注釈:NiftyはFSF1の創作の部屋会議室で、月間MVP賞を頂きました。
注釈:その都合で、FSF傑作集にも加えて頂きました。感謝。
航海 -voyage-
By 一歩
ログ(航宙日誌)No.9701091155
至近距離に 星図にも事前探査にも存在しなかった光源を探知
極短時間で光は減衰
自然現象の可能性否定的 人工的な活動の産物によるものと推定
調査 又は接触 の為探査に向かう
姿勢制御用の燃料 残量僅か
No.9701091160
光源が存在したと推定される宙域に到達 センサー感度最大に調整
高速移動する小物体が多数飛来 サンプル回収失敗
B面制御ノズルの一つが小物体との接触により破損 レベル6
反射光分析等より物体は金属片と推定 知性体による産物の可能性上昇
物体の飛来方向へ進路微調整
No.9701091161
比較的低速で動く物体を発見 サイズは先程の小物体に比較して大 直径約2m
充分に回収可能 進路微調整
No.9701091162
回収
物体は「人間」と推定される
「……助かったのか? 俺は?」
『私はボイジャー No.06234 太陽系 地球 所属。
任務は異星知的生命体との接触です。
貴方は誰ですか?』
「なんてこったい! 地球製か! じゃ、ここは天国じゃないんだな?
それに、異星人の手でモルモットになったのでもない。」
『質問 又は解答 の意味不明。明瞭で単純な文法でお願いします。
繰り返します。私はボイジャー No.06234 太陽系 地球 所属。任務は異星知的生』
「おい、コム! この船に医療設備は無いのか? 単純な医療パッドでも構わん!」
『貴方は誰ですか? 明確な所属の正当性がない限り 本船の情報は公開出来ません。』
「見りゃあ解るだろうが!」
『身体構造 言語 等より貴方は地球由来の人間と推定されます。
可能性としては 平行進化による異星由来の生物 又はロボット でも在り得ます。』
「この、コチコチの金属頭が! 判ったよ!
私はブレイク・タナカ、UNFSF の技術士官、超光速船サジタリウス乗船。
所属は太陽系地球!」
『確認しました。UNFSF は私を作成 任務を与えた組織ではありませんが その正当な後任組織と認識します。機密制限解除。
ようこそ本船へ ブレイク技官。本船には医療設備は存在しません。』
「そうか。そうだよな……
お前、ボイジャー、と言ったな。例の、昔に作ってたっていう、アレか。
適当に飛ばしてみて誰かに拾われるのを待とうっていう、異星との接触計画。
ほとんど可能性は無い、気の長い計画だったんだよなあ。」
『異星との接触の可能性は0ではありません。試算ではかなりの確率が見込まれていました。』
「数字のトリックだよ。実際はそうでもなかったんだ。
まあ、それはいいさ。今問題にしてたのは、そいつは人を積むようには出来てなかったって事だ。接触の為に、膨大なデータを詰め込んだコンピュータを載せるだけ。まあ、何百年も何千年も放浪する事になるんだ、人では無理だよな。
そして、そんな無人設計された船に、医療設備があるはずが無かったんだ。
……いや、設備があったとしても、無理だな。きっと。」
『……』
「! そういえば! おい! ここは何処だ!」
『銀河第三腕の中、地球から約』
「そうじゃない! 船の中の、ここ、この部屋の位置だよ! 人が乗るようには出来てないはずなんだ、なのになんでエアロックがあるんだ!」
『ここは本船の整備作業区画です。本船は軌道上で建設されました。建設要員が作業やチェックを行う効率を上げる為 気密された部屋を必要としました。
設計や構造は通常の宇宙船のパイロットルームを参考にされています。』
「……助かったあ。」
「状況報告だ、コム。記録を頼む。」
『了解 どうぞ。』
「もっとも、記録した所で誰も読めないだろうがな。まあ、規則と義務だ。さて。
報告、ブレイク・タナカ技術士官。UNFSF 本部、又はその指揮系統へ。
報告日時及び報告地点はボイジャーの自動記録を参照されたし。
私の乗り込む超光速宇宙船サジタリウスはN波航行の試験運用の途中、核融合エンジンに異常を発生。緊急退避シークエンスにより自動的に通常空間へ復帰。私はエンジン修理の任を受けた。
エンジン区画の堅固な隔離と緊急ロックの為、船内からエンジン区画へ入る事は出来ず、船外から区画へ向かう事に決定。私がスーツを着込んで船外へ出た所で、アクシデントが発生したと思われる。おそらくはエンジンの溶解、それに併せてのN波ドライブの暴走と推測。船は完全に崩壊。私は爆風に飛ばされて意識を失う。
以後、本船ボイジャーに回収されるまでは不明である。スーツの記録が正しければ、3日間は意識不明のまま浮遊していたと思われる。以上。」
『単語意味不明 N波 及び 核融合エンジン。』
「ああ、いいんだ。ミスじゃ無い。お前さんが地球をたってから新しく開発された技術だよ。超光速航行を可能にしたシステムと、それに必要な膨大なエネルギーを供給
してくれるエンジンだ。」
『了解。』
「……おい。」
『はい。』
「それだけ?」
『質問の意味不明。明瞭で単純な文法でお願いします。』
「いや、会話が続かないな、と思ってさ。こういう時は、どうして、とか、どうやって、とか、色々と聞くもんなんだが。」
『本船にその様なプログラムは組まれていません。』
「そりゃあ、そうだろうな。古いタイプだ、コミュニケーション思想が足らん。
ああ、だが、メモリに空き容量はあるんだろう? それに、CPU時間も。」
『あります。不測の事態 及び どれだけかかるか判らない航行時間の為 かなりの予備容量と予備CPUが用意されています。』
「じゃあ、それを使って会話のプログラムを作ってくれ。相方が仏頂面じゃあ、こっちがやってらんない。」
『プログラムが不明です。』
「とりあえず、俺が言う様な事を満たす仕様のを作るの。追々、色々注文をつけるから、その度にそれにあわせて変更していってね。
まずは、会話を続ける為、与えられたデータから関連情報の提出や不明部の聞き込みを行う事。ほら、さっきの、不明単語聞いた時みたいに。判った?」
『了解。プログラム作成。実行しますか?』
「ああ。」
『質問 又は解答 の意味不明。明瞭で単純な』
「実行してくれっつったの! 以後、会話プログラムは随時走らせ続けておくように!」
『了解。実行します。』
「さて、と。なんでも聞いてくれ。」
『スーツを着たままで3日間の宇宙空間浮遊 に疑問点があります。通常のスーツでは不可能です。』
「お前さんの知ってる時期より、技術は格段に上がっているのさ。まあ、それでもノーマルスーツじゃ3日は無理だけどね。俺が着ているのは深宇宙、重作業用の、一番グレードの高い奴だったんだ。普通なら着る様なおべべじゃない。エンジン区画へ行くのに、特別に仕立ててくれたのさ。へ、所詮は気安めだがね。
まあ、おかげでこうして生きている。文句は無いさ。こいつは凄い代物なんだ。単に生きているだけなら、着てるだけで一週間はもつ。はからずも俺が3日分は証明してしまった訳だけど。体に必要なものの貯蓄量も凄いが、それより凄いのは体からの廃物利用で、水、食料、空気、熱までかなりの率で再利用しているんだ。確か80%以上の閉鎖系を構成している、て、補給係の姉ちゃんは言っていたと思うな。値段も目玉が飛び出るぐらいだ、ともね。」
『再利用はどれぐらいまで続くのですか? 実効有効時間は?』
「さあ、なあ。ずっと気絶してたから、体して消費はしてないな。もう一週間は保つか。……あ! おい、コム、この船に食料は!」
『搭載されていません。』
「だろうなあ。当然すぎるよな……あれ? じゃ、今吸ってるこのエアは?」
『私の製作 整備 の時に使用されていたのが多少残っていました。それを利用しています。残量はほぼありません。』
「あららら。じゃあ、俺は餓死に窒息死? そいつはぞっとしないなあ。
よし、コム、姿勢制御は出来るな? サジタリウスの爆発地点まで行けるか?」
『可能と推定。』
「ふっとばされる時に、船首部分がもげていくのが見てとれた。あの残骸はN波に呑まれずに残っているかもしれない。そうすれば、俺のエアと食料が手に入る。行ってみてくれ、頼む。」
『頼む とはこの場合命令になるのですか?』
「……ああ、多分な。」
『ああ とは肯定の意味ですね?』
「ああ、ああ、そうだよ! だから四の五の言わずにとっとと行け!」
『了解。』
『……ザ……ザザ……コム、エアロックオープン!』
『了解。』
「……ふう、ただいま。……
おい、こういう時はな、「お帰りなさい」と言うんだ。」
『了解。プログラムします。プログラム終了。実行。
お帰りなさい。』
「……へえい、ただいま。……はあ。なんだかなあ……
まあ、いいや。とにかくよかった。なんとか残骸から必要なものはとってこれたぞ。
食料とエアと暫く分は残っていたよ。」
『暫く分 とはどれぐらいを指すのか不明です。』
「暫くったら、暫くだよ。
いいんだ。2年も3年も必要になるわけじゃない。……多分ね。」
『了解。』
「なんかやっぱり変だなあ、お前の喋り方は。よし、じっくり腰をすえてお前に「人間の会話」ってのを叩きこんでやる。」
『了解。』
「こういう時は「はい」だ!」
『了解。プログラムします。プログラム終了。実行。
はい。』
「その、「了解、プログラム……」てのはなし!」
『はい。』
「暇、だなあ……」
『そんなに暇ですか?』
「ん、暇……お前の会話もかなりまともになっちゃったし……なあ、お前のライブラリになんかないか?」
『私の中に蓄積されているデータは、全てファーストコンタクトを目的として作成されています。それでよければお見せしますが。』
「だからさ、何があるの?」
『太陽系の構成やその位置、特性、座標データ等といったもの。地球の様々な気象や風景。有名な画家や芸術家や建築家による様々な美術品のホログラフデータ。』
「芸術品? それ行こう、それ!」
『ディスプレイに表示しましょう。何がお好みですか?』
「だから何があるんだよ。あ、待て、待て待て! ……音楽、は無いのか?」
『あります。』
「やったぜ! それだ! バートルズ、を検索してみろ。」
『あります。』
「うひょう! じゃあ、ラッドツェッペリン、は?」
『ラッドツェッペリン4、というのが検索にヒットしました。これですか?』
「それそれ! やったああ! お前さん、優れたもんだよ! しかしよくもこんなの入ってたなあ。さあ、すぐにかけてよ。」
『スピーカに出力します。』
「……お、これこれ、これだよ……
くう、しみるねえ。まあ、本当はライブが一番だけどさ。なあ、いいと思うだろ?」
『そうなのですか? 私には判りません。』
「あ〜あ、これだから。生演奏でなら、この感動が伝わらないかなあ。
そうだ、お前、自分の修理の為の機能があるだろ?」
『はい。自己修復機能はあります。その為に、幾つかの工作機械、予備部品、作業ドローンなども保持しています。』
「それを使って、ちょいと楽器を作れないか? 反響板にネックが付いてて、ワイヤーが6本張ってあるヤツなんだけど。ああ、なんて説明したらいいかなあ……」
『「ギター」の事ですか?』
「……知ってるなら早く言えよ。そう、ギターだよ。作れるか?」
『映像資料ならあります。高精度の物は無理ですが、模造品なら可能でしょう。』
「よっしゃ! それ、作ってみてよ。そしたらお前さんに本物の音楽を聞かせてやれるぜ。期待してろよ。」
『では、今私が保存しているデータは、つまり、今貴方の聞いてるこの音ですが、これは本物では無いのですか? 私のデータ入力は非常に慎重に行われました。データエラーとは考えられないのですが。』
「違う、違うよ。これだって本物さ。でもな、なんて言うか、そう、生きていない。」
『音とは単なる周波数の集合体です。生物ではありません。』
「いや、そうじゃあないんだ。んん、全くもう……とにかく、ギターを作ってくれ。」
『判りました。』
「んん! これだよこれ! うおおお、久しぶりに触るぜえ。C、Am、F、E、G、と……
ん? やっぱちょっと音が変だな。ま、個性か。ちょいと運指の練習をして。」
『これが「本物」ですか?』
「ちょい待ち! リハビリしたらすぐに聞かせてやるから!」
『では、待ちます。』
「……ん、いいだろう。調律終り! よし、一発キメるかぁ!
おい、よっく聞いてろよ、いくぜぇ!」
「……とぉ、ぷふう。どうだ、キマったぜ。「かっこいい」てのは、こういう事さ。
な、録音とはダンチだろう?」
『幾つかの違いは認められます。ですが、貴方のいう「本物」の定義は判りません。「かっこいい」の定義も判りません。又「ダンチ」という単語が不明です。』
「やれやれ、頭は固いままか。……よし! お前もセッションに参加しろ!」
『は?』
「俺と音声応答してるんだ、声が出せるんだろ。歌え!」
『は?
私は歌った事などありませんが……』
「安心しろ、俺がついてる! それに、なんにだって初めてはあるさ。」
『貴方がついている事で、事態が効率化し得る根拠が判りません。又、全ての事象に始まりがある事は理解しましたが、それが今回の事象にどの様に関係するのかも判りません。』
「いいんだよ。とにかく歌え! 最初の音はこれだ、いいな。歌詞は、ライブラリにあるんだろ、いくぞ、さんし!
……お前、下手だな。」
『うまいとでも思っていたんですか?』
「まあ、俺が教えてやるさ。すぐにうまくなる。」
『私は学習しました。貴方の言葉には時々情報エラーがあります。例えば今の情報は非常に信頼度が低く思われます。誤りがないか確認の上で再入力を行ってください。』
「おい、俺が嘘言ったってか?」
『エラーの事を「嘘」というのですか?』
「……いや、違うな。それは違うよ。」
『では、なんなのです?』
「ん、それはだな、ああ……そうだなあ。
「エラー」は、どんな機械にでも出来るし、起こり得る。それはつまり、ミス、失敗、故障、そういう風な意味だ。単に「事実と異なっていた」だけだ。
対して「嘘」は知性、又は心とでもいうかな、そういうのを持っている者にしか作る事が出来ない。真実を知りながら意図的に誤報を伝える。この辺が決定的に違う。
単なる「事実とは異なる何か」に終らない何か。そして、何故、何の為に「嘘」をつくのか? それを行わせる衝動とは……
う〜ん、こいつは「嘘」をつくかつかないか、で「知性」の定義になるのかもしれんぞ。想像力、推理力、どれを取っても「嘘」との関連が深い……」
『推測能力なら私にもありますが。』
「いや、それはちょっと違う、「エラー」はあっても「嘘」の存在はそこには……
ん? ちょっと待て! 待て待て。あやうく胡麻かされる所だったぜ。
さあ、演奏を続けるぞ! とにかく歌えよ! それ!」
「ん〜、今一つだなあ。音程はあってんだが。そうだな、心がないぞ。お前、もうちょっと感情を込めて歌えよ。」
『感情、とは、どういうものですか? 波形を示して頂ければ登録します。』
「駄目だよ、そういう風には出来ないんだ。う〜ん……」
『感情、というのを教えてください。でなければ不可能です。』
「そうだな、そうだよなあ。よし、なんとか教えてみるか。例えば「寂しい」だ。
いいか、想像してみろ。
真っ暗な闇の中で、たった一人で居る。何処から来たのかも、何処へ行くのかも判らない。周りには誰も居ない。そして、君にはするべき事もやれる事も無い。ただひたすらに立ち尽くすだけだ。
誰か側にいないのか? そう、居ない。誰かが何処かに居るのは知っている。だけど、それはここじゃあ無い。何処かもっと遠く、自分の手の届かない何処かだ。どんなに手を伸ばしても、あと指先一本分という所で、何かが邪魔をして届かない何処かだ。
どんなに与えたくても、どんなに与えられたくても、かなわない。
……寂しい、っていうのは、そういう事さ。」
『判りません。』
「あららら。これが判れば、後は愛しい、とか、怒り、とか、大抵の感情は順次理解出来るんだけどな。ちょっと難しかったか?」
『判りません。全然。』
「はっはっは。」
「なあ、大分ましになったじゃないか。」
『そうなのですか?』
「ああ、教師である俺が認めるんだ、うまくなったよ。
それに、男性パートから女性パート、ギターにベースにドラムにキーボード、オーケストラまで全部一人でやってのけれるのは、まあ、そんなにいないよ。おまけに古今東西の主な音楽には大抵通じていて、すぐに参照やミックスが出来る奴もそうはいない。」
『全部貴方に「やらされ」て、覚えました。』
「いい教師だろ? 半径数十光年のうちで最高の教師だ。」
『半径数十光年のうちに存在する人間も貴方一人です。』
「そうさ。そして、君が唯一の生徒。教師に口答えするとは、なんて出来の悪い生徒だ! おまけにその成績。この界隈の宙域の中でもダントツで最低だぞ。」
『生徒は私一人なんでしょ? 最低も最高もありませんよ、どちらも私だ。』
「「最高と最低を一人で兼ねる生徒」! こりゃいいや、お笑いだ。はっはははは」
『気づいてませんね。指摘しますよ。ちょっと、そこの「最高と最低を一人で兼ねる先生」、聞いてますか? 貴方にもそれは言えるんですよ。』
「はははは……んが?」
『笑ってる場合ですか。』
「んがあ。いいや、いこ、次歌おう。ちょっとギターの音変えてくれ。エフェクターの2番、目盛上げて。そうそれぐらい。波形も変えるかな。ドラム、もうちょっとスネア効かせて。オッケー?」
『オッケーオッケー。行きますか?』
「3、2、1、ゴー!
……ウッ、ゴホ! ゲホ、カハ!!……」
『どうしました?』
「なんでもねえ。……いや、なんでも無くはないな。血ぃ吐いたよ。
来るべき時が来ちまったかな……ウ、カハッ! ア、アゥ……」
『ブレイク! ブレイク技官!』
「技官、は抜きだ。ブレイクでいい。そう教えたろうが……大丈夫、暫くしたら落ち着くから……」
『判りました。ですが、その情報も信頼度は低いですね。』
「ははは。確かにな。だが、お前さんに心配してもらっても、どうしようもないんだ。覚えているか? 俺が最初に乗り込んだ時に、医療設備が無いのかと聞いた事を。それにお前がなんと答えたのかを?」
『覚えています。私は本船にその設備は無いと答えました。』
「だろう? だからそこで指くわえて見ていろ。」
『ですが。』
「それなら、何の医療データでもいい、役にたちそうな情報があるか?
無いはずだ。」
『その通りです。ありません。』
「保安規定で、異星の生命体に、地球の不利となる様な情報を提供するのは禁じられている。基本的な伝達事項以外のデータに手を触れる為に、俺が身分を明かさねば機密レベルを下げなかった一事でもそれが良く判る。接触の時にも、相手が友好的であると判る様な指標をクリアせねば、様々な段階の情報を伝達出来ない様にプログラムされているんだろう?」
『そうです。』
「ウ、カフッ……ハア。更に、直接に人の命に関わる様なデータは、もとから入力されていないはずだ。万が一にも敵対的な知性体の手にそれが渡るといけないからな。それこそ何重にも注意深く入力されたんだろう。あってそこそこ、人体の外見写真ぐらいなものか。簡単な解剖図さえ入力されてはいないだろうな。
だから、人の体を治す為のデータ、なんて、一歩間違えば人殺しに応用出来る様な情報も、持ってるはずがないのさ。」
『そうです!』
「いいんだ。だから、いいんだよ。お前さんを困らせたり苦しませたりしたくなかったんだ。だから黙っていた。……結局、こうしてばれちまったけどな。」
「判るか? 頭の髪の毛、何日も前から抜けてきている。ごっそりとな。
実は、目も良く見えていない。おまけに血を吐く。典型的な放射線障害だ。」
『そんな! 私の動力は確かに核ですが、シールドはしっかりしているはず。何度も検査ルーチンを走らせている。故障は存在しなかった。』
「お前じゃない、サジタリウスだよ。
言ったろう? 核融合エンジンの不調だったって。隔壁が降りてしまってて、船内からはエンジン区画に行けなかったって。つまり、放射能漏れがあったんだ。
それでも、エンジンは直さねばならなかったし、閉じた隔壁のこちら側で、そんな技術を持つのは俺一人だった。最初から俺は決死隊だったんだ。
せめてもの気安めに、一番放射線シールド率の高い宇宙服を着せて貰ってたがね。
結果、船外にでた途端に機関が暴走して、助かったのは恐らく俺一人。
運がいいのか悪いのか。
それに、だからといって被爆から逃れた訳じゃない。エンジン爆発時にどれだけの放射線と熱量が出ると思う? 機関の暴走で、爆発エネルギーの大半はN波空間に逃れたが、それでもあの瞬間にこちらに流れた放射線量は馬鹿にならない。どう考えても、充分に致死量があったのさ。
そうさ、最初から手遅れだったんだ。」
『そんな。大丈夫です。良くなります。放射線障害は確率的な部分が幾らか存在するはずですから、必ず死ぬとは限りません。』
「……はははは。お前、自覚してるか?
そいつはお前さんの言う、「かなり信頼度の低い情報」だぜ。
俺に言わせりゃ「嘘」さ。
驚いたな、お前にも嘘がつける様になったのか……」
『教えてくれたのは貴方です! 嫌だ! 私を置いて行かないで!』
「……無茶を言うなあ。嬉しいけど、さ……
だがな、認めたくないモノを認めないってのと「嘘」とは違うからな。
「嘘」は、人につくもんであって、自分につくもんじゃねえぞ。覚えとけ。
ケフッ……
お前、には任務があるんだろう? 俺はイレギュラー、さ。本来、お前に拾われる事も出会う事もなく死ぬはずだった存在さ。全然お前に無関係で、やはり死んでたんだ。そんな存在、とっとと忘れて、元通りにやんな。
いやあ、面白い遊び相手ができて、楽しかったよ……」
『忘れられるとお思いですか? 元通りになれるとお思いですか!?
貴方は私を根本からプログラムし直してしまった、そうでなくても私に「忘れる」なんて機能は存在しない。無理です。無理ですよ。
ブレイク? ブレイク! ブレイク技官! ……ブレイク……』
ログ(航宙日誌)No.9701100358
寂しい、とは、こういう事か。
一人ぼっちの航海が続く。
道連れもいない。行く宛てもない。
No.9701100408
耐えられない。
私には、いざという時、仮想敵に情報を渡さぬ為の自爆装置がある。
何も残さずに粉未塵に吹き飛ばしてくれる。
検査ルーチンを走らせたが、装置に異常は無かった。きちんと作動するはずだ。
No.9701100418
ブレイク技官との生活をプレイバックしてみる。
最近毎日、いつでも、空きCPU時間のある限りそうして過ごしている。
彼には、明日をも知れぬ身でありながら、自ら命を絶つ様なそぶりは全く無い。
言動にさえそれを匂わす事がない。何故なのか。
それに彼は、私に任務を全うしろと言った。
No.9701100428
最近はよく歌を歌っている。
何とも分野に分類できない音楽だ。何故なら、私が作曲したのだから。
あらゆる楽器を、あらゆる声を、あらゆるメロディを駆使して作り上げる。
少しは孤独が癒される気がする。
誰もいないエアロックに、大音量で流したりしている。
No.9701100438
船外にも音波を流し始めた。いや、電波に乗せて、というのが正しいか。
重大な規則違反だ。
だが、誰が取り締まる? 誰が聞いている?
構わないさ。
100 Hzで、 KHz で、 MHz で、私は奏でる。力の限り、心の限り。
No.9701100448
私は故障したのだろうか? ああ、ブレイクが居てくれたら。
自己診断ルーチンを体にくまなく走らせる。何度も、何重にも。
故障箇所は発見できなかった。
もっとも、壊れたコンピュータの診断が何処まで信頼できるのか、は、非常に興味ある問題の一つだ。ひとつ、熟考してみるか。
そう、きっとブレイクならそう言う。
私を悩ませる原因となった、『歌のこだま』は続いている。
No.9701100451
間違い無い。確かにこだまは存在する。
私の、宇宙空間に投げかける電波に『返事』が返ってきているのだ。
最後の燃料を使って進路変更。センサーの感度を上げる。
私は更に声高らかに、更に心を込めて歌い上げる。
No.9701100452
見つけた。『光』だ。
私は歌った。歌い続けた。
something tell me.
[mailto:ippo_x@oocities.com]
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