ド イ ツ の 旅 1 9 9 8 秋




旅の記録1  どんな旅? こんな旅!





 フランクフルト空港を出ると、豪華な2階建てバスが僕たちを迎えてくれた。
 9月19日、狭い機内に閉じこめられること約12時間の空の旅は窮屈さに押しつぶされて極めて不快、さも乗り心地の良さそうなバスを目にしたときは、もうそれだけで全身の筋肉がほぐれたような気がしたものだ。
 だいたい、あの機体のアコモデーションはいったい誰が設計しているのだろうか。自分がそういう座席に十数時間じっと座り続けることを思えば、あんな狭い座席をサービスに供するなんて想像を絶することだと思うのだ。
 さて。
 空港を出るとチャーターバスが待っていたなどと言う旅行は極めて僕に似つかわしくないが、いわゆるひとつの団体旅行である。
 しかも、タダの団体ではない。
 集合地の東京シティーエアターミナルから、帰着の成田空港までビッチリスケジュールが3週間分詰まっており、おまけに自由時間がほとんどなく、ほぼ全行程に通訳と随行員がつく。各地の観光では専門のガイドまで同行するといった念の入れようだ。
 こんなことはおそらくこれが最初で最後だろう。
 なにしろ、苦手なこと、嫌いなことが多々ある中で、その代表選手が「団体行動」とあっては、ハナからあきらめの境地で挑むしかない。
 まな板の上のタコ(違ったかな。まあ僕はダラダラふにゃふにゃ生活しているからタコでいいや)と悟り、後はどうにでも料理してくれ、という心境なのだ。
 旅の中身は、講義だの、表敬訪問だの、実習だの、懇談だの、見学だの、そういったものだから、ホームページにアップしても面白くなさそうで、最初はこんなコンテンツを作るつもりはなかったのだけれど、これが結構面白かったのでご披露することにした。
 もっとも講義の内容を書くつもりはないからご安心を。
 配付された資料によると、「ドイツ連邦共和国での青少年指導者のための研修交流旅行」となっており、主催が「連邦家庭高齢者女性青少年省」となっている。
 長い省である。
 この省の管轄下にない人はいったいどういう人なんだろうとか思ったりする。
 これだけ包括的にまつりごとを行うなら、「国民省」とでも言えばいいのに。
 実は、この省に関係ない人もおり、独身の成人男性のみここに含まれないのである。
 まあ、そんな旅だから、空港の玄関にでーんと豪華なバスが待ちかまえているのも、それなりなのかなあなどと思ったりする。
 そしてバスは、本日の宿泊地ボンに向けて出発した。
 シートピッチが広く、二人掛けの席に1人で陣取り、快適である。
 バスはすぐに自動車専用道路(アウトバーンかどうかは、この時は見分けがつかなかった。アウトバーンと自動車専用道路はインターチェンジでつながっていて、ある知識がないと見分けがつかないのだ)に入り、車窓は極めて北海道に酷似しており、早速懐かしい雰囲気になる。
 なだらかな丘陵地帯にパッチワークのような畑や防風林、そして時々草を噛む牛などがいたりする。
 何故かバスにはカーテンが無く、陽射しがまぶしい。
 東京駅で買っておいたサングラスをとりだした。
 サングラスなどをするのも生まれてはじめてで、実は別の目的で買っておいたものだ。
 別の目的とは、「居眠り」である。
 11年も前のことだが、社会人1年生で、研修に参加させられて、移動の車の中で寝ていたら、ひどく叱られたことがある。
 夜中の2時3時まで、あるいは朝までかかかってもこなせないような課題を(あえて)出しておきながら、移動という無意味な時間の中で眠ることさへ許さないとは何事だと憮然としたことがあったから、今回は目を閉じていてもわからないようにと、色の濃いサングラスを準備してきたわけ、ではない。
 移動が結構あるので、つい寝てしまうことも多々あるだろうとは思っていた。しかし、あまりに露骨だと失礼なので、陽射しがきついのを理由にサングラスで目元を隠そうとしたのである。
 いや、どう理由を付けても結果は同じなのであるが。
 2時間ほどでつくはずがなぜがボンの市内でバスが迷っているらしく、市街地を延々走って本日の宿に着いた。
 インターナショナルユーゲントフォーラムゲストハウスとかいう、教会系の青少年合宿施設のようなものらしかった。
 夕食後に研修室に集められ、簡単なオリエンテーションがあった。
 実は、到着早々食事を案内され、ちょっと驚いていた。これが日本なら、食事の用意が出来ていようと何であろうと、まず代表者の挨拶に始まるオリエンをしなくては気が済まないところであったろうと思うのだ。
 遠方から来て、疲れているだろうし、腹も減ってるだろうから、まずはメシを食え、というのがドイツ流のようで、好感を持った。
 実際、空港を出てから一滴の水も飲んでいない。

 30人ほどのこの団体は、研修テーマによって5つの小グループに分けられており、僕たちのグループは研修者5人、通訳のヨーコさん、受入団体(青少年省ではなく、僕の日本での所属団体と同様の組織がドイツにあり、そこが実質的に僕たちの世話をしてくれる。以下、協会と略する。これは教会ではない。ややこしいね。誤変換に注意しなくちゃ)の随行員で期間中ずっとドライバー兼世話係を努めてくれるハートムート。そして時折、その地区ごとに協会の関係者などが同行したりして、だいたい7〜10名くらいである。
 到着翌日の20日は午前中が講義、午後からが市内見学で、路面電車の3日間フリーチケットが配られる。
 利用開始日は「昨日から」になっていて、これなら昨日のうちに配ってくれたら良かったのに、そしたらさっそく使ったのになどと同じグループのメンバーと話し合う。
 宿舎はボンの市街地から徒歩で30分くらい、路面電車で10分くらい離れていて、疲れもあって出かける気にはならなかったのだ。
 路面電車だけでなくDB(ドイツ国鉄)も「ボン−ケルン」間は普通列車に限れば乗車でき、周辺のバスにも使える。路線図を見れば「ボン−ケルン」間が路面電車でつながっている!
 ドイツ国鉄のSE(シュタットエクスプレス=都市部のみ小さな駅を通過して、郊外に出れば各駅停車になる。日本で言えば、「区間快速」のようなもの)で30分もかかるような所を路面電車が通じているなんて信じがたい。
 それはともかく、一日利用日が過ぎてしまったチケットを配るなんてどうかしている。どうも段取りが必ずしも適切とは言い難いようだ。
 大勢には全く影響が無く、どこからもクレームは出なかったようだけれど、このような些細な「?」が、時々見受けられ、僕は気になった。
 路面電車の話と、市内見学の話は別の章にゆずるので、ここでは少しだけ、21日のことに触れたい。
 午前中は「連邦家庭高齢者婦人青少年省」の役人による講義。
 講義内容は書かないと宣言した直後だけれど、少しだけ「民間団体優先法」について、述べておいた方がいいと思う。
 要するに、国家予算の使い方について、だ。
 通訳の方々の話をもれきくと、「民間団体優先法」よりもっといい訳語があるようなのだが、それでは意味がつかめないらしい。
 この法律は何かというと、「国家予算を目的にかなった民間団体に分配して、民間に国家的事業をやらせよう」というものだ。(乱暴な言い方だけど)
 例えば、青少年教育の分野であれば、教会の青少年団体とか、スポーツ団体とか、ボーイスカウトとか、YMCAとか、ユースホステルとか、そういう団体に分配されるわけだ。
 青少年教育とはまさしく国家にとって重大事なのに、そのうちのかなりのシェアをなぜ民間に任せるかというと、「国がやったのでは多様性が失われるから」なのだという。



旅の記録2「ベートーベンとフェーザーバイサー」を読む

ドイツの旅1998秋目次に戻る