歌と人が重なることってありませんか?
松任谷由実さんの「Down Town Boy」って歌があります。
私の大好きな歌のひとつです。
この歌を好きな理由。
それは、私がここに登場するようなDown Town Boyみたいな人達をもとから好きだからだと思います。
この歌を初めて聞いた時にも、はっきりとイメージが沸いてきました。
それは私の知っている少年達の顔でした。
私の住んでいた街は古くからある、比較的ブルーカラーの多い地域と、近年の金融汚職やらでも話題になった人達も住むような、新興住宅街が同居しているところでした。
私が住んでいたのは、新しく切り拓かれた土地に計画的に建てられた住宅街でした。
そこが拓かれるまで、いわゆる新興住宅街と呼ばれていたところもブルーカラーの地区も、全て街の東側に密集していました。
おまけに既存の新興住宅街は企業社宅のようなものが多く、その地区に会社の名前までつけられていました。
ところが、私達が移り住んだ地域は完全な新興住宅街でした。
古くからある商店街や、そこに寄り添うようにして造られた既存の新興住宅街と違い、私達の住んだところは商店もほとんどなく、後から店がついてきたような形で発展しました。
つまり、何から何まで既存のものを頼らない印象を与える住宅街だったのです。
当然、そういうところに住む子供は学校でヨソ者扱いされたりします。
不思議なことに、私のような子供をヨソ者扱いするのは既存の新興住宅街に住むような子達でした。
もともと地元であっても、新興住宅街に移り住んでいた、ブルーカラーではない家の子供も居ました。
毎日の学校生活における戦闘状態で、私は神経をぴりぴりさせていました。
おまけに転校したクラスの担任は「出来る子」を中心にしたクラス作りに精を出しているような人でした。
慣れない環境に追い討ちをかけるような転校生イジメで、私は髪の毛がばさばさになったり、大量に抜けたりしました。
こんな時に優等生は通り一遍なケアをしてくれます。
でも、私が欲しかったのは、そんな同情や「せねばならない」的な発想から出たお仕着せのお友達ごっこじゃなかった。
新しい学年を迎えても担任はまた同じ。
彼のクラス運営法も同じ。
班という単位でなんでも行動するようにしていました。
「共同体」っていうのが合い言葉なんです。
おまけに班長の立候補選挙をして、班長に班員を指名させるという方式を取るのです。
そうなれば、子供はあぶれたくないから、班長になりそうなヤツにおべっかを使います。
複数指名を受けた子は得意満面です。
班長達が「どうしてその人を自分の班員に欲しいのか」という演説をするからです。
こんな時、最後まで残るか、あるいは班長が自らの寛大さを誇示するために「引き取る」生徒がいます。
あぶれもんの生徒です。
取り柄がないし、どっかしら問題があるし、面倒を起こしそうというレッテルを貼られたも同然の生徒達です。
私もその中の一人でした。
絶対に男子生徒と揉め事を起こすからです。
次々と別のクラスメートが指名され、新しい班長の傍に立っていきました。
その時、私と一緒に席に残っている中にはブルーカラーの子供達が多くいました。
地元農家の息子でもない。
大企業バックの新興住宅街の息子でもない。
町工場に通う父、パートに出ている母を持つような子達でした。
平静を装いながら、内心、どうされるのかビクビクしているような私とは違い、彼らは腹をくくっていました。
「俺達なんざ、欲しくて取るやつはいねぇーよっ」
そんな風な態度で、やけに堂々としていました。
他人様が自分達をどう見ようと知ったこっちゃねぇ。
どうせ、俺達に期待しているような連中はいねぇよ。
そんな光線をびんびんに飛ばしていました。
6年生になると担任も替わりました。
近所の農家出身の年取った男の先生でした。
24の瞳的な先生で、非常に牧歌的な人でした。
勉強だけが学校のすることではないとも教えてくれました。
そのクラスにはDown Town Boysが勢揃いしていました。
自由にのびのびと生きている少年達でした。
授業中に通風用の足元の小さな扉から抜け出していってしまう子もいました。
授業中、いかに飲み込んだ銀玉を吐き戻すかという技を練習している子もいました。
彼らはやりたいことを、やりたいようにしていました。
いたずらだったし、悪さもしたけれど、陰湿なイジメは絶対にしませんでした。
調子に乗り過ぎて女の子を泣かすことはあっても、手の込んだ嫌がらせは絶対にしませんでした。
たまたま、一番の野生児と席が隣り合わせになりました。
彼は字もろくに書けないのですが、音感が素晴らしく、運動神経も人並みはずれたものがありました。
彼らと話をするうちに、クラスのいわゆる優等生なんかと話すよりも、よっぽど楽しいことに気付きました。
彼らには彼らなりの、一本筋の通った考え方があるのです。
他人にどう見られようと構わない。
どうせ、他人だって俺達のことをたいしたヤツだと思っていない。
ならば自由に生きる。
そんな考え方が全てのDown Town Boysの根底にあるような気がしました。
その中に、ユーミンの「Down Town Boy」の歌は彼の為に作ったんじゃないかと思えるような少年がいました。
黒目の大きい、浅黒い肌の少年らしい子でした。
「男の子」という呼び方が相応しい感じがしました。
ものすごく鋭敏な感性と優しさを持っていながら、それらを照れから隠してしまう。
どうせ好かれていないなら、嫌われるようなことを意識してやっておいた方が傷が浅くて済むと、本能で感じているような人でした。
だけど絶対に理由のない暴力は振るわない。
弱い者イジメをするヤツを殴り飛ばしたりするけれど、絶対に正義の味方ぶることはしない。
「アッタマ来たから殴っただけ」
それしか言わない。
いい人ぶるのは彼の美学に反しているのでしょう。
心の奥底に潜んでいる傷を、他人に見られないように、注意深く振る舞っていました。
「素のまま」の野生児少年とは、また一味違う。
まるで諸刃の刃のような人で、他人を傷つける時には、自分にも反対側の刃で傷をつけているような感じがしました。
どこか、あぶなっかしい印象を受けるのです。
私が彼らと仲良くしても、彼らはそれを嫌がりませんでした。
普通の連中は敵の多い私となんか仲良くしたがりませんでした。
いじめはしなくても、遠巻きに敬遠しているのがほとんどです。
けれど、この連中には既存の価値観は通用しません。
彼らの価値観に偏差値なんてものはありませんでした。
いいヤツとイヤなヤツ。
ただ、それだけ。
彼らはお仕着せのお付き合いをしません。
いい子に見られる必要が無いからです。
まるで猫のように自由で、自分が居たければ居るし、出て行きたくなったら出ていく。
私にとって大事な仲間でした。
自由で、真っ直ぐな心を持った素敵な少年達。
そんな彼らの青春時代は世の人が言う「不良少年」でした。
でも、私から見たら純粋な心を持つDown Town Boysです。
絶対に曲ったことはしない。
バイクを飛ばしていようが、ゾク車に乗っていようが、それは彼らの美学だからです。
そして、彼らのカッコイイところは、今でも、その美学を貫き通していることです。
「不良少年」と呼ばれた年頃から抜けきれなかった20代には、同じ街に住んでいても出会うこともあまりなかった彼ら。
それが30代に入ってひょんなことで再会し、一緒に御飯も食べました。
彼らはしっかり地元に根を下ろし、親の代から引き継いだブルーカラー生活を送っています。
Down Town Boysだった過去を「清算」なんていう言葉で、カッコつけて切り捨てることはしていません。
ボンタンはいて、いきがって、バイク飛ばして、煙草吸ってた自分を、きちんと認識しています。
それを悪いことだと思っていないからです。
だから、当然、そのことを妙な勲章にはしていません。
勲章にするのは、その生き方から離れてしまった人です。
あるいは、それを「悪いこと」と思っていて、「悪いこと」をしている自分に酔っていただけの人です。
「俺もあんな時代があってよぉ」
そんなことを言うのは、その生き方から離れ、そうした生き方しか出来ない連中と自分は違うと、どこかで己惚れている、Down Town Boyになりそこなった人達です。
そんな訳知りおじさんに彼らはなっていませんでした。
私がDown Town Boy中のDown Town Boyと認識している彼も来ました。
長年、聞きたかったことを彼らに聞きました。
「アンタ達、もてたでしょう?」
「こいつとか、もてるのはいたけど、俺はとんとだめ」
地元ブルーカラーの若大将?になった一人が言いました。
「こいつ」とはDown Town Boy中のDown Town Boyを指しています。
「やっぱモテたんだぁ」
満足したように言う私に、彼は
「モテたっつったってよ、同じ学年の女は俺がアタマ悪いの知ってるじゃん?だから大体が下の子達だよ。下駄箱にもの突っ込んできたりしてな」
なんて言い訳みたいなことを言います。
「でもさ、いたじゃん、ほら」
若大将が突っ込みます。
「あ、そうそう。同じ学年の女で名前忘れたけど、いっつも俺が家に入るまで見てるやつがいた」
彼が思い出したように言います。
「はぁ?ストーカー?」
別の女性がそう言うと
「そんな変なんじゃないと思うけどなぁ。卒業するまで毎日ご苦労さんだったよ」
とこともなげに言うのです。
やっぱね。
女の子ってのは「男の子」にひかれるもんなんです。
男の子らしい男子ってのはなかなかいない。
「男の子」光線を発している人は少ないのです。
そういう人を女の子はちゃんと見ている。
「俺、女とそれほど話したりしなかったけどな」
彼は不思議そうに言います。
だけど、女の同級生はみんな彼のことをよく覚えているのです。
「可愛かったよね」
「男の子って感じだった」
「優しかったよね」
彼女達がどこを見て、そう思ったのかは解りません。
でも、彼の中にある本質を微かにであっても、見抜いている女性は多かったのです。
彼が髪をグリースで固め、潰した学帽をかぶって歩いていた時、多くの大人達が彼を「不良」という一言で片付けてしまいました。
だけど、彼は不良じゃなくて「素敵なDown Town Boy」だったのです。
繊細で、強がりで、勝ち気で、寂しがり屋。
不良だと思われているのなら、不良らしく振る舞おうとしてしまう。
他の連中も多かれ少なかれ、そんな感じでした。
彼らに会いながら、やっぱり「Down Town Boys」には町工場や地元に根づいた仕事が似合うなぁと思いました。
「いちご白書をもう一度」的な自分との訣別をしないでくれて、本当によかった。
私の勝手な思いいれなんだけど、彼らが予想通りの素敵なDown Town Boysのままでいてくれて、本当にうれしかった。
そこで、あらためてユーミンの「Down Town Boy」の歌を聴き返してみました。
あ、これこれ、これがまさに今の私の気持...
「ハートにしまった輝き、死ぬまで失わないでね」

まさか、ユーミンが彼らを知っているわけもないのだから、きっと世の中には彼らみたいな素敵な「男の子」達が他にもいるんでしょうね。
でも、やっぱり、この歌は彼らに重なる、私にとって大事な歌なのです。

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