔の上に重なって、浮かんでは消える。
いつだって振り返っていた。
もしここに来ていなかったら、どう暮らしていたのかの自分を。
いつだって見上げていた。
もしここから離れていたなら、どうなっていたのかを自分を。
その自分が、今、目の前にいる。
若い男は、煙草に火をつけてくゆらし始めた。
俺があんなにも嫌いだった煙草を吸う。
何故嫌いだったのだろう。親父が吸っていたからだろうか。
「親父が死んでから、俺は、たった一つだけ経営方針を変えたよ。
その資産の殆どを、今度の木星開発に賭けた。」
「あれほど、親父の嫌っていた宇宙開発にか。それも、木星へ?」
そう言いながらも、嫌いにさせたのは、半ばは自分だと自意識が囁やく。
「ああ、おかげで、かなり取り引きは小さくなったな。特に、親父の若い頃からの取引先は全滅さ。ま、当然だね。世代を経ての計画だし、無事に終る保証も、短期的な利益も無い話だからな。投資する資材も人員も使い捨て。酷い計画だよ。
だけど、いいのさ、そんな事は。
いいんだ。」
煙草を灰皿へと押しつけた。
ゆっくりと、彼の肩へと掴みかかり、その目を覗き込む。
「俺は、お前だ。
お前は、俺の果たせなかった夢を抱えて飛べ。
俺は、お前の果たせなかった義務を受けとって生きる。この重力井戸の底でな。
だから、お前の足首を縛る鎖はない。もう、ないんだ。
だから、だから、思うがままに飛んでくれ。頼む。
頼む。」
こんな時、なんと答えればいいのだろう。
無言のまま、貴重な時間が過ぎていく。
シャトルの出発時間が近付いていく。
「じゃあな。兄貴。達者でな。
最後にひと目、会っておきたかったんだ。
忙しい中、時間を割いてくれてありがとう。木星でも、元気で。」
「……ああ、必ず。」
結局、それが言えた全てだった。それだけしか言えなかった。
シャトルは煙だけを残して、再び空から宇宙へと帰っていった。
そして男は、見降ろしていた地球から顔を上げた。
そして男は、見上げていた青空から目をそむけた。
あばよ、俺。
自らの背後に、心の中でそう言葉を残して。
男は、自らの進む道を、ただひたすらに見据え、歩を進めた。
Fin.
Reference(書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事)
(関)MES/8/287 地球光の下で 〜いかなる光の下で(2)〜/同シリーズ
(画)2001夜物語/星野之宣
(画)レイアース/CLAMP
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