11月1日
最近、いいことがない。
リシャがどっかの馬鹿貴族に目をつけられた。
確かに、いい男ではあったけど……ともかく、俺は許さん!
あんなもんが出る屋敷に、リシャちゃんを置いておけるか!
兄さん、早く帰ってきて〜!
「な、何、他人の日記読んでんですか!」
くつくつと笑いながら、そこにおいてあった日記を読んでいたら、シスト、という少年が走ってきた。よほど恥ずかしいのだろう。その顔は真っ赤に染まっている。
「置いておくのが悪い。俺だったから、よかったものの」
「あんたが一番性質悪いじゃないか」
ぽそりとつぶやくシストに、俺はおもいっきしボディーブローをかましてやった。なめたらあかん。俺は基本的に男には厳しいのだ。
「シストちゃぁん、副頭領様に逆らうとはいい度胸じゃないのぉ」
ボディーブローは思いっきりシストにはいったらしく、シストは唸り声を上げながら、涙を流している。俺は得意げに笑って見せた。
「まぁ、プライベートには口つっこまんでいてやるよ」
日記を投げてやると、シストは慌ててキャッチした。日記をぎゅっと抱きしめて、安堵の表情すら浮かべている。
それにしても、日記を書いてあるとは、こいつ、顔に似合わずなかなかまめな奴。大体は三日、長くもって二週間続けばいいほうだろう。そんな日記をシストは、どうやら数年はつづけているらしく、背表紙には第十巻の文字。出版でもするつもりなのか、妙に丁寧に書かれているのが気に掛かる。
「ところで、シスト、兄さんなんているんだ」
「プライベートには口突っ込まないんじゃないんですか?」
俺は、くくっと笑う。一言言えば、いちいち返って来るのが面白い。
カールスも、俺の一言一言に言い返してはくれるんだが、その全てが笑顔と共にあり、それなのに、こっちの反論をぴしゃりと封じてしまうようなものばかりで、素直には楽しめないのだ。カールスとの場合、言葉遊び、というよりは言葉戦争だからな。
「兄弟については、そうプライベートではないだろ。例えば、俺には妹がいるー―ってのも別に画しているもんでもないしな」
シストは興味を惹かれたように、俺を見上げた。
「チャル様って、妹なんていたんですか」
「まあな」
「……妹に手を出して、居辛くなったから家出。女性達の家を泊り込んで暮らすという自堕落な生活を送っているうちに、その女性の彼氏に追われて窮地に陥っている時に、頭領に拾ってもらい、そのまま副頭領になった。……と、まあ、そういう事ですか?」
「お前なぁ……」
勝手な話を作り出すシストの頭のてっぺんをこぶしでぐりぐりと押しつけながら、俺は苦笑を浮かべた。
兄として、身内の贔屓目をたっぷり入れても、妹は大人しい性格ではない。手を出そうとすれば、間違いなく殺されるだろう。確かに、手を出したくなるほどの美人ではあるが。まあ、そりゃ、犯罪だろって事で、なんとか踏みとどまったのも、ま、事実ではあるんだけど。
「んで、お前の兄さんは目下、家出中か」
シストは複雑な表情を浮かべた。困っているような、悲しんでいるような、それでいて怒っているような。こいつの、こんな難しい顔は珍しい。
「家出ってわけじゃあ……。別に、兄さんの人生は兄さんのもんだし……いくら、義理の兄弟とはいえ、兄さんを束縛する権利があるわけでもないし」
血のつながりのない兄弟ってのは、リゼットでは珍しくもない。家族のない人間が集まって、一つの大家族を作っているようなもんだからだ。
って事は、カールスよりも年上の俺は、カールスの兄さんって事か?……それも、なんだかなぁ。
「兄さんが近くにいてくれれば俺も嬉しいけどさぁ」
尚もぶちぶちといいつづけるシストの姿に、俺はようやく合点がいった。
こいつ、ブラコンだ。
でも、なんとなく、こいつの気持ち、分かるんだよな。ブラコンがって事じゃなくて、俺の立場って、こいつの兄貴の立場に似ているし。
とりあえず、大切に思っている人を置いて、そいつのもとを離れるってのは同じ。どうしても、曲げられないもんってのもあるからな。
『どうせ、お兄様の自己満足でしょう?』
冷ややかに言った、妹の言葉が脳裏をかすめる。そうかもしれない、と改めて感じた。けれど、今更、後にはひけない。
『どうなっても知りませんから。どうせ、後悔するのはお兄様ですもの』
でも、行動を起こして後悔するほうが、何もやらないで後悔するよりはずっといい。俺はそう思うんだ。
別に、賛同してもらいたいわけではないんだけどな。
「心配すんな」
何で、俺、こんなに優しい声をかけているんだ?俺は女性以外には、優しい声なんてかけてやりたくないのに。
――でも
「全てがすんだら帰ってくるさ。その兄さんは、別にお前の事が嫌いになったわけじゃあないんだから」
シストは何も言わない。結局、俺の自己満足でしかないのかもしれない。勝手な言い分だとは思うんだけどな。
「絶対に戻ってくる。だから、ぶちぶち言わんと待っとけ」
俺の思い。でも、きっと、シストの兄貴と同じ思いのはずだ。
シストはこくりと頷いた。
「うまいもんでも食って、ねときゃあすぐだ」
再びこくりとシストが頷く。
「リシャでも食って、寝とけばすぐだ」
再びこくりと頷こうとして、シストは真っ赤な顔を上げた。
初々しい奴だ。いや、俺の言葉を即座に理解するとは、なかなか見所があるかもな。
「あんたっ、最低っ!」
擬音に出来ない音がなる。あえて擬音にするならば、がぐおんっってとこか?
シストは俺の顔をぐーで殴りやがった。冗談の通じない奴だ。
俺は殴られた頬をさすりながら、今晩の相手を探すべく、頭の中の住所録をくる。慰めてもらおうって魂胆だ。やっぱり、こういう時は年上のお姉さんっしょ。
どっちにしても、離れるのは「いつか」で今日じゃない。だから、その「いつか」が近い将来であっても、今は今を楽しみたいんだ。
「ほんと、最低っ!」
にんまりと笑うと、とどめに樽が飛んできた。
樽……んなもん、一体何処から持ってきたんだ?
俺は、樽の直撃を受けて、にやにやしながらぶっ倒れた。
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