朗らかな午後。
雲ひとつない透き通った空は、窓越しにまばゆいばかりの太陽の光を撒き散らしている。
僕は、珍しくキールに誘われて、甘味処・数珠に来ていた。
いつもは、僕がウルトラミラクル宇治金時を食べたくなって、外へ出るのにキールを誘う、という事が多くて、キールから僕を誘ってくる事は滅多にない。だから内心で訝しがりながら、けれども、ウルトラミラクル宇治金時の魅力には負けて、僕は二つ返事でキールの誘いにのったのだった。
そして、僕の前にはウルトラミラクル宇治金時。――それから、二人の男性。
一人はこげ茶色の髪を持った男性。穏やかそうな顔立ちをしているけれど、きっと、見た目どおりだけの人間ではない事は確かだ。今は丁寧にたたんで背もたれにかけられている紺色のマントをつければ、それなりの威厳もでるのだろう。
そして、もう一人は黄金の髪をもった、驚くほどの美貌の持ち主。僕の周りには、整った顔立ちをしている人間が多いけれど、彼のそれは少し違う。整いすぎている――と言っても過言ではないかもしれない。
二人ともアーディルとは少し違うタイプの服を着ている事から、外国の人間なのかもしれない。
僕は黙ってウルトラミラクル宇治金時にスプーンをつっこみながら、キールと彼らの会話に聞き耳をたてた。
「それで、俺がやった種はどうなった?」
黄金の髪の青年が、抹茶ジュースを飲みながら、さらりと尋ねる。それまでは、どうやら政治的な話をしていた様子だったが、ここに来て、場を持て余している僕の存在に気付いたのかもしれない。
「ああ、種、な」
キールも金髪の青年と同じように、抹茶ジュースを一口含んで、頷いた。
キールの趣味の一つに、植物の栽培、というものがある――らしい。らしい、というのは、僕が実際にその現場を見たことがないからだ。
「あれ、サミスーラ原産の種だっただろ?だから、とりあえず場を作った」
アーディルには結界が存在する。魔精を使う魔法以外の「術」を無効化するという特別な結界だ。その副作用なのか、アーディルではアーディルの外から持ってきた植物は育たない。つまり、アーディル原産の植物以外を育てる事は不可能という事だ。
ただ、「場」を作れば問題はないらしい。
僕は、魔法使いじゃないから、詳しくは知らないが、「場」を作る、という事は、アーディルがアーディルでありながら、異界となってしまう――とか。だから、「場」を作り出せば、当然、結界の作用は受けなくなる。
もっとも、それを作り出せる「人間」は、五本の指にも満たないという話らしいけれど。
「それで?」
「肉を食うようになった」
キールがさらりと答える。金髪の青年は、抹茶ジュースを口に運ぼうとして、固まった。キールの答えがよっぽど予想外だったらしい。
「肉、ですか?」
茶髪の青年が、金髪の青年に代わって尋ねかけた。
キールは事も無げに頷いてみせる。
「鼻歌も歌うようになった」
答えて、キールは抹茶ジュースを口に運んだ。
そんなキールを横目に、金髪の青年と茶髪の青年が、小さく呻いている。
「キール、俺はサミスーラ大根の種をやったんだが?」
「ああ、覚えている」
大根、というものは僕も知っている。サミスーラ大根、と呼ばれる大根は存在しないが、おおよそ同じような物だろう。
だとすれば、大根は、何の変哲もない、野菜だ。大地に埋もれているくせに、やけに白い根を持つ植物なのだ。――当たり前だが、喋りはしない。肉も食べない。
「大根は肉もくわんし、歌も歌わんぞ?」
「土が違うからか?」
そんなわけないだろう。僕は心の中で突っ込んだ。
土が少々違うだけで、そこまで進化――と呼んでいいものか――するはずはない。何かおかしな魔法でもかけたんじゃないのだろうか。
「土、か」
そんな僕の思いに反して、金髪の青年は、あり得るな、と呟いた。
僕は驚いて、金髪の青年を見る。驚くほどの美貌の持ち主ではあるけれど、彼もキールと同じで、どこかずれているのかもしれない。
「土のせいか、やっぱり」
「それ以外にあり得ないからな。土だろう、きっと」
二人は、どうやら納得しあったらしい。
僕はそれ以上、土の違い云々に何かを言う気分にもなれなくて、全く別の事を口にする事にした。幸い、僕のウルトラミラクル宇治金時のボールは綺麗に片付いており、会話をするのに何の障害もない。
もし、まだウルトラミラクル宇治金時が残っていたら、僕は下にこっそり隠れているアイスクリームと格闘していて、会話どころではないだろう。
「話はおいておいて――」
ここまで言って、僕は言葉を切ってキールを見た。
随分と昔にはやった、置いた話を「もってくる」事をキールがするかもしれないと危惧した為だ。実際に、彼は昨日、話を「持ってきた」のだ。――魔法で、箱のようなものにいっぱいの「話」を詰め込んで。
しかし、キールは抹茶ジュースを口に運んだまま、僕の次の言葉を待っていた。どうやら、一度やったネタは二度はしないらしい。
僕は、少し胸をなでおろした。
「キール、そちらの二人、紹介してくれない?」
別に人見知りはしない性質なので、初対面の人間でも臆せずに話す事が出来る。だけど、それでも、紹介されないまま話すというのは、どこかやりにくい。
キール達は僕の言葉で紹介していない事に気が付いたようで、彼らは一様に苦笑を浮かべた。
「悪い。俺はシャルズの事を知っているから、お互い自己紹介をすませた気になっていた。シャルズが入ってきた時、男性だったんでがっかりしたけどな」
僕は首をかしげる。
僕の事を知っているって、キールが話しでもしたんだろうか。
「俺はサミスーラの――皇太子付きの主導、といえば一級賢者さんは分ってくれるか?」
「サミスーラの皇太子付きって……アクロティリ・テラ、だよね?」
僕は自身の知識から、サミスーラの情報を抜き出して、上目遣いに尋ねると、金髪の青年――テラは、一つ頷いた。
サミスーラの主導といえば、立場的にはキールと同じだろう。皇帝付きの主導が師匠として存在はしているが、ゆくゆくは確実に筆頭の術士――魔法使いになる存在だ。
「けど、なんで僕が一級賢者だって知っているの?」
それをキールが話したとは思えない。
テラは不敵に笑った。
「そりゃあ、同志だからな。俺もね、一応、一級賢者の称号もってんの。サミスーラの」
「え?でも、僕は知らなかったよ?」
一級賢者は横のつながりが強い。
僕はまだ若いから、他の賢者達よりは無知かもしれないけれど一方的に僕が一級賢者だって知られているような事はないはずだ。
僕の怪訝に気付いたのか、テラは懐から一本のプラチナのペンを取り出した。
そこについてある石の色が、僕と違って透明なのを除けば、僕の持つ賢者の証と全く同じ。つまり、テラが賢者である証明にはなった。
「知らなくて当然。俺は、他の名前で登録してるから」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんだな」
そう言い切られてしまえば、僕はそれ以上何もいえない。
「って事で、同じ賢者として、これからもよろしく。――な、キール」
「だな」
僕は、今度はもう一人の男性に目を向けた。
さっきから、あまり喋ろうとしないのは、喋るのが嫌いというわけではなくて、ただ、テラの発言に絶対の信頼を置いているが故の為であるかららしい。
僕は、ふと一つの言葉を思い出した。
――主導の横に大騎士あり。
主導の横に、常に大騎士がある。その、阿吽の呼吸はかなりのもので、二人がそろえば無敵の強さを誇るらしいのだ。
「サミスーラの皇太子付き大騎士の名前って……クリート・マリアだったっけ?」
あなたがそう?
そんな思いを込めて目を向けると、マリアはにっこりと微笑を向けてきた。
「あたりです」
どちらかと言えば、テラが大騎士でマリアが主導と言われた方がしっくりくるように思えるのだが、彼は確かに大騎士らしい。穏やかに見せていながら、どこか穏やかではない様子が、アーディル騎士団の人間によく似ている。
「マリアも一級賢者なの?」
テラがそうなのだから、マリアもそうなのだろう。そう考えて尋ねると、マリアは意外にもかぶりを振った。
「僕は二級賢者です。基本的に、テラが一番であって欲しいので」
「はぁ……そうですか」
思わず丁寧に言うと、ええ、とマリアがにこやかに返事をした。
彼もまた不思議な人間だ。流石はキールの知り合い、という事なのだろうか。
「キールと二人ってどういう関係なの?」
キールは、まず、テラを指でさした。
「同じ植物学者として懇意にしてもらってる」
一体、いつの間に植物学者になったんんだか。
キールのふざけた答えに、テラは表情を変えずに一つ頷いた。
キールは今度はマリアを指で指す。
「同じ『亀拾い同好会』の仲間だ」
僕は突っ込まない事にした。
余計な体力を使うだけだ。
とりあえず、紹介してもらえただけでもよかったか、と、僕は冷め切った緑茶に手をのばした。
それにしても、キールの顔の広さには舌を巻く。一体、どういう育ち方をすれば、こんな人たちと知り合う事が出来るんだろう。
「そういえば、大根なんだけどな」
ふいにキールが話を戻した。
「鼻歌を歌っているといっただろ?歌っている曲のタイトルが『懐かしい故郷』と『戻りたい過去』なんだ」
僕は音楽関係には疎いので、再び口を閉ざす事にした。
キール達の会話を聞いているだけで十分に面白い。疎外感を感じないのは、そう感じないようにテラ達が気を使ってくれているのかもしれない。もちろん、キールは気を使ってもいないのだろうが。
「成る程。サミスーラが懐かしいのかもしれないな」
「でしたら、サミスーラに連れ帰って、穏やかにサミスーラで過ごさせてあげる方がいいのかもしれないですね」
マリアの提案にテラは賛同を示した。
「それでもいいか?」
「俺は構わない。その方が大根にとってもいいだろう」
はたして、大根はテラ達に連れられて、まだ見ぬ故郷へと帰っていった。