MinMin's Diary


today's diary
Last week's diary

4月19日
ある友人の掲示板が悪質なグループによって荒らされたのは先週からだったでしょうか?
書き込みは無意味な言葉が執拗に並べられているだけなのですが,正体が判らないだけに不気味に映ります。
彼女はその書き込み削除という作業から睡眠時間が減り,心労と肉体疲労に襲われました。
ある人の協力で書き込んできた人の使ってる回線を調べたところ,かなりが大学のものでした。
つまり,大学から供給された無料で使用できる回線を使ってそういうことをしていた訳です。
怒るというよりも呆れてしまいました。
親のスネかじって入った大学で何やってんだよ…。
学校側の対応も面白いものだったようです。
ある学校は非常に積極的に具体的ないやがらせ内容を把握したいという姿勢を見せてくれました。
管理下にある学生のリモートホストからそういったことが行なわれた事実を受け止め,彼女に協力する態度を見せたのです。
更に担当部署及び担当職員の名前も明記していました。
しかし,ある学校は非常におざなりで,おまけに[貴方に言われたからじゃないけど学生にもう一度通告する]なんて余計なこと言ってました。
じゃ,何やるっていうねん?
この学校は担当部署も担当職員名も明記していません。
つまり,自分の学校の学生が不始末をしでかしても,それは当大学とは一切関係ありませんってなことでしょう。
確かに学校側は[コンピュータ教育]の一貫として学生全員にリモートホストとやらを与えているのでしょう。
だけど,本当に必要なのでしょうか?
これをあるMLで言ったところ[必要と感じない人は使わなければ良いだけでしょう]というしごくごもっともな御意見をいただきました。
そういうことじゃないんですけどね。
インターネットが何に必要か?
御立派な目的の為に必要な人には理解していただけないかもしれませんけど,暇さえあればエロサイト見てる人にとっても[必要]ですよね。
他人へのいやがらせに快感を覚える人にとっても[必要]ですよね。
つまり,そこにインターネットがあれば誰でもインターネットが必要になる要素は十分にあるのです。
なけりゃないで困らないけど,あればあったで楽しみが増える。
その程度の必要の人が大半を占めるかもしれませんね。
タダで学校がインターネットを使わせてくれる。
コンピュータリテラシーだかインターネットリテラシーだかよく解んない理念を掲げて学校が無料でやりたい放題させてくれる。
そんな時にアカデミックな使用のみを期待する方が無理でしょう。
必要ない人は使わなければいい…という考え方はしごくごもっともだと思いますが,目の前にタダで色々なこと(悪さも含む)が出来る[玩具]がころがっていれば,それは最早,本来は必要のない人であっても別の意味での[必要な人]になってしまうのです。
その判断を本人に委ねるのならば学校側が無制限に全ての学生にアドレスを与えるのではなく,学内のみに使用できるシステムにするなり,何かしら対策を組むことは出来ると思ったのです。
こういった私の意見に対して[こうなるのが怖いですね。]といういかにも言論の自由を守る論調の意見が返ってきました。
それじゃ野放図にさらしとけっちゅうのか!
会社で社員が勤務時間にも会社のホスト使ってインターネットで遊んでるのは今じゃ普通の風景。
それを取り締まる動きを[残念なことですが、既に企業内ではいろいろと規制が始まっているようです。]とか言っているのです。
はあ?????
会社が金払って動かしてるホストを規制するのもいけないのかな?????
何かインターネット世界は無法でOKってことになりませんか???
人間ってそんなに自分で自分を律するほどえらい動物ですか?
何だか話してても無駄なような気がしたのでこの話はや〜めたです。
暖簾に腕立て伏せです。
主義主張の違う人で,相手がどういう状況か理解できずに机上の論理を並べる人と討論するのは苦手です。
不毛な気持になるだけですから。
卑怯者,ちゃんと最後まで討論せぇと言われてもイヤなこった。
無駄なエネルギーはそんなとこで使いたくないものね。
さぁ,新しい週も始まります。
元気に頑張っていきましょう。

4月20日

私の友人の掲示板が荒らされた件についてコンピュータを専門とする人からコメントをいただきました。
あるMLでもらった回答にどうしても納得できず,どうなんでしょうか?とネット無知の知の私がたずねたら親切に教えてくださいました。

ある専門の方は大学関係システムから掲示板への意図的ないやがらせがあった今回のケースについてコメントをくださいました。

公共のネットワークで適当な事すれば、当然犯罪です。街で立ち小便すれば軽犯罪です。
解りやすいですね。

こういった行為に対する処置としては
そのシステムから一時隔離。IP、アドレス剥奪。
が適切だとおっしゃってます。私も妥当だなと思います。

更に,あるMLで大学が善意で使わせてあげてるシステムを使って学生がそういうことをしたからと言って大学に責任を問うのはどうかと言われた件については
善意?大学のネットワークの運用資金のほとんどは国が出しているはずです。
それを馬鹿な運用していれば、責められるのは当然です。
という非常に解りやすい返事をいただきました。

公共の場でふざければ犯罪です。当然でしょう。
後、サーバ側で今はかなりの制限が設定可能です。そんな処置もしない
野放しサーバをオープンなシステムと言うにのは管理者の怠慢です。

また,以下のようなコメントもいただきました。

日本の大学は世界一学生のパスワード管理が 甘く、学生ではない、どこかの馬鹿が大学のシステムに入り込んで、 ただで、やりたい放題ってる例が沢山あります。
おそらく掲示板荒しをする奴が学校の看板背負ってはやらないと思います。
だから、普通の管理者は凄く慌てて調査するはずです。
屁理屈こねる暇はありません。

そっか,そういう考え方もありますね。
だから通達するのは親切なんですよね。

インターネットシステム管理は、そんな甘いもんじゃないです。
大学の学生より学外のハッカーがシステムを利用している可能性の方 が高いのですから、ハッキリと行動処置に出るべきです。

うんうん。なるほど。

そして大学のコンピュータ教育については
対策の前にネチケットとかをきちんと教育するのが本筋です。
追い剥ぎが多いから注意するではなく、追い剥ぎが出ないようにするが 先です。
という解りやすいコメントがつけられました。

そして今回の件に関して,ある雑誌のライターが書いたことを例に取り上げ,
ただの弱い者イジメハッカーが世界、特に日本は多いことを。本当にその通り。 「素人のセキュリティの甘い、もしくはないようなホームページや掲示板を荒して、自慢?もっと 強力なネットを相手にするのが本物のハッカーだ!」 ネットワーク素人 を不用に脅すのは、今後も日本ではインターネットが単なるセカンドカル チャーのままの根暗の独身30代の遊び場であることを意味します。
とおっしゃってました。

別の専門の方からも返事をいただきました。

「善意でネットワークを解放している大学を責めるというのは方向が違う」 というくだりですが、責めるという書き方は適切かどうかは別として 少なくとも、訴える権利が存在し、それに対応しなければならない大学側の責務も存在します。 (敢えて義務という言葉は使いません。責務です)

と,ここでもやはり大学のシステムが利用されて起こった今回の事件の場合は管理者である大学に届けるべきだという答えでした。

また,この方は非常に上手く今回のケースの例えを書いてくださいました。

まず、大学の校舎が手狭になって、別の所に(住宅街の側)に 別校舎を設置したとしましょう。
 当然そこに通学する生徒は沢山います。
ところが、その学生達が、隣接する住宅地が近道なので、 そこを通り、騒いだり、あるモノは道にゴミを捨てたりという行為が目立ち 住民に迷惑をかけたとします。そこの住民は何をするかというと、 大学に現状を説明し、改善していただくように訴えますよね?
勿論大学の構内で起こっている問題ではなく、学生の問題なんですが、 当然、大学は迷惑を欠けている住民に対して何らかの対策を とるわけです。

この流れと同じように、大学のサーバーを別校舎として、住民は被害を受けた掲示板関係者, 学生はいたずら投稿をする人と解釈すれば判りますよね?

つまり、学生がその大学の施設を利用して、何らかの迷惑が掛かった場合 は当然、大学側が責任をもって対処しなければならない訳です。
もちろん会社でも同じです。
会社の社員が、外で、会社のなんかのモノを利用して人に迷惑を掛けた場合だって 同じですよね。当然その迷惑を掛けた人が責任は重いのですが、 そういうモノを管理できなかった会社自体も責任は問われるわけです。

ですから、大学側に対して行った行為は決して間違いでは無く むしろ、それが通常の行動なのです。
極端な話し「責める」でいいわけです。

という説明をもらい,とっても納得。

さらにこの方はネットワークが特別なものでないとおっしゃってます。

ネットワークという大義名分は、 どうしても、社会的な通念とかけ離れて見えがちで、 ともすると、誤った形で、ネットワークの自由を 解釈されてしまいがちです。
けれど、ネットワークだって、一つの社会です。
決して特別なモノでも何でもないのです。
当然特権なんてものは存在しません。

自由というのはルールに基づいた上で、初めて成り立つものなのです。
情報先進国のアメリカの方が、実はこういった考え方がかなり 徹底されてきています。
社内ネットワークから外部のネットワークに接続しそういった 迷惑を及ぼす行為が発覚した場合は、即解雇といった事から オープンな掲示板でのいたずら投稿でさえ損害賠償の訴訟が起きています。
(本来なら具体的な資料で説明するべきですが、  手元にないので、掲載できませんが)
もちろんエッチなサイトを勤務中に見た場合も同様に解雇されたり・・・
大学側も対応も積極的に行われています。
ハッキング(クラッキング)行為が発覚し即退学とか、いろいろ事例が あるくらいです。新聞にだって掲載されています。

うーーーん,やっぱり専門の人にたずねるってタメになるなぁ。
お二人のコンピュータに対する自説やら,とても解りやすい説明を読みながら無知の知でよかったと思うのです。
生はんかに理解してるつもりでいるよりも,やっぱり知ろうという気持が大事。
聞くは一時の恥。
聞かぬは一生の恥。

これで少しだけではあるけれど,また一つ利口になった気がします。
でもね,こういう風に疑問に思った時に沢山の人に一時にたずねられるインターネットって本当に便利ですよね。
やっぱりインターネットは知識の宝庫って思いたいです。


4月21日
気がつけば4月も半ばを過ぎました。
桜の便りもそろそろ終わり,日本は新緑の頃を迎えるのでしょう。
こちらは夏はもうすぐそこといった感じです。
本日は訳あって小学校に行きました。
広い校庭と小学校特有のざわめきを聞いていると子供の頃を思い出します。
私は記憶力が結構いい方で,小学校の入学式の時に覚えた感覚なんかがまだ体感できます。
一番古い記憶は3歳の誕生日ですから小学校なんてお手のもんです。
台湾は4月が入学式の月ではないので関係ないのですが,4月に学校となると入学式をすぐ連想します。
すぐにその場に馴染む精神構造なのかもしれません。
それ故にかつて幼稚園児に[いいお友達]と評されたこともあります(^^;)
今日は4年生の女の子と彼女の幼稚園生の弟と会いました。
相手が4年生だとすぐ4年生の頃の自分の感覚を思い出してしまうのです。
そして,もし自分が彼女だったらきっとこんな風に思うかなと思いながら行動してしまいます。
晩ご飯は3人で一緒にイタリア料理のビュッフェに行きました。
親子でもない,面白い取り合わせです。
私はこういうのが子供の頃,好きでした。
めったにないことだけど,親でもない大人とどこかに行くというのが何やら楽しかったのです。
大人じゃなくても,自分よりちょっと年上の人でもOKでした。
だから人さらいと誤解されない限り,私は他人様の子供と遊んだり,ご飯食べたりするのが好きです。
(相手が私を嫌がらなければの話ですけど)
そんな私の夢は無責任に他人の子供を可愛いがる親戚のおばちゃんになることでした。
そこそこにお金があって,自由きままに暮らして,気が向くと親戚の家にちらっと出向いて子供を連れ出す。
こういうおばちゃんになりたかったんですけど,いかんせん,そうは上手くいかないもんです。
だけど最近,友人の子供の多くが物心つく頃になったので面白いです。
先日も日本で友人の娘さんに会い,さんざん仲良くしてもらいました。
でもね,子供にも相性ってもんがあるみたいです。
すごく相性のいい子とはいいんですけど,駄目な子は駄目なんだな。
自分が相手にかつての自分を投影できるか否かってとこがポイントかもしれません。
だから思うのは,もし,自分にいづれ子供が出来た時,相性悪かったらどないしようということなんですな。
それと入学,入園のシーズンを迎えた友達のてんてこ舞いぶりを見て大変そうだなと思ってしまいました。
そこで,やっぱ無責任なおばちゃんで居る方が気楽だなぁなんて考えてしまったのであります。

4月23日
中学時代の友人から電話があった。
クラス会の連絡を兼ねながら実は家族旅行の先に台湾を考えているのだという。
彼は夏が掻きいれ時な商売をしているのだけど毎年の家族旅行を欠かさない。
釣りが大好きでかなりな沖合いまで出ているらしい。
彼から電話があるといっつも誰だろう?となる。
彼の名字を聞いてもピンとこないからだ。
考えてみると小学校5年からの知り合いだから恐ろしく長い付き合いになる。
その間に名字で呼ぶなんてことはどれくらいあっただろう。
こういう付き合いっていいなぁと思う。
お互いが結婚してても小学校の頃のように普通に話が出来る。
彼は徹底的なアクティビストだ。
神戸の震災の時にはヤキソバ2万人分持参して炊き出しをした経験もある。
環境問題や障害者問題にも前向きに取り組んだりしている。
彼は難しい言葉を使わない。
ぐたぐた机の傍にしがみついて言葉を弄ぶようなことはしない。
絶えず動きまわり、絶えず人と接している。
その行動力は少年の頃に比べて衰えるどころか益々さえまくっている。
彼は態度で全てを示している。
彼という存在そのものが彼の生き方であり、考え方なのだ。
彼は有名な哲学者の名前も経済学者の名前も知らない。
しかし、彼の存在はそのようなものを最早超越している。
すごいなぁと思う。
更にすごいのは次回のクラス会の幹事をすると言うや、あっという間にほとんどのクラスメートの行方を探してしまった。
その行動力には脱帽ものである。
彼は何もないところから始め、しかるべきものを生み出してしまう。
ぐたぐた文句を言う暇もなく、自分がしようと思ったことをさっさと片づける。
他人に文句つけても始まらないことを知っているのだ。
自分自身の手でしなければならないことを知っているのだ。
潔いやっちゃなぁと思う。
その一方で本当に何やってんじゃという人もいる。
友人の作家のところに読者と名乗る人から山のように手紙が来るのだ。
それもものすごい量で。
更には友人にあーだこーだと自分の意見を述べて、それに基づいて書かせようとしている。
読むのは勝手だし、それに対してどんな感想を持つかというのは個人の自由だ。
しかし、読み手である人が自分の意見を書き手に強要して書かせていいのだろうか?
もし、事実と異なることを書き手が書いているならば教える必要もあるだろう。
だが、その読者は自分の経験を延々と述べ、それを書くように書き手に押し付けている。
何故、自分で書かないのだろう?
第三者を自分と全く同じ考えを持つ人にするのは無理だ。
それならば自分の見方で書けばいいではないのか。
友人はとても忙しいので最初の数通には返事を出したが、後はそのままにしてあるという。
すると返事がほしいのか、もっと沢山の手紙が来る。
そのエネルギーを自分の創作に向ければいいのにと思う。
そういえば、山奥で遭難だかした作家をファンの女性が監禁した小説があったっけ。
そして監禁した作家に自分が思うように内容を変えるように強要する。
恐いですねぇ。
要するに自分自身にそれだけのものを書く才能がないけれど、作家の書いたものが気に入らない。
そこで力づくで変えさせようとするのだ。
私の友人に延々と手紙を送りつづける読者もそんなに伝えたいことがあるのならば自分が書けばいい。
私の友人は本を出版するにあたって、それはそれは大変な労力を費やしたのだから、その作品は彼女の意思に基づいて書かれるべきだ。
こういうファンはアクティビストではない。
揚げ足取りという。
毎日そんなに手紙書いてる時間があるならば自分でも何か一本書いてみろと思う。
建設的でないことをしているよりも自分自身で何かを生み出してみろと思う。
 
 

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