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日常化現象
[後編]


「この国の結界の礎を探っていた」
 彼の言う通り、この国には結界が存在する。魔力を魔力として感知できなくするような、否、他の国の魔法を無効化するような結界だ。何故、そのような結界が張られたのか、詳しい事は分かっていない。しかし、おそらくは次元の歪みで繋がってしまった『アーディル』と魔精界の関係を維持するためだったのだろう。
 そんな結界が出来たのは、随分と昔――まだ、この国がリファルナとだけ呼ばれていた頃の事だといわれている。リファルナがアーディル=リファルナとなり、そして数年前にアーディルとなった今でも変らず、結界はその存在を保っている。
「礎となるもんはなかったけどな」
 幾分か苛立ち気味にエイジュが言った。その後、ふいに顔を曇らせて、何故かキールに目線を向けた。キールは意味ありげに、不敵な笑みを浮かべている。
「いや――見つけたっていえば、見つけた……事にはなる……か」
 やはり、この魔力にはキール・ファルビアンが関わっているのか?とはいえ、リファルナ時代にはられた結界に、アーディル=リファルナとなった時代に生まれたキールが関与できるはずがない。
「まあ、一応……わけわからないまま、補強はしておいたけど……」
「補強って……結界、壊れたの?」
 いい質問をしたのは、シャルであった。流石は、私が唯一対等である事を認めた男だ。
「壊れたっつうか……」
 エイジュが言葉を探るように、遠くを見つめる。肯定とも否定ともとれない、独特の間がその場を支配していた。
「喰われてた」
 エイジュの言葉に、私達は思わず疑問の声をあげた。……そして、視界の端でキールが声を押し殺して笑っていた。

*********

 現物を見りゃわかるだろ。納得できかねない私達に、キールがにやにやと笑いつつ言い放った。
 だから、今、私達はここにいる――この国の王女、フェツ・フェルン・メラフィ・アーディルさえその存在を知らなかった、王城の地下室に。
 地下室は不思議な魔力で満ち溢れていた。何故、この魔力を感知できないのかと、自分自身を疑ってしまった程、禍々しい雰囲気の全くない、純粋な魔力が満ちているのだ。
「感知できないのは、しょうがない。ここは、もともとそういう場だしな」
「場?」
 キールの簡単な説明に王女が尋ねる。普通の人間だったら、場というものが何なのか理解は出来ないだろう。
「魔法が一番関与できる場所のことだ。俺達魔精にとっては魔精界。まあ……こっちの世界では、アーディルだな」
 その質問に答えを返したのは、魔精であるエイジュであった。実際、魔精を召喚できる場所は、アーディルに限られている。その為、アーディルの外へ一歩でも出れば、魔精を呼び出す事はおろか魔精界を媒介とした魔法すら使えなくなってしまうのだ。魔精自身は魔法を使う事は出来るのだが。
 私も、それ以上は詳しくは知らない。魔法使い一家出身であるシャルはもっと詳しい事を知っているのだろうが、話すつもりはないらしい。
「だが、どうして、その場にいるにも関わらず、今までこの私が魔力を感知できんかったのだ?」
「そりゃあ決まってる。地下室の外は場ではない。簡単なこったろ?」
 私は絶句した。分かりやすいといえば分かりやすい、けれど、わからないといえばわからない、不親切な説明だ。キールらしいといえばキールらしい。といっても、まだ彼と出会って数時間も経っていないのだが。
「そうか」
 説明は十分とは言いがたかったが、おそらくは私に説明するという大役に舞い上がっていたのだろう。そう考えれば、許してやらないわけにはいくまい。
「それで、結界が『喰われる』とはどういう事だ?」
「違う。結界が喰われたわけじゃなくて、礎が喰われたんだ」
 それの二つの意味がどう違うのか、魔力は高くても魔法使いではない私には理解ができなかった。こういう場合は、説明が必要だ。
「……説明する事を許す。言ってみよ」
「――お許し、どうも」
 一息ついて、キールは形のいい指を前方に向けた。私は、指の延長線上に眼を向ける。そのまま、私は思わず眉をひそめた。
 ふと、周りを見ると、周りも私と同じようにキールの指先に視線を送っていた。とはいえ、三人の表情は全く違う。
 エイジュは、全てを知っているからだろうか別段何かを気にとめた表情ではない。王女は理解できていないのだろう。先程とかわりのない、ただ疑問に満ちた表情を浮かべている。そして、シャルは――。
「何か気がついたのか、シャル。私が聞いてやろう」
「あ――うん。……もしかして、礎って『魔精花』だった?」
 前半は私に、後半はキールに向けてシャルは言った。
「魔精花?」
 王女が鸚鵡返しに尋ねる。シャルは一度頷いた。
「そ、魔精花。食べれば、使い果たした魔法力回復の作用があるらしいよ。……けど、魔法力を最初から持っていない人にとっては、ただの毒。確か魔精界の空気でしか生きられない、貴重な花だよね」
 キールはふふんと鼻を鳴らして、その通りだと断言した。
 こいつ、まさか喰ったんじゃないだろうな……。
 否定は出来ない。何しろ、このキール、只者ではないのだから。
「お前……、俺は喰わんぞ、そんなもん」
 どうやら、人の心を読む力もあるらしい。流石は筆頭の魔法使いというべきか。
 しかし、だったら誰が魔精花とかいうものを食したというのだ?キール以外には考えつかない。
「でも、俺のペットが食った」
「ペット?魔精花なんか食わすなよ!」
 ……エイジュ、それは少し違うぞ。ペットに食わすな、と突っ込む以前に、一体何を飼っているのかを尋ねるべきであろう。
「近いうちに補強はしようと思っていたんだけどな。――ま、魔精界の自称エリートが補強してくれたんじゃ、問題ないだろ。いつまでも、ここにいたら新たな魔精花が咲かん。俺たちの存在が毒となるからな。……帰るぞ」
 結局、最後までキールはペットが一体何かを答えなかった。……魔精花を食えるペットなぞ、そうそういえるわけも無い。それ以前に、王女でさえ知らなかった地下室の存在を、何故キールが知っていたのか……なのだが……。
 それも、きっと答えはしないのだろうな。秘密守護のキールに対して、私はそっと溜息をついた。

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