ド イ ツ の 旅 1 9 9 8 秋




旅の記録5  バーデンバーデンで温泉初体験





 9月24日。バーデンバーデンといえば温泉である。
 有名なのはカラカラテルメであり、宝塚にも同じ名前の健康ランドがある。
 もうひとつフリードリヒバスと言うのがある。
 観光客が行くのがカラカラテルメで、外観はとても明るく清潔感にあふれるかわり、しかし俗に言う「中世ドイツ」などと言われる雰囲気は全くなく、個性に乏しい日本の健康ランドと変わらない。
 フリードリヒの方は重厚で、地元の人はこちらに行くのが主流だという。
 バーデンバーデンは名だたる温泉保養地で、地価も物価も高く、必然的にお金持ちが住む町で、年寄りばかりで若者をほとんど見かけないと説明を受けていた。
 確かに物価は高いような気がするが、若者が他の街に比べて少ないとは思わなかった。
 また、ここにはカジノがある。
 カジノには地元の人は入れない。どの程度の範囲を地元と定義しているのかは知らないけれど、ディーラーと顔なじみであればなるほどいかさまの可能性が高くなろう。そんなわけで入場には身分証明書を提示しなくてはならない。
 僕たち外国人はパスポートを提示すればよい。ところがドイツ在住の日本人である通訳さんは盗難や紛失を避けるためにパスポートを家においてきており、入場が難しそうだ。
 その他あれやこれやでカジノ体験は実現しなかった。
 といっても僕はソウルでカジノの経験があり、どうも思っていたのと違ってがっかりしたことがある。
 どう思っていたかというと、スロットマシンを回してガシャガシャと大量のコインが払い戻されるシーンを想像していたのだ。
 ところがソウルのカジノにはスロットマシンはなく、全てディーラーと客との駆け引きである。機械が相手なら確率で勝てることもあるかも知れないが、プロの人間相手に勝てるなんて夢にも思えない。
 僕はルーレットの席に着いたのだけれど、倍率は悪くても負けにくいかけ方(一枚のコインで何カ所も同時に賭ける)で、最初の頃は微増状態だった。ところが、負けて場を立つ客が次第に増え、やがてディーラーと僕の一対一の勝負になってしまった。ディーラーは狙ったところに玉を入れることが出来ると言うから、一対一では負けるに決まっている。案の定負けた。
 ま、そんなわけで、どちらかというと機械相手の方が負けてもあきらめがつく。幸いドイツには現金を賭けて現金を払い戻すゲーム機がゲームセンターや酒場にあるから、そちらでお茶を濁そう。
 さて、温泉である。宿のスタッフやお土産やさんなど地元の方は口をそろえて「フリードリヒ」がいいという。
 パンフレットの写真にも憧れる。ドーム丈の天井の下、円形の湯船に、優雅に身を浸す女性の写真が掲載されている。
 かつての王侯貴族が侍女にかしづかれながらの入浴、などというものが脳裏に浮かぶ。
 旅情、というなら当然カラカラテルメではなく、王侯貴族気分を味わえるフリードリヒだろう。
 温泉温泉と言ってもヨーロッパのそれは入浴ではなくて保養であり、水着着用なのだ、そして混浴だ、というふうに何となく思いこんでいたけれども、ここはそうではない。水着は着ない。しかも混浴である。ただし、一定の曜日は男女別になる。本日はその男女別の日であった。
 ちょっとホッとした。世の男性諸君の例に漏れず、僕も混浴混浴と叫んだりしているけれど、見ず知らずの女性と混浴するのならともかく、家族でも恋人でもない「ただの知り合い」の女性と同じ風呂に浸かるのはなんとも気恥ずかしい。
 しかしまあシステムがわからないからこれはちょっと大変であった。
 まず脱衣所。ひとりひとりブースが用意されている。こちら側から入って服を脱ぎ、あちら側へ抜ける構造で、服脱ぎブースはつまり左右に出入り口がある構造である。向こう側に抜けるとロッカーがあり、ロッカーのドアを開けてドアの内側に入場券を入れると、ドアを閉めて鍵を回しその鍵を抜き取ることが出来るようになっている。
 そして、シーツが手渡される。
 その後は全てあらかじめ定められたスケジュールにそって「入浴」をする事になっている。
 「スケジュールにそって」それがくせ者であるのだ。
 まず最初はシャワーである。8分浴びろと書いてある。
 8分? 熱いシャワーを全身に浴びるのは気持ちいいけれど、8分ともなると苦痛である。嘘だと思うならば試してみるといい。シャンプーも何も使わず、ただ8分間浴びるだけなのだ。
 大きなレバーがひとつだけあり、少し動かすと水が勢い良くでてくる。いつまでたってもお湯にならない。まさか、水シャワー? しかし、まわりの人たちのシャワーからは湯気がでている。
 レバーを思いきり動かすと熱いお湯になった。要するに、ひとつのレバーで蛇口と温度調節が兼用になっていたのだ。ラジオのスイッチとボリュームがひとつのつまみになったのと同じだと思えばよい。
 また冷水をかぶるのはたまらないのであれこれ試しはしなかったが、水量の調節は出来かねるように思った。スイッチを入れれば、あとは温度の調節だけ、という具合だ。
 続いてサウナである。普通のサウナと蒸気サウナがそれぞれ高温低温あり、合計4つである。
 普通のサウナが先。低温から入り、次に高温にはいる。
 プールサイドに寝そべるとき使うようなベッドがあり、そこに借りたシーツを敷いて横になるのだ。
 低温の方は60度と表示されていたか40度と表示されていたか記憶が定かではないのだが、裸で寝そべると意外と熱くない。いわゆる高温サウナなら日本でもよく行くけれど、高温サウナのように、身体が芯から暖まり汗がわき出してくる、という現象がなかなか起きない。では居眠りが出来るほど快適かというとそうでもなく、何だか中途半端だ。
 次に高温サウナ。こちらはおなじみの温度だが、やはりシーツを敷いて寝る。高温サウナで横になりじっとしているというのは辛い。熱すぎるのだ。カーッと身体が熱くなり汗がじゃんじゃんでて気持ちがいいけれど、所定の時間ほどはじっとしていられない。
 このあと、オプションでソープマッサージというのを注文してあった。
 マッサージと言うからには日本で言う「あんま」を連想していたが、これも違う。シャボンを付けてブラシでゴシゴシ洗ってくれるだけだ。気持ちいいことは気持ちいいが、強さが中途半端。こそばい、というほどではないが、ゴッシゴッシとこすってくれるわけでもない。これでも西洋人はだいたい悲鳴を上げると誰かが解説してくれた。
 身体を洗ったあとは、蒸気サウナである。これも低温と高温があり、低温から先にはいる。
 こちらは座る。座っている間はいいが、立ち上がって移動すると、噴き出した上気が顔を直撃する場所があって、これは熱い上に息が出来なくなって苦しい。
 おまけに変な外人がいる。男性器を勃起させ手を当てた腰を前に突き出しながらモノをピコピコ上下させているのだ。
 日本人と西洋人を比較したとき、俗に言う大きさの一般論については、その通りであった。しかし、悲しいかな起きあがり具合が歳と共に低下しているようであるから、トレーニングをしていたのかも知れない。
 それにしても、男の裸しかないこんな場所でトレーニングなんかしなくてもいいのにと思うのだった。それとも、あえて過酷な条件を自らに課しているのだろうか。
 さて、サウナ四つを終えれば、いよいよバスタブに浸かることが許される。
 まず最初は少しぬるめ、36度である。
 なるほど、サウナと同じで次は温度が高くなるわけだろう。そう思って次のバスタブに入るとさらに温度が低い。
 頭の回転が速ければこの時に気が付いただろうが、僕はまだ「この次の円形浴場で王侯貴族のような優雅な気分でちょうどいい温度のお風呂に入れる」と思っていた。
 だが、円形浴場は水風呂だった。
 そして、さらにその後、氷水のような冷たさの超水風呂が待っていた。
 おいおい、勘弁してくれよ。
 結局日本人憧れの「適度に暖かく、身も心も解きほぐしてくれるようなお風呂」は存在しなかった!
 全ての入浴のあとは「仮眠」をとることになっている。
 指定のベッドに寝ると、こちらはホカホカ心地よい。オンドル風とでも言うのか、暖房がされているみたいだ。
 寝転がると係の人が布団をかぶせてくれ、足もともくるっと包んでくれる。
 ようやく「暖かい」を気持ちよく感じることが出来た。


 後日、ホテル「アナベラ」というところでも、温泉体験をした。
 天然温泉かどうかはわからない。そちらは完全混浴でサウナのみ。バスはないがプールがある。プールは水着を着用しなくてはならない原則だが、同行したドイツ人は男も女も素っ裸である。
 いや、ここで僕が書きたいのは足の裏についてなのである。混浴などどうでもいい。あんなものはすぐ慣れる。
 だが慣れないのが足の裏の汚さだ。なにしろ靴社会である。靴のまま脱衣所平気、そこで服を脱いで裸足になるのだから、外を裸足で歩くのと同じだ。
 入るときはまだいいが、出るときが困る。足の裏が濡れているので、砂やら汚れがこびりつく。
 せめて脱衣所には靴を脱いではいるようにしてくれればいいのだが。
 ドイツ人は気にならないのだろうか?    



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