- いかなる光の下で - under the anylight -
(7) By 一歩
星光の下で "under the starlight"
画面の中で、星の光に照らされた隕石が流れていった。
本当の宇宙じゃあ、こうはならない。そう思う。だって、余りにも滑らかに動きすぎる。所詮はコンピューター・ゲームなんだ。
車の音。父さんと母さんが帰って来たのが判る。
慌ててカセットを引き抜き、ポケットに隠す。別のゲームカセットを差し込む。画面には、土ぼこりを巻き上げて走るバギーが現れた。地上のあらゆる名所を巡るラリーだ。
玄関の開く音。足音。
「なんだ、まだ起きてたのか。」
「お帰りなさい。特訓をしてたんだよ。どう、父さん、一勝負。」
「駄目ですよ。もう寝なさい。」
「はあい。」
「まあまあ、母さん、そう言わず。よし、今日こそは勝つかな。」
「お、勝てる気でいるの?」
「これで私も少々特訓をしたんだよ。」
そんな軽口を叩きながら、この輪の中に居ない姉さんを痛いほど感じる。
父さんも、母さんも口にはしないけど、感じてる。
重い鞄と隙っ腹を抱えて、図書室に行く。司書さんとは、馴染みだ。
「こんにちは。」
「あら、こんにちは。今日は早いわね。」
「前の授業、自習だったんですよ。あれ、ミケは?」
「貰い手が決まったわ。昨日。だから、もう居ない。」
「……そうかあ。あのチビと遊ぶのだけが、毎日の楽しみだったのになあ。」
「何言ってるの、受験生。あんたここに勉強しに来てるんでしょ!」
「ちっちっち。それは誤解。本当は子猫と遊びに来てたの。」
「馬鹿言ってないで。はい、それが返却ね。……確かに、勉強してる人間が借りる本じゃないわよねえ。」
「他に何かSF小説入ってます?」
「ません、ません。さ、諦めて勉強しなさい。」
「……はあ。するしかないか。」
席だけ確保しておいて、本棚に移る。
「太陽系」と名のついた本が目についた。取り上げる。
星の光が、広がっていた。
「父さん、なに? 話って。」
「うん。まあ、そこに座れ。
志望校の話なんだ。
先生の話では、頑張ればもう一ランク上を狙えるというんだがな。」
「……うん。考えたんだけどね。自信がないんだよ。ほら、俺って本番に弱いだろ? ギリギリを狙うより、一つランクを落しといた方がいいんじゃないかって。後がないんだし。」
後がない。そう、もう、代わりは無い。父さんと母さんにとっても。
「若い時から失敗を考えちゃいかんな。チャレンジ精神だ。
ランクの上の、あそこの方が、先々道も優しいと思うんだがな。結局の所、名門の名による特典があるしな。」
「ん……」
一ランク上げれば、確かに後の道はやさしくなるだろう。でも、それだけ道の幅も、つまり進路選択の幅も狭まる。
「そんなに、自信がないのか?」
「……うん。」
「そうか。まあ、お前の人生だ。好きにしなさい。
ただな。後悔は、しない様にな。」
「うん。」
そうだろうか。自信はない。きっと、後悔する。どちらを選んでも。
「よお、ひさしぶり!」
「……あんた、誰?」
「おい! 何言ってくれてんだよ。」
「……?」
「本気? いとこの顔を忘れたのかよ!」
「え? ……あ! お前もこの学校だったの?」
「あたりきしゃりきよお! てめ、友達がいのない奴だなあ。こっちは一発で判ったってのに、すっかり俺の顔忘れてやがんだから。」
「5年ぶりくらいか? 無理ないだろう? 俺は人の顔覚えるの苦手なんだよ。」
「言い訳言い訳。」
知ってる顔に会う。とても嬉しい。ちょっと、忘れてたのが心苦しい。
「ごめんって。どう、元気だった?」
「ああ、こっちはもうバリバリさ。そっちこそ。家族は?」
「うん。皆、元気してるよ。」
「あの姉さんもか?」
「……ん、多分ね。なあそれより、部活決めたか?」
「俺? もちバスケ!」
「そうかあ。バスケかあ。それもいいなあ。」
「一緒に入るか?」
「ああ。かけもちって、出来るよな。」
「そりゃあ、して悪い事はないだろうけど……」
「色々試してみようと思ってさ。」
登山部、体操部、陸上部。放送部、科学部、写真部、英研。
「おい、天文ってあるぜ。あれは?」
「いや。あれは、いいんだ。」
「あれ? 宇宙とかって、好きじゃなかったか?」
「いいんだ。
知ってる事をやったって仕方ないだろ?」
「ふうん、そんなもん?」
「そんなもんさ。」
「どうだ、学校は?」
「いいよ。面白い。上の方の奴等からは、落ちこぼれ学校なんてレッテルを貼られてるけど、その分自由だからね。何をしても先生は怒らないし。」
何をしてもいい自由は、どうなっても構わない自由と隣合わせ。将来どうなっても、学校は責任を持ってくれない。進学出来なくても。就職できなくても。
「そうか。楽しそうで何よりだ。」
「うん。来週はバスケで遠征だし。そうだ、今年の夏は登山で日本アルプスに行っ
てくるよ。」
「アルプス? 危険じゃないのか?」
「夏だよ? ハイキングみたいなもんさ。それに危険な行程だったら、俺みたいなサボリは、先輩の方が許してくれないんだ。
あ、でも。ほんの数年前、落石事故で誰か亡くなった、て聞いたな。」
「おいおい。大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。それにそんなの、運だよ。」
「不安だな。」
「どこに居たって、事故には会うさ。それを心配してたら何処にも行けないよ。それこそ、学校にだって、会社にだってさ。」
「ま、そうだがな。気をつけろよ。」
「うん。」
めくる雑誌のページに、懸賞応募が載っていた。景品は、天体望遠鏡。慌ててそのページを伏せて、次に進めた。
「御飯出来たわよ。」
母さんの声が台所から響いた。
普段は、ほとんど通らない学校の片隅。進路指導室の前には、様々なポスター類が貼られていた。
偏差値。各大学への進学率。模擬試験の宣伝。専門学校の紹介。奨学生の募集。
うちの学校らしく、なんだかよく判らない就職先の案内まである。先生に内密に相談すると、バイト先も斡旋してくれる、という話だ。試した事はないけど。
重ねて貼られているそんなポスターの片隅に、コロニー公社の文字の入ったものがあった。他のポスターに埋もれ、ほとんど隠れる様にして。
周囲には誰も居ない。
手を伸ばして、重なっている他の紙を避けた。
募集要項、とあった。
夕日がプラスチックな質感の紙面に反射して、光った。
きっと、後悔するのに。
今まで、あの時から、避けて来たのに。
「父さん。住民票って、市役所で貰うのかい?」
「んあ? そうだな。そうだと思うが。
どうしたんだ、いきなり?」
「いや、ちょっとね。レポートで。」
「詳しい話は、母さんの方が判ると思うが。聞いてみようか。」
「いや、いいんだ。自分で調べるよ。」
間があく。
テレビがニュースを伝えていた。二つ目のコロニーがいよいよ完成間近だと。
いつの間にか、それを食い入る様にして見てしまっていた。いつもの様に、それを気にしないふりをして、耳だけを側だてているのではなく。慌てて目線をそらす。
「……ん。そうか。」
父さんが、そうつぶやいた。
「で。いつ頃、母さんには伝えるつもりだい?」
唐突に、そう父さんが話し出す。
「父さんは、男だからな。まあ、判らんでもない。でもな、母さんがな。
二人とも、持っていかれるのはな。嫌がるんじゃないかな。」
「うん。
……だから、もうちょっと後で。」
「問題を先伸ばしにしても、解決にはならんぞ? むしろ、悪くなる。」
うん。でも、もうちょっと。
母さんも、唐突だった。
「セーター、持った? 去年買った、あの緑のやつ。」
「え?」
「それから、穴の開いた靴下は捨てなさい。新しいの買っといたから。向うは寒いんですからね、ジャンパーとかは要らないの?」
「うん……?」
「あなた、いつも大事なもの忘れて、玄関出て暫くしてから思い出して帰ってくるでしょう。今回はそんな事ない様に、充分に注意しなさいよ。」
「う、うん。」
「全く。気のない返事して。
本当に大丈夫なのかしら。
さあ、早くしないと日が暮れちゃう。母さん、買い物に行ってきますからね。」
「あ、ああ。いってらっしゃい。」
「はい、いってきます。」
そう言って、玄関に行く。
小さくつぶやく声が聞こえる。
「……だってねえ。仕方がないじゃない。」
靴をはいて、出ていく。
今のは、多分。
ありがとう。
ごめん。
「ハイ、キッド! あんたが新人さん? まあ、アンタ以外居ないか。こっちよ、来て!」
「は、はい!」
そう言いながら前に出ようとして、転んだ。まずい、回転が止まらない。
どこか、つかまる場所、が、ない。
「おやおや。無重力は初めて? 訓練は?」
「は、はい。
訓練は、一応受けたんですけど、その、習うより慣れろだからって。」
「その調子じゃ、本当に「一応」だったんだねえ。全く、初期教育をなんだと思ってんだろ、下の奴等。
ま、人手不足で背に腹は変えられない、って所かな。」
すっと、とても優雅に側に寄ってきて、助けてくれる。最初の軽いぶつかりで、次いで彼女を通じての固定のおかげで、回転は止まった。
「ありがとうございます。」
「気にしなさんな。でも、これからがきついよ。全部が実習。訓練なんてないからね。そう思いな。」
冷汗が流れる。
「は、はい!」
「……いいねえ。その反応。ウブだわあ。」
「は、はい?」
「いいからいいから。さ、こっち来て。」
「ハイ! 聞いたあ、もう 3 基目のコロニーの作成に手をつけるって!」
「え〜、これ以上仕事増やすのお!」
そんな声がエアロックの向うから聞こえる。
「ほらほら、黙って! 新人さん連れて来たよ!」
入った連絡船の中は、女性の人ばかりだった。ちょっと慌てる。
「いらっしゃい、新人さん。よろしくぅ。はい、こっちの席ね、固定して。
船長、すぐ出します?」
「そうしましょ。コロニー 1 管制、こちら鴬 11 。離脱許可?」
『鴬 11 、こちらコロニー 1 管制。離脱許可。ウインドウは今から 120 まで。』
「ありがと!」
続いて流れる管制とのやりとり、計器のチェック。エアロックの外れる揺れ。微かなショックと、 G と、窓の向うを流れ始める景色。
流れる景色は、あのゲームにそっくりだった。
「そんな恐そうな顔しなさんな、大丈夫だって!」
隣の人が笑いながら話しかけてきた。
「そのまま窓見ててごらん。ちょっと待ってね、今船が旋回をしてるから……」
瞬間、まぶしい光が窓を覆った。徐々に小さくなる。
「影から出て、太陽の方からそれ出した所だね。さ、そろそろ、ほら、見えた!」
言われなくても、判る。それが、コロニー 2 だった。その端は光に縁どられ、半ばその光自身に覆われてる様にも思える。
想像してた様に、美しくも綺麗でもなく、それはとてもグロテスクに見えた。でも、何故か、安心した。
「目的地よ。あんたの仕事場ね。」
その向うで、何かの情報をチェックしていた人が顔を上げた。
「ちょっと、少年、この名前本当? 姉さん居ない?」
面くらいながら、応える。
「え、ええ。居ますけど。」
「ビンゴ!」
はしゃぐ姿を見て、船長もボードをのぞき込んだ。
次に、こちらの顔をのぞき込む。
「え……なある。そう言われてみれば、ね。」
そして、マイクに語り始める。
「コロニー 2 管制、こちら鴬 11 。応答願う。」
『鴬 11 、こちらコロニー 2 管制。ハイ! どうしたの? 遅かったじゃない。』
「新人さんを拾うのに手間取ってね。」
にやにやしながら船長が応えている。
こっちは、驚いて、声も出なかった。
副操縦席に座って居た人が、自分のつけてたヘッドセットのマイクを指さした後、それを投げてよこす。反射的に受けとる。
「新人さんに挨拶させるよ。ほれ。」
『ハイ! はじめまして、新人さん。』
スピーカーから、優しい声がそう跳ね返ってきて、こちらを待つ。
やばい、喉がカラカラ。うまく声が出るだろうか。
そんな事に気をとられて、なんて台詞を吐くのかなんて真っ白だった。
コロニーの光と影を見つめながら、なんとか応える。
「ハイ。……久しぶり、元気そうだね、姉さん。」
Fin.
Reference(書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事)
(関)MES/8/266 月光の下で 〜いかなる光の下で(1)〜/同シリーズ
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